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魔女話  作者: ゆきむら
魔女話
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7 魔女話 5

 彼の頭に手をのせ、柔らかい髪を透くように撫でながら、ふと思い出した言葉がある。



『人の考えていることが分かればいいのにと思ったことはないか。俺はある。』

 

 いつだったか、彼自身が言っていた言葉だ。

 それがやっと、なんとなく分かった気がする。


 ……人の心を知りたいと思う気持ち。


 私はいつ生きたときも、あまり人の気持ちというのを考えたことがなかった。 必要以上に人と関わらずに生きてきたというのもある。

 けれど、そうではなくて。数少ない関わりのある人の事すら、私は知ろうと思わなかった。




 いつかの過去世、自分の顔のアザを気にした私は、自分のことばかりを考えて、妹が家から逃げ出してしまうほど思い詰めていたことに気づかなかった。

 美しい彼女を羨ましく思いこそすれ、その心のうちを慮ることが出来なかった。

 彼女は私にも助けを求めてきたのに。結婚などしたくないと言う彼女に『結婚できるだけマシだ』などと言ってしまった。

 なぜ妹がそんなことを言ったのか考えもせず、知ろうともせず、突き放した。



 あの頃から、今の私は何かが変わったろうか。

 誰かについて知ろうと思ったか、考えようと思ったか。


 どこかでこれは他人事だと考え、妹の事すらを思いやれない姉であった情けない過去世を、反省もせずにいたじゃないか。

 私はもっと、自分に与えられた情報を活かして生きるべきだったのに。ただの恐怖に囚われて、諦めただけ。過去世を省みて、他人を知ろうとなんて、してこなかったじゃないか。



 師匠が消えたあの日もそうだ。手紙を読んで憤りはしても、師匠を探そうとは思わなかった。

 きっと私はもうすぐ死ぬのだから、師匠に迷惑をかけずにすむじゃないかと自分を納得させようとした。

 師匠の考えはわからない。どこに言ったか検討もつかない。探すだけ無駄だとも思った。 決めつけた。


 でも違う。


 きっと考えれば、探せば、手がかりくらいは見つかったはずだ。もっと言えば、私がもう少しでも師匠に関心を持っていれば、師匠の些細な異変にも気づけたはずだ。

 

