7 魔女話 1
朝、目を覚ます。
夜明け前に服を着替えて、顔を洗って、髪に櫛を通し、朝食を作る。 朝御飯を食べて、片付けて、洗濯物をしてから、育てている薬草の世話をすると、日差し避けに黒いストールを頭から掛けて朝の市場へ。
必要なものを買い、ついでにいくつかの店に注文されていた薬を届ける。
店に帰ると開店準備。掃除をして店を開ける。 店番のかたわら、解れた服を直したり、薬の調合をしたり。
午後にはいると少しだけ店を空けて軽い昼食をとり、乾いた洗濯物を取り込む。
日暮れの前に店を閉めて、夕食の準備。食べ終わったら薬の不足分を作り足して、風呂に入って、着替えて就寝。
たまに午前中だけ店を閉めて、街の外に薬草を採りに行ったり、午後から店を閉めて警備隊の医務室に薬を運んだり、行商に薬の材料を求めたりすることもあるが、大体これが私の日課。
師匠がいなくなってから、いつの間にか四年と数ヶ月の時が流れていた。
「ねぇ、今日はクロムさん来てないの?」
「ああ」
「またぁ? 最近来ないわよね……いつ来るのよ?」
「知らん」
「何よ隠す気!? この間クロムさんとはただの友達だって言ってたじゃない」
「……ああ、そのようなものだ」
正確には『クロムさんに付きまとわないでよ、恋人でもないくせに!』と言われて『確かに恋人ではないな』と言ったのだ。友達だなどとも言った覚えはない。
……最近、若い女と会話をすることが増えた。
「なら教えなさいよ、いつ来るのよ?」
「それは知らん、むこうが暇になったら来るだろう」
ただ、怒らせてしまうことが多い。 この客もなんやかんやと喚いたあげく怒って帰ってしまった。
なぜだ、ここは私の店であって、あの男は何の関係もないはずだ。……まぁ、正確には名義は師匠の店なんだがな。とにかく、あんな風に怒られる筋合いはないぞ。
「ごめんください」
「いらっしゃい」
まただ。 また若い女が来た。この女の顔もあの男が店に居る時に見たことがある。 先程の女のように積極的ではないにしろ、ヤツに熱をあげている女の一人だ。
「今日は……クロムさんは……?」
「来ていない」
どいつもこいつも、なぜあの男がいることを前提にしているのだ。 何度も言うがここは私の店だ。百歩譲って師匠の店だと突っ込まれるのはいいが、断じてヤツの店ではない。
「よかった……」
よかった? 何がだ。
「実は、月のものの痛みがひどくて……何かいい薬はないかしら?」
成る程。それは確かにあの男のいる前ではしにくい話だ。それにこの客、よくよく見れば顔色が非常に悪い。
「今痛むのか?」
「少しだけ……でも明日はもっとひどくなると思うから……」
「分かった、少し掛けて待っていてくれ」
腹を押さえて見せた女を椅子に座らせると、薬をとりに店の奥に入る。幾つかの薬と水をお盆にのせて店に戻ると、どこがどう痛むのかを聞き出し、それに合った薬を渡す。今も少し痛むと言うことなので、この場で一包飲ませると、暫くして効き目があらわれた。
「すごい、こんなに早く効くなんて……どこの薬も全然効かなかったのに。いつも動けなくなってしまうから、仕事も休む事が多かったの……ありがとう、これなら明日も大丈夫そうだわ」
「そうか、ならよかった……」
用法用量を伝えて薬をいくつか渡し、代金を戴く。
「お大事に……くれぐれも無理はするな」
「ありがとう……薬屋さんて、噂と違っていい人ね」
……どういう噂だ。聞いてみたい気もするが、聞きたくない気もする。ただでさえ西第八区の陰気な魔女などと噂されているのだ。きっとろくな噂ではない。
手をふって店を出る彼女を見送りながら、そう思った。
たまに、こういうことがある。 あの男を目当てに来た女が、そのままうちの客になるのだ。この点に関してはあの男に本当に感謝している。
「あら、薬屋さん、今日はあのかっこいいお兄さんは来ていないのかい?」
「来ていない」
「あら、残念だわぁ……おばさんあのお兄さんに会えるの楽しみにしてたのに」
店に入るなり遠慮なしに八百屋の奥さんは声をかけてくる。
