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魔女話  作者: ゆきむら
魔女話
29/45

7 魔女話 7

 あれから更に約一ヶ月。

 つまり、男が退院してから実に約三ヶ月が経ったわけだ。


 例えば好いた男がいるとする。その男に三ヶ月間会えないとなると、普通はどうなのだろう。

 もう会えないと諦めるか、どうにかして会う方法を探すか、そいつのことはすっぱり忘れて次の男を探すか。

 私の思い付く選択肢なんてそんなものだ。ちなみに私はこれまで『諦める』を選択して生きてきたわけだ。一般的な女が、どれを選択するのか私には分からない。


 さて、ではその好いた男に三ヶ月ぶりに会えたとする。

 女はどういった反応をするのか。


 こんな反応だった。



「クロムさんお久しぶりです!」

「ああ、久しぶり」


「会いたかったです!」

「ありがとう」


「しばらくここに来てませんでしたよね?」

「最近少し立て込んでてね」


「もし次入院したら私看病しにいきますから!」

「それなら私が行くわ!」

「いいえ私が!」

「あはは、ありがとう……でもしばらく怪我も病気もしたくないなぁ……」




 五月蝿い。

 開店し、男が来店してからというもの、非常に五月蝿い。

 私が声を出す隙間など、これっぽっちもない程に、五月蝿い。



 久しぶりに男が訪れたかと思えばこれだ。

 前も思ったが、いったいどこから嗅ぎ付けてくるのだ。犬も吃驚の嗅覚じゃないか。


 そんな女達に、男はずいぶんと愛想を振り撒いている。この鬼気迫る表情の彼女達に向かって、よくそんな顔が出来るな。


 普通は男を狼に、女を子羊に例えるものだが、この場においては全く逆に見える。飢えた女狼の群れに、憐れな男子羊が一匹。


 いつまでも彼女達は帰らず居座ってしまい、仕事になりそうになかったので、この日は早々に店を閉めた。


 ただ、ありがたいことに薬膳茶は完売だ。久しぶりに財布の重さが心地良い。




「…………久しぶりだ……この疲れ方は……」


 客のいなくなった店内で、男は椅子に座りながら作業台に突っ伏している。 可愛そうになってきた……

「毎度すまないな……」

 こちらとて罪悪感がないわけではない。

 結果としては、休みの日にまで働かせてしまっている事になるので、申し訳ないと思っている。……給料を出すべきだろうか。


「……いんや、俺が勝手に来てるんだし、謝んな」


 そうは言うが、顔が疲れきっている。


 労いにもならないだろうが、時間も昼時とあって軽い昼食と男の持ってきたカップケーキを皿に乗せて差し出す。よほど腹が減っていたのか、男は私の作った昼食を無言になって食べていた。


 そんな彼の様子を見ながら、売り物とは別に自分用にとってある茶をいれて、カップを男に渡す。

 この茶には疲れを癒す効果のある薬草も入れているので、今の彼にはちょうど良いはずだ。

 昼食も摂り終え、カップケーキを食べ終わって一息。


 空っぽになったカップに新しく茶を注ぎ、彼の方へ差し出す。



「ありがとう、ごちそうさま……昼飯旨かったよ」


 おそまつさま。この程度の礼しか出来なくて申し訳ない。


「……この感じも久しぶりだなぁ」


 そう言ってカップの中身を一口飲んでは息を吐いた。


「美味い……落ち着くなぁ……」




 ああ、何だろう。とんでもない既視感だ。

 いつだったか、ソファに深く座り込んで、とっておきの酒を煽りながら私の作った酒のつまみを食べて『極楽だなぁ』と言っていた師匠にちょっと似ている。

 外見とかではない、醸し出す雰囲気が。



「……おまえさぁ……」

「……何だ?」

「……や、何でもない」


 そう言うと男はカップを置いて、 作業台の上に再び突っ伏してしまった。

 どうしたんだ、しんどいのか?


「……おい……」


 一応声をかけてみるが、返事はない。

 きっと日頃から仕事で疲れているのに無理をさせてしまったからだ……


 とりあえず脈をはかり呼吸を確かめるが、特に変わったところはない。



 これは……寝てるのか?


