6 薬屋 7
「少し、話を聞いてほしい」
俺が店に入るなり、彼女はそう言った。
あれから半年程。
この店から遠ざかると思いきや、俺は益々この店に来るようになっていた。もう最近では夜勤の前だってこの店にいる。
ちなみに今日もそうだ。数時間後には仕事がある。
約半年前、告白ついでにとった俺の迂闊な行動のお陰で、最初は近づくことすら許されなかった。
最初は店の端っこ、ドアのすぐ近く。しかも入り口のドアを開けっぱなしにすることを条件に店にいれてもらえた。
それが段々近づいて、今日は彼女のすぐ近く。
これはもしかして、もしかするのではないだろうか。告白から半年、とうとう返事がもらえちゃうのではないだろうか。
ドキドキする……いや、でもほんと嫌悪感を感じられたことも最近では無いし、これはいけるんじゃないか!? 最近は言葉遣いに遠慮もなくなってきたし……まぁ、何度自己紹介しても俺のことを貴様としか呼ばなくなってしまったのはちょっと引っ掛かるけど。
期待に胸膨らませて彼女の言葉を待つが、その口から出てきたのは予想もしない言葉だった。
「私には前世の記憶がある」
――真剣――
面食らわなかったと言えば嘘になる。が、彼女は真面目な顔で、真剣に言っている。嘘をついているわけではないらしい。
「……とりあえず話を聞こう」
俺がそう言うと、彼女は話はじめた。
「信じる信じないは自由だ。鼻で笑ってくれても構わない。途中で席を立ってくれてもいい。それを私は止めやしない。むしろ当然と受け入れるだろう」
そう前置きをして。
彼女が覚えている前世の記憶は五つ。それよりも前はいまいちハッキリしないらしい。
まず魔女狩りにあったという、覚えている中で一番古い記憶。
淡々と語る彼女は本当にその身に起きた出来事を口にした。微かに伝わってくるのは恐怖心。別に何をしたわけでもないのに酷い仕打ちを受けたのだから、恐がっても仕方ないだろう。それがどんなに遠い過去の事でも。
次に彼女が話したのは難病にかかり、炎の中で亡くなった少女の記憶。
そこから伝わってきたのは、母親に裏切られたと感じた悲しみや寂しさというものだった。わずか十年しか生きられなかったらしい。炎に体を焼かれたわけではなく、煙を吸って亡くなったようだ。
それから、顔にアザのある貴族の女の記憶。
全てをアザのせいにした女の末路は寂しいものだった。屋敷の中でヒソヒソと使用人に噂をたてられ、妹に先立たれ、結婚をするも夫に愛されることはなかったと。そんな自身に情けなさを感じながら、彼女は語る。
それまではあまり良い感情を出さなかった彼女が、初めて少しの安堵感をもって話したのが騎士の家に双子の姉として生まれたときの記憶。
一番長く生きたときの話だったと言うのもあり、少し話も長かった。双子の姉の話を語る彼女から伝わってきたのは、少しの幸福と充足感。人の命を願って死んだと言う彼女の声は、とても優しいものだった。
けれど、次の話でその声はとても厳しいものに変わる。
売春宿で育ち、そこで働いた女の話。
はっきりとした嫌悪感は、前世の彼女自身に向けられていた。売春をしていたことをどうこう思うのではなく、純粋にその女の事を嫌っているかのような強い嫌悪感。
前世の自分に対してそんな風に思わなくて良いのにと思う。
どの記憶においても、彼女は若くして亡くなっていた。大体が二十前後。
「長い話をしたな……覚えているのはこのくらいだ。これが私の持つ前世の記憶の話だ」
彼女がこんなに喋るのは本当に珍しい。少し疲れているように見える。
――諦念――
何を諦めているのか、何となくわかる。
どうせ、こんな変な話しちゃったから俺がもうこの店に来ることはないだろうなぁ、ひいては俺の買ってくるケーキも食べられなくなるんだなぁ……とか考えてるんだ。と言うか、たぶんそれが目的なんだろうな。
俺を突き放したいんだと思う。
普通ならこんな話は信じないだろうし……
俺に彼女自身を気味悪がらせて、この店に近づかないようにさせ、あの告白はうやむやにしよう……そんな風に考えてるんだろ?