何でこうも女は顔のいい男に弱いのだ。あと三十年もすれば、きっとあの男も腹は出るしシワも増えるはず。禿げるかどうかは分からないが……。そうなればどんな男だって皆同じじゃないか。ああ、だから若いうちに存分に愛でておこうと、そういうことか。成る程。
師匠のように年齢不詳で何年経っても外見のかわらない、美の女神に愛されたような男は中々いないものだからな。
「……それは……残念だったな、本人には伝えておく」
「あら、やぁねぇ、おほほほ」
八百屋の奥さんは照れたように笑っている。
実は、あの男はこの奥さんを気に入っている。奥さんはたまに店に来て薬を買っていくのだが、あの男は彼女が来ると他の誰に対してよりも愛想よく振る舞う。
曰く、『あのおばさんは人が良い、おまえの事をよく心配してくれている』のだそうだ。
確かに小さな頃から朝の買い物で顔は会わせているし、たまにオマケもしてくれる。とてもいい人だ。
奥さんの事をあまりにも誉めちぎるので、この男は熟女好きなのかも知れないとすら思えた。そう言えば、初めて出会った頃は、私の年齢を母親と同じくらいだと勘違いしていたと言う話を思い出し、疑惑が確信へと近づいた気がした。
それとなく聞いてみたところ、額に手を当てられ本気で熱を計られた。私が平熱である事を確認した後の、あの男のひきつった笑顔は今でも忘れられない。
「それはそうと、この間、大きな地震があったじゃないか、大丈夫だったかい?」
そう言えばそんなこともあった気がする。
数日前の昼頃、この地域では珍しい大きな地震があった。店の中には椅子と作業台くらいしか置いていないので被害と言えるものはなかったが、作業場が大惨事だった。棚の上に置いてあったものが軒並み下に落ちてしまっていたので、後片付けに追われたものだ。
「……大丈夫だ、そちらは?」
「ああ、うちは全然! ……でも街の外に炭鉱があるじゃないか、あそこが大変だったらしいよ? 落盤があったらしくてね、……街の警備隊の人も救助に駆り出されたんだって」
ああ、成る程。それであの男は最近店に来ないのか。
休みなく働いているとは、軽い見た目に反して仕事熱心な男だ。しかも仕事内容が人命救助とは素晴らしいじゃないか。少し見直した。
「……ところで、今日は何を?」
「ああ、そうそう。実は旦那が腰を痛めてしまってねぇ……湿布薬をもらえるかい?」
「何か重いものでも?」
「そうなんだよ、果物篭持ったときにねぇ……ぎっくり腰だと思うんだけど……ほんと、年には勝てるもんじゃないよ」
「分かった、少し掛けていてくれ」
店の奥に入って湿布薬を持ち出す。 ああ、もう残りが少ないな……また作り足さなくては……
「ご主人に……あまり無理をしないようにと……」
「おや、ありがとう。旦那も、あんたが心配してたって言えば腰なんざすぐに良くなるよ」
そんなもので良くなるならいくらでも言ってやる。
「それじゃありがとうね、またうちの店来ておくれよ! 今は良いトマトが入ってるんだ。あんたの薬にいつも世話になってる分おまけするからさ」
「ありがとう……お大事にと伝えてほしい」
いつも世話になっているのはこちらの方だ。
「あいよ、じゃぁまたね」
そう言って奥さんは店を後にした。
午後になって少し落ち着いたので、昼食をとって洗濯物を取り込む。
外はよく晴れているので洗濯物の乾きも早い。 大通りの方からは子供の声が聞こえてきた。
私自身は子供の頃に誰かと遊んだという記憶はないのだが、過去世で子供の頃に町中を駆け回った記憶ならある。
鈍くさい子供であったものだから、よく転んで泣いたりもした。その時によく手を差しのべてくれた、赤い屋根の家に住む年上の少年のことが好きだったと記憶している。何だか懐かしいような、恥ずかしいような。
今生では体験出来なかった幼少期を、いつかどこかで過ごした記憶があるのだと思うと、何だか不思議な気分になる。
私の記憶ではない私の記憶。
きっと口下手な私が説明しても、誰かに理解してもらうのは難しいだろうが、それは確かに私の記憶だ。