「……おい、寝ているのか……?」


 少し揺すってみても起きない。

 どうも完全に寝ているようだ。

 こんなところで寝ていると風邪をひくぞ……


 疲れているようだし、無理矢理起こすのは忍びない。かと言ってこの男を抱えて布団まで運ぶような腕力は私には無い。


 とりあえず何か掛けるものをと思い、タオルケットを家の方から持ってきて掛けておく。

 ……これで大丈夫だろうか?


 しばらく店に来るなと言ってから三ヶ月近く、いきなり来たと思ったらこれか。


 しかし、警備隊の仕事というのは、そんなに忙しいのだろうか。それとも隠しているだけで怪我の具合が良くないのだろうか。

 あまり顔色も良くないように見える。

 男の額に手を当ててみるが、熱はないようなのでとりあえず一安心。


 しばらくは男の隣に並べた椅子に座って様子を見ていたが、なんと言うか……人の寝息というのは、とても眠気を誘うものだな。


「……ふぁぁぁ……」


 あくびが出た。

 いかんいかん。お腹いっぱいな上に、昨日は少し遅くまで薬を作っていたから余計に……ダメだ。


 このままでは寝てしまう、何かせねば。


 奥の作業場で薬や茶の補充分でも作ろうか。

 けれどそうすると、男を店に置き去りにすることになる。店の入り口の鍵も閉めているし、閉店の表示も出しているが、起きた時にいきなりひとりぼっちは少し可愛そうだろう。一応この男も客人なのだから。


 ここで繕い物でもするか……いや、けれど解れた服は昨日直してしまったな。洗濯物も先程昼食の皿を片付けたついでに取り込んでしまったし……




 ……何をしよう。


 困った、やることがない。


 何かないかと探してみれば、視界に入ってきたのは男の着ている服の袖部分。 手元についているボタンが取れかかっている。


 ……これは、気になる。


 一度気になりだすと、もうそれしか目につかなくなるのは私の悪いところだと思う。男が起きていれば服を脱げとも言えたが、今は寝ているのでそうもいかない。


 ……このままの状態で直せるだろうか。


 そう思って男の腕を引っ張れば、存外素直に動いた。

 男の様子を見れば、こちらを向いて寝ている顔は起きる様子を見せない。


 しめしめ、というやつだ。


 少しその場を離れて、顔にかかる髪を一つに纏め、裁縫道具を持ち出して店に戻る。椅子を男の隣から正面に移し、腕を枕にして寝ている男の片腕を慎重に動かすと、作業を開始した。


 まずは取れかかっているボタンの糸を切って外し、服の方に残っていた糸屑を取り払って、ボタンを付け直す。

 途中、男がモゾモゾと動き出したので起こしてしまったかとも思ったが、どうも起きた様子はなかった。


 針をシャツに通す際は慎重に。

 腕を刺してしまうといけなから。


 ……これは……わりと緊張するな……




「…………ふぅ」


 出来た。

 無事男を起こすことなくボタンを付け直すと、妙な達成感に満たされる。



 この感覚は昔、あまりにも食べ物の好き嫌いが多い師匠に腹が立ってしまい、こっそり師匠のお気に入りのジャケットの裏地に自作の野菜アップリケをしこたま縫い付けてやった時の達成感に近い。