確かに普通なら、そんな話を真面目な顔でする女は気味が悪いと、距離を置こうとするかもしれない。
でも残念。俺はちょっと普通じゃないんだよ。
これでお兄さんが引き下がると思ったら大間違いだ。
「つまりはあれだ、前世で幸福になれなかったおまえは、今生では是非とも俺に幸せにしてほしいとそういう」
「貴様いい加減にしろ」
突っ込みが速いな。まだ全部言い切ってないのに。
――唖然――困惑――
そわそわしながら、彼女は腕をさする。
別に困らせたい訳じゃないんだけどな……
「何を考えてるんだ、ってか」
そんな顔してる。……いや顔は髪の毛のせいで見えないけど、ほら、雰囲気な。
――恐怖――
「怖がんなよ」
何が怖いんだよ…… どうせまた頭の中で勝手に考えて、ネガティブなことに思い至ったんだろうな。その想像力に脱帽。別に危害なんて加えないのに。
怖がるなよ、お前の目の前にいるのは、いつもと変わらないただの俺なんだ。
そう思って、伝えたくて。
一歩踏み出せば彼女は一歩下がってしまう。
距離が縮まらないなぁ……
「今度は俺の話を聞いてくれ」
少しでも近づきたい。
「名前はおまえの知る通りクロム・ルーザー。街の警備隊に所属する、若干濃いがイケメンと定評のあるお兄さんで、好きなものは朝のコーヒーとおまえだ」
いついかなる時も愛してるよアピールは忘れない。
「元々別の街の警備隊に務めていたんだが、三年前にこの街に配属になった。新しく来た街で、先輩や市民に良いところを見せようと飲み屋で暴れるゴロツキを取り押さえた時に突き飛ばされて、頭に結構な傷を作ったことがある……その時に警備隊の医務室でもらった傷薬こそが、おまえの作ったものだ。」
あの怪我があったからこそ出会えたと思えば、あの時のゴロツキに感謝したい。
「とてもよく効いてな……俺はよく傷を作るから、自分用に買おうと思って医務室のじいさんに売っている店を聞いたんだ……そしたら、おまえにたどり着いたわけだ。薬屋には黒髪の陰気な魔女がいると噂で聞いていたが、話せばなかなか面白い」
――不服――
あれ、拗ねた。何に拗ねたんだ?
……もしかして、ちまたで魔女と呼ばれていること知らなかったのか? 余計なこと言っちまったな。
まぁそう言われてしまう一番の原因は、あの愛想笑いだろうから、やっぱりやめた方がいいと後で教えてやろう。髪の隙間から少し見える分、恐怖感をあおるんだ、あの愛想笑いは。
服ももう少し明るい色の方がいい。黒も似合うけれど、魔女と呼ばれたくないなら。髪型は……こだわりがあるなら仕方がないけれど……変えた方がいいと思う。
「思ったことが顔にすぐ出るから分かりやすいし、女特有の狡猾さが無いようで実に俺好みだ」
――疑問――
『そんなに顔に出てるか?』ってか。顔に……って言うか、分かりやすいよ。疑問に思うことがあればすぐに首をかしげるし、困ったら腕をさする癖がある。さっきは不服に思って口を尖らせていたじゃないか。
ほら今もその癖が出てる。首をかしげて思いっきり腕をさすっている。……本当に無意識なんだろうなぁ。
「出てる出てる」
――否定――困惑――
顔だけじゃなくて、行動にも考えてることが出ているので分かりやすい。
