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魔女話  作者: ゆきむら
魔女話
28/45

7 魔女話 6

 あの約束の日。

 夜明け前に目を覚ましたあたしは、竜胆が起きているのを知っていて、あの子が追って来るのを予想しつつ部屋を出た。

 男に刺されるために。

 最初は足抜けを提案してきた男に、言葉巧みに喧嘩をふっかけ、懐の小刀を抜かせた。その小刀が胸を貫く直前にこの身が得たのは狂おしいほどの解放感。

 足抜けに失敗した男女を見た時や、あの赤い花を散らす感覚に少し似ている。


 姐様、姐様と。


 可愛らしい声でいつもあたしを呼んでいた竜胆は、その後どうなってしまったのだろう。

 ちゃんとあたしの死体を見てくれたろうか。

 あの場所で生きるにはあの子は純粋すぎる。だから少しくらい……



 くくく


***



 夢を見た。

 ずいぶん久しぶりに。

 それは私が一番嫌いな過去の自分。

 私の前世。

 自分を慕ってくれる人に自分の死を見せようなどと、狂っているとしか思えない。

 ……狂気で歪んでしまった優しさの表れだったのかもしれないけれど。


 それでも、やはり許せない。

 大切な人が死んでしまうなんて、考えるだけでも嫌なのに。




 いつも通り店を開けると、今日も早々に若い女に囲まれた。

 あの男は来ないのか、いつ来るのか。

 何度聞かれても知らないものは知らない。


 男が退院から二ヶ月ほど経ったが、退院直後に同僚と一緒に店に来店して以来、来ていない。

 どうも職場復帰してからほとんど休みがないらしい。休みがあったとしても病院に検査を受けに行ったり、職場の上司につれ回されたり何だったりと、結局忙しいのだそうだ。

 偶然、警備隊の医務室で鉢合わせた時に、いくつか滋養の薬を渡しておいた。少しは役に立てば良いのだが。


 せっかくの休みに、店に来て女たちの相手をするのも疲れるだろうと思い、しばらくはうちの店に近寄るなと伝えた。薬は医務室の方にいつもの軟膏を届けておくからと付け加えて。他の薬も必要なら医務室の先生に伝えてもらえばいくらでも届けられる。

 驚いたような顔をしていたが、実際のところ女の相手をするのも疲れるのだろう、素直に頷いてその提案を受け入れていた。それからしばらくは、姿を見ていない。




「暇になったら来るだろう」


 同じ問答を何度繰り返したか分からないが、もう正直すごく面倒くさい。 あの男はよくもまぁ毎度笑顔であの女たちの相手が出来るものだ。だから人気があるのか、なるほど。

 あの男がまた店に来るようになったら、いっそのこと男が来る日を事前に聞いて予定表でも作っておこうか。

 そうすれば女たちも無駄にこの店に足を運ぶこともなくなるし。


 そう思っていたとき、またも若い女が店の中に入ってきた。



「こんにちは」

「いらっしゃい」


 それは、いつかウサギのぬいぐるみをくれた女だった。彼女のくれたウサギぬいぐるみは、今も店の作業台の上で看板ウサギとして活躍している。


「今朝お母さんが転んで足を捻ってしまったの……何か良い薬はないかしら?」

「……足は腫れているのか?」

「少しね、赤くなってたかしら」

「全く動かせないくらい痛いのか?」

「うーん、どうかしら……動かそうとすると痛いって言っていたわ」

「……分かった、少し待っていてくれ」


 そう言って作業場へ行き、冷却効果のある湿布薬を持ち出す。


「これを患部に貼って、包帯を巻いておくと良い……包帯は、あまりきつく巻かないように注意してくれ。二日は幹部を冷やして安静に、それでも動けないようなら病院に行った方がいい……」


 話を聞く限りでは大丈夫だと思うのだが……三日目以降は冷やすよりも暖めた方がいいから、必要なら薬を出すと伝えて彼女に湿布薬を渡した。


「分かったわ。いつもありがとう」

「……いや、お大事にと……伝えてほしい」


 そう言うと彼女はもう一度、ありがとうと礼を述べてくれる。

 代金の支払いを済ませ、そのまま出口に向かって出ていくのかと思えば、彼女はそれをせずに私の顔を覗き込んできた。


「薬屋さん、大丈夫? 少し顔色が悪いように見えるけれど?」

「……そうか?」

「そうよ、体調悪いの?」

「いや……」


 別に何も。


 そう言おうとしてやめる。


「少し、夢見が悪かっただけで……体調は良い」

 彼女は心配してくれたのだ、きちんと答えなくてはいけない。 いらない心配をかけないためにも。


「悪夢?」

「……まぁ、そんなところだ」

「どんな夢?」


 ……しまった、結局いらない心配をかけてしまった……


「……別に、たいした夢では……」

「悪夢って人に話すと良いのよ? 『話す』は『放す』って、お婆ちゃんが言ってたもの」


 はなすははなす?  よく意味が分からず聞き返すと、なるほど言葉遊びのような答えが帰ってきた。

 彼女の厚意を無下にしたいとは思わないが……困ったものだ。どう話そうか……嘘をつくにも思い付かない。かと言って、そのまま話すのもどうかと思う。心配は極力かけたくないのだ。