 そのアップリケがまた若干下手なところがミソだ。……まぁそれが当時の私の裁縫技術の実力でもあるのだが、嫌がらせでやったのだから、それくらいでちょうど良いだろう。




 満足感を得ながら裁縫道具をしまって店に戻ると、今度こそやることが無くなってしまった。

 どうしよう、男もまだ起きていないのに。


 しばらくは店の椅子に座って何をするでもなくボーッとしていたのだが。


「……ふぁぁぁ」


 やはり眠気には勝てず、そのまま私も椅子に掛けたまま眠ってしまった。






 目を覚ますと、店の小窓から夕暮れの赤い光が差し込んでいた。

 ……どれくらい寝てしまったのだろう。


「あ、起きたか?」


 覗き込んでくる男の顔がいつもより鮮明に見えて驚いた。そう言えば顔にかかる髪を結んだままにしていたのを思い出す。



「……なんで……ここにいるんだ……?」

「お前それはいくらなんでもひどいだろ、俺今日の午前中はすごく売り上げに貢献したはずだ! あんなに頑張ったのに……」


 いや、それは知っている。感謝もしている。

 そうではなくて。私が言いたいのは、何故この時間までここにいるのかと言うことだ。 置き手紙でもして帰ればいいのに。


 首を捻っていると、男も首を捻り返してくる。


「……どうした? 寝ぼけてんのか?」

「……いや、大丈夫だ」

「ほんとか?」

「ああ」


 そう言って頷くと、肩からタオルケットがずれ落ちた。 これは……


「あ、それ……俺に掛けてくれたろ? ありがとな……あと、ボタンも」


 そう言って自分のシャツの袖を指す。 ……何だ、気づいたのか。意外と細かい男だな。


「じゃ、俺そろそろ帰るわ」

「あ、ああ……」

「戸締まり、ちゃんとしろよ?」

「……わかっている」


 そう言いながら店のドアの鍵を開け、そこでやっと思い至った。

 


 ああ、そうか。

 この男は待っていてくれたのだ。

 開けっぱなしの店に一人置き去りにすることも出来ず、かと言って眠りこけている私を起こす事もせず、ただ私が起きるまで待っていてくれたのだ。


 そんな男に礼も言わず帰してしまうところだったかと思うとなんだか恥ずかしい。


「……ありがとう」

「ん、何が?」

「いや、心配をかけたのだろう?私が……」


 そう言うと、男はなんだか難しそうな顔をして考え込み、一言。


「『心配してくれてありがと、クロムさん』って言い方でもう一度お願いします」


 出来るか!


「なんだよ睨むなよ……言ってる内容は一緒だろ!?」


 私の心にかかる負担が桁違いに大きいわ。


「……却下だ」

「ちぇーっ」


 いい大人が不貞腐れるな。可愛くない。



「じゃ、あ……そうだ、お前嫌いな野菜ってある?」

 店の扉に手をかけた男が、急にこちらを向いてそう問いかける。

 なんだこの男は。藪から棒に。

「いや、特に無いが……」

 そう答えると、男はニッと笑った。

「この間近所のケーキ屋で、野菜を使ったケーキや焼き菓子を売っててさ……ニンジンとか玉ねぎとか芋とか……今日買ってこようかと思ったけど野菜食えなかったら嫌だろ?だから……」

「食える、野菜は何でも好きだ」

 なんか美味しそうだ。

「……っはは、わかった。次はそれ買ってくるわ」

「次は……いつ来るんだ?」

「……おまえ……ほんと…………まあいいか」


 男は呆れたような顔をしているが、それでも次に来る日を言って帰っていった。


 その姿が見えなくなるまで見送ると、店に入って入り口の鍵を閉める。

 ちゃんと店の戸締まりをしてから、店と繋がっている家に戻った。


 思い起こせば、戸締まりはちゃんとしろだの、嫌いな野菜はないかだの、私は子供か。


 いや、分かってるんだ。色々と気にかけてくれているのも、ありがたいと思っている。



 今日だって疲れていたのに、わざわざ来てくれたのだろう。 優しいと言うか、面倒見がいいと言うか。

 きっと捨て犬とか見つけると放っておけないんだろうな……餌をやったあげくに家に連れて帰ってお母さんに怒られて、けれど絶対に見放したりとかはしない。


 ……たぶん、この店に来ているのも同じような理由だと思う。 前は、何となくそれでいいと思ってたんだ。

 好きだ何だと言ってきて、『保留』と答えても『遠慮する』と答えても、仕事が休みになるとまた来てくれたから。

 その優しさに甘えてばかりで。


 ……でも、きっとダメなんだ。



 きちんと伝えないと。


 このままズルズルと先延ばしにしていると、いつか後悔してしまう気がするから。

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