「いや出てるって」
――否定――疑問――
そろそろバレるかな。俺には人の感情や気持ちが分かるんだって。バレたら嫌われるかな。彼女の打ち明けてくれた秘密と違った意味で、俺のは気持ち悪がられて当然のことだ。
……誤魔化せるかな。
……いや、それは公平じゃないよな……俺だけが彼女の秘密を知っているのは。
ごめんな。
少し意識を研ぎ澄ませて彼女の考えている事を覗き込む。勝手にネガティブに考え込んで変に自己完結されると困るんだよ。ちゃんと話したいんだ。本当は声に出してくれるといいんだけど、彼女はそうしてくれないから。
最初はただのペテン師だと思われた。
よくよく考え込むやつだとは思ってたが、結構面白い思考回路をしている。
しかしアレだ。 師匠ちょっとどうした。俺の調べでは、十股かけた女の中に貴族の女がいて、揉めたあげくこの街に居られなくなったってことだったんだが、借金まであるのかよ。全部弟子に投げて失踪って無責任すぎるぞ師匠。
「貴様、いったい何者だ?」
うん、ここまでくるとそう思うよな。とりあえずお約束のアレやっとくか。
「だからさっき言ったろう? クロム・ルー」
「違う、名前じゃない」
――恐怖――
ま、怖いよな。それが普通なんだ。だから言わずに過ごしてきたんじゃないか。
……でも、一緒に居たいなら、たぶん隠すのは卑怯なんだ。特に、彼女が秘密を話してくれた今。 もし言えるとしたら、今しかない。
男なんだ、覚悟を決めろ。
「……人の考えていることが分かる、と言ったらお前は信じるか?」
「……にわかには信じがたいな」
――ただ、信じないという選択が私には出来ない――
……すごいよ、おまえ。 何か、ちょっと感動する……あれ。また変なこと考えはじめた…………ガッテムって。
「っっっはははは! おまえ、やっぱり面白いな! そういうとこ、すっげぇ好きだ」
ちょっと真剣にすごいと思うぞ、その思考。 たまに会話してると面白いこと言う時があるとは思っていたけど、ド天然じゃないか。
「もっとしゃべればいいんだ……そうすれば陰気な魔女なんて言われなくなるぞ?」
「うるさい……それよりその、なんだ……」
――貴様の話だ――
あ、またなんか色々考えてる。
「ごちゃごちゃ考えんなよ……考えが分かるっつっても普通にしてりゃ相手の喜怒哀楽が分かる程度だし、集中して考えを読もうと思わない限り詳しいことまではわかんねぇよ」
――ならこの男は今私の考えを集中して読もうとしてるのか? 変態か?――
ちょっと待って、それは酷い。
「いや、そこは好意的に受けとれ。俺はお前の事をちゃんと知りたいから、こうして集中してるんだ」
――ヤバい。こいつあれだ。師匠が『いや、僕はそういうのもちろん、やったことないんだけど』と前置きして言ってたやつだ。なんだっけか……確か家の周りをしょっちゅううろついては家主の様子を窺い、勤務先に現れては姿を盗み見て、挙げ句家の前までやって来てハァハァしながら下半身を露――
「おまえの師匠どうしたんだ、大丈夫か? 逃げた理由借金だけじゃないよな、きっと」
十股どころの話じゃねぇ、犯罪の臭いがするぞ。そんな変態のくせによく十股なんて出来たな……変態だからか?