「死ぬ夢だ」

「死ぬ?」


 結局簡単にそう話した。もう少し柔らかい言い方がないかとも思ったが、私では思い付かなかったんだ……心配してくれているのに答えないのも失礼な気がするし……


「自分が殺される夢を見た 」

「……あらあら」


 彼女の顔が少し曇る。 困らせてしまっただろうか。

 ああ、どうしよう…… やはり言うべきではなかっただろうか……


「でも自分が死ぬ夢って吉夢って言うわよね」


 ……え?


「……そうかのか?」

 自分が死ぬ夢なんて縁起が悪い。凶夢じゃないのか?

「ええ。誰かや自分が死ぬ夢は、誕生や再生の表れ……古い自分を捨てて、新しい自分になりたいって願望を持った人が見る……なんて言う事もあるわね」


 ……知らなかった……

 私としては今朝のは夢を見たというよりも、あまり思い出したくない過去を思い出した……と言う感覚に近いので、なんだか不思議に思えるが。


 …… 古い自分を捨てて、か。

 それほど大仰な話ではないが、少しくらい変わりたいとは思う。


「夢占いって言って、うちのお婆ちゃんそういうの好きで色々と教えてくれるの……わりと当たってたりするのよ?」


  うーん、どうなんだろう。当たっているといえば当たっている。


「ほら、薬屋さんって、最近少し変わったもの。雰囲気が柔らかくなったっていうか……」


 そうなのか? よく分からない。


「前は、私や他の人がお店に入ってくると恐い顔してたけど、最近はそれもないし」


 いや、あれは愛想笑いだ。恐い顔をしていたわけではない。

 ……くそ、恥ずかしいな。 最近はちゃんと直ってきたんだ。


「……何かあったの?」


 いぶかしむように私の顔を覗き込む。


「……何か?」

「そう、古い自分を捨てて……とは思わなくても、例えば何か叶えたい夢ができたとか……」


 夢、か。

 夢と言われればそうかも知れない。 前はいつ来るか分からない死に追われて、けれどその瞬間は静か迎えられるようにと思って生きてきた。


 けれど最近はもう少し……出来るならばもっとずっと、生きていたいと思うようになった。


 ……おばあさんになるのが夢だと言ったら、彼女は笑うだろうか。



「あとは……好きな人が出来たとか」



 ……。



 …………。



 ……………………。



「そうなの?!」


 目の前で彼女が大きな声を出すものだから、耳が、こう……キーンとする……


「ねぇ、クロムさん? クロムさんなの!?」


 彼女の顔が近づいてくる。目を輝かせるのを是非ともやめてほしい。 何がそんなに楽しいのだ。

「……いや、あの……」

「なぁによぅ、隠さなくてもいいじゃなぁい? 前々からあやしいと思ってたのよねぇ!」


 ……彼女はあの男に熱をあげているのではないのか。よく男の姿を見にこの店に来ていたはずだ……そう思って聞いてみると、彼女は首を横に振って答えた。


 彼女が言うには、彼女はあの男の事を恋愛対象として見ているのではないのだそうだ。いわゆるファンなのだという。師匠に対しても、そういう女はいたので理解できないわけではない。


 曰く、『かっこいい人は遠くで見ているくらいが、ちょうどいい』らしい。


 ああ、何となく分かる。 師匠もかっこいいと言える部類の美しい見た目をしていたが、共に居るのは疲れた。

 良い見た目に反し、好き嫌いは多いし、ズボラだし、家の中だと暑ければ平気な顔で上半身裸で歩き回る人だった。これでも私は気難しい年頃の娘だぞと言ってやりたかったが、世話になっている身だと思えば何も言えない。

 遠くで見ているだけなら目に優しいが、近くにいると、たまに張り手をかまして倒してやりたくなる事もあった。


「……あやしいとは何だ?」

「あら、結構噂たってるの知らないの?」


 ……何の話だ。


「二人は付き合ってるんじゃないかとか、いや薬屋さんが惚れ薬を使ってクロムさんを虜にしたとか、実は薬屋さんは本物の魔女で、魔法を使ってクロムさんを操ってるんだ……とか?」


