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魔女話  作者: ゆきむら
魔女話
31/45

7 魔女話 9

「……わ、」



「わ?」




「わ、わらひのっ……」

 …………噛んだ。

 一言目から噛んだぞ恥ずかしい! でもダメだ、恥ずかしいけれど、ここで逃げてはいけない。


「私の、」


 落ち着け、落ち着け。




「私の名前は、ファータ ・ クロニカ  だ」


 言えたぞ! 達成感を感じる……いや、まだこれからなんだが。


「その、いつかの……だな…………」

 ダメだ、上手くしゃべれない……いや、口下手は元々なんだが。声が上擦る。

「その、だから……」

 何と言えば良いのか分からない。焦るだけで言葉が続かない。


『焦ったときや困ったときは大きく深呼吸をするんだ』

 いつか師匠が金策に困ったときに言っていた。

 ……たまには師匠の助言も役に立つ。ありがとう師匠……


 深呼吸だ、深呼っきゅ



「げほっっげほっけほっ……」




 むせた。

 むせたぞ師匠……落ち着かない上に恥ずかしいじゃないか!


「おい、大丈夫か?」


 ……心配をかけてしまった。なんだもう散々だ。


「大丈夫だ……」


 落ち着け。 ちゃんと言うんだ。


「その……いつかの、保留にしていた答えを」


 言うんだ。


「ああ」


 途端に、その顔にいつにない真面目な色を浮かべる。


 こんな私を好きだと言ってくれたときも、その顔をしていた。

 私がよく知る彼は、笑ったり、おどけたり、拗ねたり、怒ったり、表情豊かな人だから。あまり見慣れないその顔に少し違和感を感じる。


「その、あの……」


 ああ、顔が熱い。熱が出たときみたいだ。喉が渇く。

 自分の気持ちを人に伝えると言うのは、こんなに緊張するものなのか。

 凄いぞ……この男、少しどころか、凄く尊敬する。 よくもさらりとあんなことを言えたものだ。……いや、本当は内心緊張していたのか?

 好きだと言われて、『からかっているのか、なんて聞いたら怒る』と言った、その時の彼の気持ちがよく分かる。


  店の入り口には答えを待っている人がいる。


 凄く短い言葉なのに、何で出て来ないんだ。




 ただ一言、好きと伝えたいだけなのに。




 そう思った瞬間、視線の先にある彼の顔色がかわった。

 驚いたように目を見開く。



「………………っ!!」





 ……あ。 しまった。




「……無しだ」

「え、いや、無しって、おまえ……」

「無しだ、今のは無しだ!」



 違うそんなんじゃない、そんなのじゃない。違うんだ、違う。

 こんなのずるい。違うんだ、決めたんだ。

 これだけは悟ってもらうのではなく自分の言葉で言うと、決めていたんだ。


 だから無しだ。


「良いからそこで私の話を聞け」

「え、う……おお」


 落ち着け。もうばれた。あとは私の言葉で伝えるだけだ。




「その、まずは……謝罪から、だな……ずいぶん、待たせたと思う。すまなかった」

「え、ああ……いや、別に」


 少し困ったような顔をする。

 ……まぁ、それもそうか。これから私が何を言おうとしているのか分かっているだろうに、それをわざわざ聞いていなくてはいけないとは、回りくどい話だ。

 申し訳ないとは思うが、少しの間辛抱してほしい。


「あと、トマト……あれは……後々、少し反省した」

「…………ああ、まぁ、別に痛くなかったし……ネタになったからいいさ、気にすんな。……こっちも心配かけて悪かったな」


 ……いや、ネタにするな。あれは家に帰ってから少し反省したんだ。その場の衝動に任せすぎた。

 怪我人に酷いことをしたと、今なら思う。

 あと食べ物を粗末にしてはいけない。


「それと……私の話を信じてくれた事、感謝する」

「それはお互い様だ、俺も嬉しかったよ。俺の話を信じてくれたこともだけど、気持ち悪がったりしなかったこと」


 気持ち悪がるものか。

 どうせ私は分かりやすいんだ。顔や仕草で何を考えているのか大体分かると言っていたではないか。

 遅かれ早かれ私の癖は見抜かれていただろうし、そうであれば感情が分かろうが何だろうが一緒だ。結局何を考えていても見抜かれる。


「あと、いつも……その……甘いもの……ありがとう」

「どういたしまして、喜んでもらえて何よりだ」


 きっと私のクリーム好きも知ってるんだろう。持ってくるお菓子の半分はクリームがのっている。


「いつも……客の相手を……ありがとう、あれは助かる」

「あー……あれはだな……」


 また困った顔。いつも彼目当てに来る女の相手を引き受けてくれるのは助かる。

 まぁ、彼女たちが、彼のいない日にやって来ては『惚れ薬を作ってほしい』だの『媚薬は無いの?』だの言ってくるのは少しうっとうしいが。


「何より」


 何よりも。


 いつか私を好意的に思っていると言ってくれたこと……



 嬉しいと思っている。

 感謝する。

 ありがとう。

 何と言えば良いのだろう。


 ダメだ、上手く言えない。 つまりだ、なんだ。その……




「……先程も言ったが……私の名前は、ファータ・クロニカ……だ」


 いつか忘れろと頼んでしまったから、 改めて言う。


「つまりだな、その……私は……貴さ……あなたに……その……」


 いつも『貴様』などと悪態をついているから、こんなところでボロが出る。……この口の悪さはどうにかせねばなるまい。


 あ、ちょっと待て。余計なこと考えたから何と続けようとしたのか忘れた。



 ええい、師匠が言っていたではないか!


