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魔女話  作者: ゆきむら
魔女語り
3/45

3 病

 人の一生というのは簡単に終わってしまうものだ。


 それでも、十年いう歳月は、さすがに短いのではないだろうか。

 けれど死んでしまったものは仕方がない。

 私の記憶はまた蓋をかぶって新たな生を受けた。




 生まれて十五年ほど。

 顔に大きな赤いアザを持った私の存在は、両親にとって悩みの種であったらしい。


 貴族の家に生まれた私は、顔のアザがなければ高貴な方の奥方になるのも夢ではなかったのだが、いかんせんそんな顔だ。高貴な方どころか普通の結婚すら危ういのではと家の使用人たちは噂していた。

 額から右頬を通り顎の辺りまでに広がるそれは、まるで魔女の呪いのようだと陰で囁かれていたのを、私は知ってる。


 幼い頃から自身に関する両親の悩みも、使用人の噂話も何となく理解できていた私は、このアザが全て悪いのだと思い込んだ。

 早いうちから化粧を覚え、必死にアザを隠して生きていた。

 当時の女性は全ての髪をあげて複雑に纏めている方が美しいとされていたのだが、人前に出なくてはいけない時にも、後ろ髪を結うことはしても前髪と横髪はそのまま垂らしていた。


 随分と嘲笑され、さぞ両親も困っていたことだろう。だが、当時の私は顔のアザを隠すためなら笑われてもいいとすら思っていたのだ。



 そんな中、ふたつ年下の妹に婚約者ができた。

 両親も年の離れた兄と姉も、大層喜んだ。

 妹の容姿は美しく、幼いうちから縁談も数多くあり、妹はそのいくつかの縁談の中から最も高貴な方の下に嫁ぐことになったのだ。


 妹の婚約話から数年の後。

 彼女の婚儀が一ヶ月後に迫った頃、妹は突然家から姿を消した。

 部屋には、探さないでほしいという内容の置き手紙があったらしい。


 とりあえず、先方には妹が急病のため婚儀を延期してほしいと伝えて時間を稼ぐと、両親も兄姉も血眼になって妹を探した。

 婚儀の相手方は、我が家のことなど簡単に取り潰せてしまうような高貴な家柄。機嫌を損ねればどうなるかわからない。


 一家使用人総出で妹の所在を探し当てた頃には、妹の体はもう冷たくなっていたそうだ。

 私は直接目にしていないのだが、妹の横には同じく冷たくなった少年の姿があったらしい。

 二人は街から離れた村を転々として暮らしていたのだが、追っ手から逃げ切るのは不可能と判断し、共に死ぬことを選んだのだと、遺書を遺していたそうだ。


 婚儀の相手には妹は急病で亡くなったと伝え、何とか事を上手く押さえたようだった。

 家族みな、酷く塞ぎ込んでいた。




 そんな中私宛に縁談が来た。

 こんな事になったばかりなので、両親は『嫌なら断ってもいい』と言ってくれた。何しろ相手は高齢で私より三十歳も年上の方だったのだから。

 けれど、これを逃せば私は結婚できないだろうとも思った。


「この縁談進めて下さいませ」


 その一言で縁談はあっという間に進み、私は結婚した。




 ただ、旦那様となった方は、私を愛してはくれなかった。


 妻が必要だったから結婚したのだと言う。


 旦那様には身分違いの愛人がいて、形ばかりの奥方となった私には、誰も目を向けはしなかった。



 旦那様とは数度顔を合わせただけで、私は流行り病にかかってしまった。

 とても苦しかったが、少しだけ期待してしまった。


 もしかしたら旦那様が来てくれるかもしれない。



 けれど、旦那様が私のもとに来ることはなかった。

 愛人の方も同じように流行り病にかかってしまい、旦那様はそちらに毎日顔を出していたらしい。

 


 悲しくなった。


 情けなくもあった。


 私ではどうしようもないのだ。


 


 日に日に食事が喉を通らなくなっていった。

 死にたくないと思う反面、死んでしまえば旦那様は私に目を向けてくれるのではないかとも思った。




 浅ましい思いを胸に、病と戦うことを拒否しながら、緩やかに。



 私は死んだのだ。

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