「……まぁ、あれだ、お前の師匠の事はもういい。藪蛇っぽいしな……話を最初に戻そう」
そう言って一歩近づけば彼女も一歩後ずさる。 ふふん、もう後ろは壁だ。
「俺はお前が好きだ」
「それはどうもありがとう」
「付き合おう」
「遠慮しよう」
「すんなよ……」
何の遠慮だよ、遠慮なんかするな。
嫌ならいつもみたいに容赦無い言葉で断ってくれ、期待してしまうから。
本気で話すおまえの話を信じないなんて、出来ると思うか。
遠ざけようなんて思わないでくれ。
いつだって会いたいし傍に居たい。
薬も大事だけどそれ以上に共有する時間が大事なんだ。 話がしたいし喜んでほしい。
他の誰かじゃないんだ。
甘いものが大好きで、口数は少ないけど分かりやすくて、知識があるお陰で薬の説明し出すと止まらない時があって、客の連れてる子供にビクつかれると傷ついて、でも精一杯嫌われないように作り笑いを浮かべれば今度は泣かれて傷ついて、慰めてやれば何でもないふりして照れたりして、お客さんの為を思って儲けの出ないような金額で薬を売ってる、もっとあるけど、多すぎて挙げきれないや。
離れたくないよ。
だから俺も話そうと思った。誰にも言ったことのない話。普通なら気持ち悪いと、信じられないけれど近づきたくないと、思われても仕方ない……でも俺だけ隠し事があるのは公平じゃないと思うから。
勝手にどっかで幸せになれなんて、思わないでくれ。
「わかってないな、おまえ」
――そんな顔で笑うな――
いつもみたいに笑えないや。
――その顔を私に見せるな――
ごめん。
――出てけ――
「やだよ。言ったろう? 俺には人の考えが分かるんだ」
今回に限りだ、こんなことするのは。もう二度としないと誓うから。
「おまえがいいんだよ、他のやつじゃダメだ。いつだって誰かを妬んだり、悲劇ぶって悲しんだり……顔と中身が全然違う。気持ち悪いんだ、そういうの。考えてることが分かるから、その通りに動いてやったら調子乗るし」
――何をしてやったんだ。ハレンチめ――
…………はは、今の状況でそれ思うのか。
「おまえこそ、何想像してんだ、ハレンチめ」
面白いよ、本当に。
――ええい読むでない、私の考えを読むんじゃない!――
「無理、てかおまえさっきから喋ってくんないじゃん……だから読むしかないの」
『信じがたい』とか言って信じてくれるんだ、ちゃんと。 怒るけど、気持ち悪いと思ったりはしないのか?
――キーーーーー! かえれ!――
「嫌……て言いたいけど、今日は夜勤だから、そろそろ行かなきゃいけねんだわ。名残惜しいけどまた来るぜハニー」
――堕ちてしまえ――
「どこにだよ。じゃなー」
店を出ると一気に疲れた。集中し過ぎた、頭いたい。やばいな……これから仕事なのに、いけるか俺。いや、行くんだ俺! 遅刻して減給されたらたまったもんじゃないしな。 本当はもう少し話したかったけど限界。いろんな意味で。
何に驚いたかって、俺が人の考えを読めると打ち明けて以降、俺のことを気味悪がったりしなかったこと。どちらかと言えば、俺がを彼女気味悪がらないことを不思議に思い、俺の心配までしてくれた。俺の言うことを信じて、自分に置き換えて、こちらの気持ちを考えてくれた。
そんなおまえを気味悪がるなんて、俺に出来るわけがない。
それがどれだけ嬉しいか、きっと彼女には分からないんだろうなぁ……
でも、そうか……前世持ちなのか……彼女は知らないかもしれないけど、いるらしい。そのほとんどが妄言だけれど、たまに彼女みたいな本物が。……まぁ五つも前まで遡って覚えてるなんてのはいないだろうけど。
たまに出る妙な威圧感てのは、それが原因なのかな。
…………あ、言おうと思ってたのに、愛想笑いのこと言うの忘れてた。 ま、いいか。また今度で。
遅刻して減給されたら、彼女の好きな甘いものが買えなくなる。あと俺の薬も買えなくなる。
また会いに来よう、彼女に。
そう言えば南第五区に珍しい外国の甘味を売る店が出来たってロディが言ってたな……
今度買って、彼女に会いに来よう。
そのとき言うんだ。
その愛想笑いはどうかと思う、って。