『考えるよりまず実行、結果は後からついてくるよ』と。


 ああもう、師匠はいつでも適当すぎる!





「こ、交際をだな! ……申し込みたいと思うっっ」





 ダメだ、グダグダ。


「の、だが……なんだ、その……」


 いつかの返答をと言っておいて、私の欲求をぶつけてどうするのだ……

 冗談にしてもタチが悪い。


 恥ずかしすぎて、もう顔もあげられない。



 ああ…………

 でも言ったぞ、私は言った、やり遂げたぞ!

 自分を褒めてやりたい気持ちでいっぱいだ。


 顔は熱いし、もう前を見れないくらい恥ずかしいけれど、私は言ったんだ。


 ……言えたんだ……遠い昔には言えなかった言葉を。






「ファータ・クロニカ」


 入り口の方から聞きなれた声がする。

 呼んだのは私の名前。


「……近くに行っても良いか?」

「……ああ、どうぞ」


 いらっしゃい。


 客が来たら、いつもそう声をかけていた。

 彼にその言葉を言わなくなったのはいつからだ。


 いつからただの客ではなくなったのか分からないくらい、自然にその一歩を踏み出してくるから、私が物怖じしてその分一歩退いてしまっていたんだ。いつもいつも。

 けれどもう逃げないから。


 いつか死んでしまうなら、せめて今は一緒にいたい。

 それが私の出した答えで、願い。


 いつか大切な人に向かって伸ばせなかった手を、握り返してもらえなかった手を、どうかもう一度伸ばすことを許してほしい。


 足音がすぐ傍で止まる。

 持っていたケーキの箱を作業台に置くのが見えた……良い匂いだ。



「ファータ」

「……」

「自己紹介されたってことは、名前呼んでいいんだよな?」

「……ああ」


 すぐ傍にいるのに、恥ずかしくて顔があげられないから、手元までしか見えない。

 その手がゆっくり持ち上がり、顔を隠す私の髪を掻き分ける。




「一年待った」


 そうだ、それだけの長い間、私は彼を待たせた。


「一年前にその言葉を貰っていたら…………」



『貰っていたら』


 ああ、そうか。



 やはり、待たせ過ぎたのか。

 それはそうだ。


 私ごときの返事など、そんなに待てるわけがない。


 心変わりなど人の常。

 師匠なんて、私とした三日前の約束よりも、数時間前に女とした約束を取っていたじゃないか。

 

 この男は優しい。

 きっと友人と呼べるような人間のいない私を心配して、この店に来続けてくれていたのだろう。


 私は本当に、この男に甘えていた。

 こんなことを言ってしまったんだ、たぶん、もうここには気てくれない。

 私の気持ちを考えてくれるから。


 悲しいとか寂しいとか、思っただけで伝わってしまうから、できれば思いたくないのに……後から後から溢れてきて止められない。

 伝えたいのはそんな感情じゃない。

 ほんとのほんとに、私が彼に伝えたいのは……ありったけの感謝の気持ちなのに。





「きっとこんなに感動しなかったんだろうな」




「……え?」

 

 何を言ってるんだ。


 驚いて顔をあげると、そこには耳まで赤くなった男の顔があった。


「や、たぶん嬉しいは嬉しいんだろうけどな、うん」


 そう言って笑う。 笑っている。 これは……なんだ?


「……また何か勘違いしてるだろ……おまえもうちょっと自信もて」


 何を言っているんだ。この男は。




「ファータ」


『ファータ』

 久しく誰にも呼ばれなかった……呼ばせなかった私の名前。


 ああそうだ。

 優しく響くこの声は、いつか夢の中で私を呼んだ、師匠の声にも似ている。




「俺の名前はクロム・ルーザーだ」


 知ってる。知っているよ。 何度も教えてくれたじゃないか……一度も呼んだことはないけれど。



「その申し出、とても嬉しく思う」



 ああ、なんて。



「喜んで受けよう」





 きっと今、私は酷い顔をしていると思う。

 顔はきっと真っ赤だし、何か震えが止まらないし、噛み締めた唇は痛いし、涙まで出てきた。


「泣くなよ……」


 泣きたくて泣いてる訳じゃない。

 ずっとずっと。ここで育ってからというもの、泣いた記憶などないのに。

 悲しくても寂しくても、こんな事は無かった。


 どの人生でも、悲しい時にしか泣いたことがなかったから、知らなかったんだ。


 嬉しいと、こんなにも涙がでるなどと。



 知らなかった。


 知らなかったんだ。




 そのまま泣き続けて、止めたくても涙は止まらなくて。


 少し困ったように笑う彼が優しく抱き締めてくれるものだから、それにしがみついて泣き続けて。


 結局泣きっぱなしで、その日の午前中は店を開けることが出来なかった。

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