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魔女話  作者: ゆきむら
魔女話
26/45

7 魔女話 4

「で、だ。」


「何だよ?」

「何だい?」



 開店直後から男が三人、寄ってたかってやって来た。むさ苦しいな。

 怪我が治ったらしく退院した男に、もう一人はこの間ダイスと名乗った優男と、もう一人は病室にいたな……赤毛の男。

 全員私服だが、貴様ら仕事はどうした、休みか?


「どうしておまえらまでいるんだよ?」

「そりゃおまえ、トマトちゃんの顔見に」

「トマトさんのご機嫌伺いに」


 ……トマト?


「呼ばれたの俺だけだろ!?」

「んなこたねぇよ、なートマトちゃん」

「『クロムだけ』とは聞いてないよ」


 いや、私は別に貴様も呼んだ覚えはない。 ついでに他の男二人も呼んでいない。


「おまえらの食うもんなんか持ってきてねーぞ」

「残念でしたー焼き菓子持参でーす」

「医務室の先生にトマトさんのことは聞いてきたからね」


 さっきから甘い匂いがすると思った。 美味しそうな匂いだ。


「良いじゃねーか、クロムだけズリーだろ! いつも甘いもの売ってる店教えてんの俺じゃねーか! ここの薬膳茶、最近有名なんだよ。ご賞味あずかりてーじゃねーか!」


 赤毛が大きな声を出す。うるさい男だな。


「ロディ静かに、彼女が驚いている……すみません、いきなり」

「……いや、別に……」


 ……それよりも、こいつらはなぜここにいるんだ?

 首を捻れば答えが返ってくる。


「……おまえがダイスに言ったんだろ? 次に店に来たときは、良い茶でもてなしてやると伝えてくれって。で、俺が行くって言ったら二人が勝手にきたんだよ」


 ああ、成る程。 それは確かに言ったな。


「いきなりお邪魔してすみません」

「いや、別に構わん」


 私がそう言ったのが意外だったらしい。三人とも目を丸くしている。 ……なぜだ。勝手に来ておいて。


「……お二人にも病室では迷惑をかけた。詫びにもならないだろうが、茶の一杯でよければ飲んでいってくれ」


 それだけ伝えると、奥の部屋に準備に向かう。

 ああは言ったものの、揃いのカップがないな……まぁ、バラバラでも良いか。あ、それよりも椅子だな。


 取り合えず座れるようにと思い、椅子を二脚もって店に戻ると、早々に男目当ての女たちが押し寄せていた。

 貴様らどこから嗅ぎ付けてきたんだ。速いな。

 男が落盤事故に捲き込まれたことを知っている者も知らない者も、久しぶりに彼に会えたものだから興奮しているらしい。何か鬼気迫るものを感じる。

 これはしばらくどうにもならないなと思い、赤毛と優男には店の隅っこに座って待っていてもらうことにした。




「……あれだけ女が群がると、トマトちゃんも大変だろ?」


 午後になって女たちがひけると、店の中は随分と静かになった。やっとこ作業台の上にカップを並べ、茶を注いでいく。

 しかしこの赤毛、ごく自然にトマトなどと呼んでくれるが、私のアダ名なのだろうか。酷いセンスだ。


「まぁ、こう見えてクロムは一途だから、安心してくださいね、トマトさん」


 こっちの優男はわざとだな。人が嫌がるのを見て楽しむ人種と見た。鬼畜め。



「……俺、疲れた……」


 今日に限ってこの男を労ってやっても良いと思う。確かに頑張った。あの女たちの興味を上手いこと逸らした上で薬膳茶を売れるだけ売ったのだ。お陰で私の財布はこれまでに類を見ない重さになった。ああ、頬擦りしたいくらいだ。


 そう思っていると、男の顔がいきなり私の方を向いた。


「……おまえ、今褒めてやっても良いと思ったろ」

「…………。……思ってない」

「思ったはずだ、いや、俺は今褒められたい、褒めてくれ!」


 何だいきなり。どうしたんだいったい。いつもはそんなこと言わないだろうが。

 そう思って睨み付ければ、男もしっかりとこちらの目を見てくる。やばい、この男本気だ。




「…………………………感謝する、お疲れさま。……よく頑張ってくれた」


 負けた。にらみ合いの末、私は負けたのだ。


「……それだけか?」


 他にどうしろと。


「頭撫でてくれたりハグしてくれたり、ちゅーのひとつもあって良いはずだ!」

「黙れ痴漢」


 冗談とはいえ、人前で何を言ってくれとるんだこの男は。


「……おまえらさぁ……」

「何だかなぁ……」


 赤毛と優男が変な目でこちらを見てくる。なんなんだ。

 いたたまれなくなって目をそらしてしまう。なんなんだ!