 だって師匠の様子はいなくなる前日おかしかったじゃないか。

 いつもは皿から避けるピーマンを、美味しそうに食べていたじゃないか。

 師匠の腰よりも背が伸びてからは撫でられた覚えのない私の頭を、何度も何度も何度も。妙に私を褒めながら、あの人は撫でたじないか。


 少しでも不審に思っていれば、何かが変わっていたかもしれない。


 本当は、家にも店にも、師匠と過ごした思い出がありすぎて辛かったのに。

 そんなの知らない、覚えていないと見ないふりをして、諦めた。


 本当はいなくなったその日から心配で、会いたかったのに。


 なぜ私は考えなかったんだろう。

 知ろうとしなかったんだろう。

 気づかなかったんだろう。

 諦めたんだろう。



 いつの時も……いつも。





「なんか、色々考えてんだろ」


 私に頭を撫でられながら、男は少しだけ顔を上げた。 その顔は、私自身の髪のせいで、よく見えないけれど。


「……おまえ、少し考えすぎだ。もう少し声に出した方がいいぞ?」


 それは優しい声。


「話くらい、いくらでも聞くからさ」


 私を甘やかす声。


「前世の話でも、今の話でも」


 何で。


「おまえが話してくれるなら、何だって聞く」


 そんなこと言うんだ。




「私の……考えていることを読むな」

「読まなくても分かるって。人の感情は勝手に頭の中に入ってくるって言ったろ? 詳しく何考えてるのかまでは、意識して読もうと思わないと分かんないけど」


 ああ、そうだった。


「辛いとか、悔しいとか……懐かしいとか……そういうの、何となく伝わってくるし」


 そう言って男は首を動かし、私の方を向く。


「その顔見れば、どうしたって心配になるだろ」



 その目はまっすぐにこちらを見ている。

 私は今、どんな顔をしているのだろうか。

 ……分からない。


 ゆっくりと彼の頭から手を下ろす。


「もう撫でてくんねぇの?」


 その顔はもう、いつものように笑っている。  


「もう終わりだ」


 そう返せば男はその席を立つ。

 いつもよりも早いが、もう帰ってしまうのだろうか。

 きちんと立って並べば彼の方が背が高いので、どうしたってその頭に手が届かない。

 見送り位はしようと思って動こうとすると、頭の上に違和感を感じた。


「思ったよりも背が低いよな、おまえ」

「……何をしている?」


 わしゃわしゃと音をたてて、私の頭の上で何かが動いている。


「頭撫でてくれたお礼に撫で返し」


 わしゃわしゃわしゃ。

 大きな手が動いている。

 それはとても懐かしい感触。 師匠とは少し違う、大きくて力強くて温かい。


 しばらくされるがままにしていると、ゆっくりその手は離れていった。



「じゃ、俺も帰るわ……今日は騒がせて悪かったな」

「……いや……また……いつでも歓迎する」

「? どうしたんだよ、迷惑じゃなかったのか? 男が三人もいて、むさ苦しいとか思ってたろ」

「………………、…………そんなことは……」

「嘘つくなよ、バレバレだって。ほら、おまえ分かりやすいから」


 ……まぁ、伝わってしまったのだろうな。そういう感情は勝手に頭の中に入ってくると、さっき言っていたばかりだ。これでは隠し事も出来ないではないか、やれやれだ。


「ほら、嘘ついたり何かを誤魔化そうとすると目が泳ぐ」


 そう言って私の顔にかかる髪を少し持ち上げる。


「拗ねれば口が尖るし、嬉しいと耳を赤くして俯くし、恥ずかしいとそれに加えてキョロキョロし始める。悲しいと口角が下がるし、困ると腕をさする。面倒くさいとか鬱陶しいと思ったときは髪の毛をもてあそぶ」


 ……いったい何を言い出すんだ?


「これ、全部おまえの癖だよ」


 ……癖?


「おまえ気づいてないだろうけど、今日俺たちが来たとき、ずっと髪の毛触ってたぞ」


 そうだったのか? 記憶にないが……




「さっきも言ったけど、感情はどうしたって伝わってくるんだ」


 それは彼自身にどうにか出来るものではないらしい。


「他人にはそういうの隠してきたから、自然と人の癖を観察するようになった。癖がわかれば、感情が読めるせいで言わなくてもいい事をうっかり言っても、何とか言い訳できたからさ」



 素直にすごいと思う。きちんと人を見ていないと出来ないことだ。


「だからおまえのこともちゃんと見てるし、なんも言わなくても何となく分かるよ」


 そう言って笑って見せる。


 すごいな、きちんと自分でどうしたらいいのか考えて生きてきたんだ。

 結局いつも師匠の言うことに従って、前世にとらわれ生きてきた私とは……何も考えずに諦めて生きてきた私とは、全く違う。



「……すごいな」


 尊敬する。 きっとそんなことは私には出来ない。


「……言われると、なんか照れる」


 顔が赤くなった。

 きっといつもなら顔色の変化など気にしなかっただろう。

 けれど、今はそれが少し気になる。


 些細なことを、気に止めることはとても大切なことなのだ、きっと。


「照れるな……すごいと、思ったんだ、本当に」


 私がそう思っていることは、もしかしたら言わなくても伝わっているのかもしれない。

 けれど。


「何だよ急に、恥ずかしいだろ」


 そう言うと、頭を掻きながらそっぽを向いてしまった。

 ……人の感情が読める分、不公平のないように、自分の考えや感情も飾らず素直に声に出すのがこの男の良いところなのだろう。



 数年前に私が店で斬りつけられた翌日。医務室で目覚めた私に『すまなかった』と声をかけたろう。とても印象的だった。結局何の謝罪なのか、私にはわからなかったけれど。


 他の誰もが無視した私の愛想笑いも、注意してくれたし。……あれは少し恥ずかしかったが。


 いつもお菓子を持ってきてくれるし、それに合わせたお茶を出せば素直な感想をくれる。


 今日なんて、珍しくも『褒めてほしい』なんて駄々をこねたじゃないか。


 いつだって、ちゃんと言葉にしてくれていた。

 だから私も。



「さっき言ったのは、本当だ……また、いつでも来い」


 考えを悟ってもらうのではなく、ちゃんと言おう。

 言わなかった事を、言えなかった事を、後悔するのはもう嫌だ。


 きちんと伝えるんだ。


「それと」


 私の言葉で、ちゃんと。



「無事を、嬉しく思う……退院、おめでとう」

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