 ……なんだそれは。

 失礼な噂だな……大体、なぜ私があの男をどうこうしなくてはいけないのだ。恐れ入る妄想力じゃないか。


「で、本当のところ、どうなの?」

「……別に、恋人でもなければ、薬を盛った覚えもない。ましてや魔女などと……私はいたって普通の人間だ」


 そうだ。誰とも何も変わらない、ただの人間だ。少し前世の記憶を持っているだけで。


「本当?」

「ああ」 

 嘘を言ってどうなる。


「まぁ恋人かそうでないかは良いとして……薬屋さんはどうなの? クロムさんの事、好きなの?」


「……………………嫌いではない」

「なぁにそれ、ハッキリしないわね……好きなら好きって言わないと、後悔するわよ? ……誰かにとられてからじゃ遅いんだから」


 そう言った彼女は、少し俯いて拗ねたようにそう呟く。

 何だ、妙に実感がこもっているな……実体験か?  どうしよう、少し悲しそうだ。……こんな時どう声をかければ良いのか分からない。


「……元気を……出してくれ……?」


 こんな感じで良いのだろうか。


「なによ、いきなり」


 ……かける言葉を間違えたか。くそ、難しいな。

「……俯いてしまったから、何か辛い思い出でもあるのかと……」

 思ったのだが違ったのだろうか。

 こんな時、あの男ならば上手いこと言ってやれるのだろう。人をよく見て、気遣える人だから。


「……前々から思ってたけど、薬屋さんって面白い人よね」

「……?」

「薬の事とかは凄く詳しいのに、ちょっとずれてるって言うか……」


 それは……まぁ、否定はしない。あの男にも似たようなことを言われたことがある。


「かと思えば、鋭い事も言うし」

「……?」

 私は何か言っただろうか?

「まぁ、結構前なんだけどね……好きな人が出来て……告白なんか恥ずかしいなーどうしようかなーって、迷ってるうちに、その人には恋人が出来てしまったわ」

 それは……なんと言うか……

「すごく後悔したの。だって、私が彼の事を好きだと思った頃には、その恋人になった女の人とは出会ってもいなかったのよ? ……彼が私に好意を持ってくれたかどうかは別にして、言っておけば良かったって思った」

 そう言うと彼女は少し笑った。

「まぁ、後悔先に立たずってね……今では良い思い出。あの人を好きになって得られたものは確かにあったもの、また新しい出会いを探すんだから!」


 だからこれは、ひとつの経験談として聞いてほしいと彼女は言った。人を好きになって、けれど何もせずに後悔した人間もいると。

 それは彼女の思い出の話。少し辛い、思い出の話。 恥ずかしそうに笑いながら、それでも次こそはと未来を語る姿は、可愛らしいと思う。


「……そうか……なんと言うか……頑張ってくれ」

「ありがとう、薬屋さんも頑張ってね!」


 ……何がだ。


「何か進展があったら教えて! 私そういう話大好きなの……大丈夫、誰にも言わないから!」


 女の言う『誰にも言わない』ほど信用できないものはないと言っていた師匠の顔が目に浮かぶが……


「それじゃ薬屋さん、またね」


 彼女は手を振って出口に向かうので、少し気まずく思いながらも手を振り返して見送った。




 少し前なら、あの女は何を言っているんだと思ったことだろう。けれど今は違うんだ。分かるんだ、彼女の言っていた後悔の意味が。

 もしあの時こうしていたら……という可能性が胸を掠める時、そのための努力をしなかった自分に腹が立つ。


 これまではいつでも諦められるように、死んでしまってもいいように師匠以外の人とはあまり関わりを持たないようにしていたんだ。人と関わる努力なんて、してこなかった。

 けれど、今はもう少したくさんの人と関わりたいと思うし、関わっておけば良かったと思う。


 こんな風に考えるようになったのは、きっとあの男のお陰だろう。


 誰だっていつかは死んでしまうし、それが早いか遅いかは誰にも分からない。 前世の私は早死にばかりしていたが今回は違うかもしれないじゃないか。 逆に私よりも早く死んでしまう誰かがいるかもしれない。



 ……私の居ないところで勝手に幸せになれと、今でも思わないわけではないのだ。

 けれど、自分がその幸せの線上に立っていられたら、それはとても幸福な事ではないのだろうかとも思っている。

 そうであるための努力をしなければ、きっと後悔すると言うことも分かっているんだ。


 考えるのは嫌だけれど、もしその時を迎えてしまっても思い残すことが少ないように。



 いつか必ず来てしまう、その時を迎える前に。


 私には、あの男に言わなくてはいけないことが、あるのではないだろうか。



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