「まぁ良いや、それよりも、だ。乾杯しようぜ」


 赤毛が楽しそうに茶の入ったカップを掲げる。

 薬膳茶で乾杯とはどういう意味だ。乾杯とは、ふつう酒で行うものではないのか?


「クロムの退院を祝ってー」


 気づけば私以外の二人もカップを掲げているので、私も慌ててカップを掲げた。


「かんぱーい」

「「乾杯」」

 か、かんぱい……。


 …………、………………。


 なんなんだ、いったい。





 彼らの持ち寄ってくれたお菓子を食べて、私のいれた茶を飲んで、たわいもない話をして。小一時間もすると赤毛と優男は帰っていった。

 優男の方は既婚者であるらしく、奥さんへのお土産だと言って薬膳茶を一つ購入していった。

 まいどあり。


「……悪いな、騒がせて」


 男はそう言いながら頭をかく。


「……いや……楽しい友人たちだな……」


 驚いたような顔をする。……何だ、そんな変な事を言ったか?


「……ありがとう」


 いつもとは少し違う、不思議な声音だった。

 途端に店の中は静かになる。

 ……なんだか気まずい。どうした、いつも人がいなければこのくらいの静けさは当たり前だぞ。


「……落盤に巻き込まれたとき、さ」


 男が静かに話しかけてくる。


「死ぬかもって思ったんだ」

「……」


 声が僅かに震えている。


「もっと慌てるかと思ったけど、結構冷静で」


 ああ、少しだけ分かる。 死ぬことが理解できてしまうと……そしてそれがどうにもならないと悟れるものだと、妙に冷静になるんだ。


「わりと、いや……かなり恐いもんだな」


 ああ。


「死にたくなかった」


  ……ああ。 そう思えるなら良かったじゃないか。生きたいと願えるのは、とてもとても素晴らしいこと。


「病院で目が覚めたときは驚いた……あ、俺生きてるって」


 安心したような顔。


「おまえ、あんな経験いくつもして……覚えてるんだな……」


 けれど、その記憶が私の役に立っただろうか。

 痛い、辛い、悲しい、苦しい。

 覚えているだけだ。 覚えているだけなのに。何の役にもたたないのに、私はそれを、勝手に人を遠ざけるための盾にした。




 いつかの過去世、死に際に。

 確かに願ったのは弟の無事であったが、そこには後悔が渦巻いていたじゃないか。

 彼が私に姉弟以上の気持ちを抱いているのを知りながら、また自身も密かに想いを寄せながら、何も言わず伝えず、優しい姉のふりをした。

 最後の最後に弟が示してくれた好意に、小さくその名前を呼ぶ事しか出来なかった。

 私からは何も言わず、すべて彼のせいにして……ただ目を閉じただけ。

 言葉にするべきだったのではないか。


 他のどの人生よりも幸せだったその過去世に残る、大きな後悔。


 その一言を言えたなら、あんなに悲しくて諦めの混じったような笑顔を、彼にさせることはなかっただろうか。

 それとも、困らせてしまっただろうか。


 


 いつだってどこでだって、誰にだってどんな人にだって、命には死の可能性が付きまとう。


 何度も生きて死んできたのに、私はそんなことも忘れていたのだ。


 今このときも、いつ死ぬか分からないのは私だけではない。


 例えばあの落盤で今は隣にいるこの男が死んでいたら、今の私は何を思っていたのだろう。




 席を立ち、座ったままの男に並ぶ。

 普段は頭上高くにあるその顔が、今は彼が座っているお陰で私の肩の辺りにある。


「そのまま、前を向いていろ」


 そう言って、男の頭に手をのせ、少しだけ撫でた。 座っている彼の、所在なさげに放り出されたその手が、少しだけ震えているのが見える。


「……なんか、くすぐったいな」

「……うるさい」


 先程、褒めてくれと言ったのは貴様ではないか。


 だから褒めてやる。



 よく、死なずにいてくれた。

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