6 薬屋 6
過去にも、恋人と呼べる人はいた。
俺はその人の事を好きだと思っていたし、大切にしていたつもり。大きなケンカをしたことはなかったし、相手の意思はわりと尊重してきたつもり。ただ、あまり長続きはしなかった。
好きだと言ってくるのは相手で、別れのきっかけを切り出してくるのも、いつも相手の方。
『なんか思い通りになりすぎてつまらないのよね』
ずいぶん振り回されてポイされたもんだ。
『ごめん……お金、貸してくれないかな……』
一等地の家一軒どころじゃすまない借金なんてどうやって作ったんだよ。そんな金はないと言えばあっさりポイ。
『ごめんなさい実は私……結婚してるの』
しかも子供が二人もいるのよ。 そろそろ夫にバレそうだからとこれまたポイ。
過去は過去として、心の片隅に置いておこう。って言うか三人目の彼女には何で気付けなかったんだ俺。 人の考えっていうのは、こういうのに気づくために読めるんじゃないのか!?
……まぁ、過去の事はこの際どうでもいい。今だ、大事なのは今なんだよ。
「なぜ……その名を、私の名前を知っている……いや、医務室の先生か」
――驚愕――困惑――懐古――納得――
あれ? 反応するとこそこ?
「うん、ずいぶん前にじいさんに聞いた……何で分かったんだ?」
「それ以外に私の名前を知る人間はいないはずだ」
うん確かに。自己紹介されたことない。
「マジでか、それはそれですごいな」
「……忘れろ」
――恐怖――
なんだ? 何か怖がってる……名前を呼ばれるのが嫌いなのか? よく分からないが……
そう言えば医務室のじいさんもいつも『嬢ちゃん』としか呼ばないしな……
「名前を? 何で?」
「何でもだ」
――懇願――
「うん、分かった。そう言うなら忘れる」
お願いならば仕方がない。……あ、こういうところが『思い通りになりすぎてつまらない』なのか。
「……」
――感謝――
……よくわからないけれど、彼女にとっては大切なことらしい。
で、だ。
「それよりもさ」
「?」
「俺、今告白したんだけど」
「……は?」
「あなたのことが好きですよーって、言ったんだけど」
「…………」
「それに対してのコメントは?」
「はぁ!?」
――驚愕――
いや、こっちが驚くわ。あんなにドストレートに決めたのに伝わってなかったとか。何か恥ずかしい。
「な、な、な?!」
――混乱――
「あ、ちなみに『人として』とかじゃなく、異性としてな。や、人としてももちろん好きだけど、女性として好きだから」
ここまで混乱されるのも新鮮だ、面白いな。
「何を言っているんだ」
「何って、だから」
「いや、待てもういい、いや、良くない、いや……」
うん、こんなに取り乱されると思わなかった。どうしよう。 混乱しすぎて整理できてないみたいだな。
「まぁ、ちょっと落ち着け……少し整理しよう」
「へ?」
「まず、俺、おまえ好き。こういう場合、選択肢としては三つある。」
彼女の顔の前に指を一本立てる。
「その一、俺の事が好きなので付き合う。もしくは自分の意思どうこうは関係なく、流れに流され俺と付き合う」
前者は多分無い。彼女の反応かから考えて。あるとしたら後者だけど、それはそれで傷つくな……
二本目の指を立てる。
「その二、好きとか言われても困る上に俺に嫌悪感を抱いているのでこの告白は断る」
これは普通に傷付く。いや、いっそ清々しいか。
三本目の指を立てる。
「その三、判断に迷うので少し時間が欲しい。嫌いではないし、もう少し考えさせてくれと思うので、答えは保留にしたい」
「三だ。」
おいおい速いな。
――困惑――
「つまり、そこそこ好きってことだな!?」
「…………」
あれ、返事がない。どうした。
――疑惑――
あ、嫌な予感。
「から」
「『からかってるのか?』……とか聞いたら怒るぞ。真剣に言ってるんだ」
「……」
セーフ、間に合った。こっちもガチで言ってんだ、冗談にされちゃたまったもんじゃねぇ。
もう一度黙りこんで彼女は今度こそ考えている。
「やはり、三だ……嫌悪感を感じたことはない、が、流れに流される気もない。悪いが……」
「了解、きちんと考えてくれて嬉しいよ」
彼女のこういう真摯な所が好きだ。 何でも真面目に考えて、少し考え過ぎてしまうところもあるけれど。
「……」
「あんまり考えすぎるな、別に困らせたい訳じゃないんだ」
だたちゃんと、人に好かれていることを自覚して欲しいだけ。 ついでに俺のことを意識してくれると、なお良い。……でもまぁ、このまま引き下がるのも少し悔しいな。
「別にすぐに答えろとかは言わない。俺がおまえを好きだってこと、ちゃんと知っていて欲しいだけなんだ」
「……」
黙り込んだ彼女の顔を隠す長い黒髪を、一房掬って自分の手に絡める。
少しひらけた視界に目を細めながらも、じっとこちらを見ている彼女。嫌がる様子も見せないので暫くはその髪に触れていた。長くて綺麗な髪だな……
「……良い匂いがする」
「……」
――羞恥――
そのまま掬った髪に軽く口付けると、耳どころか首まで真っ赤になった。 うんうん、この反応はやっぱり脈がない訳じゃない気がする。
――羞恥――
――憤怒――
「……っ」
あ、ヤバイやり過ぎた。
――憤怒――憤怒――
「き……」
ほんきだ、本気で怒ってる。 調子乗りすぎた!
――憤怒――憤怒――憤怒――
「貴っっっっ様ぁぁぁ!!!」
そのあとは大変だった。
店の中には投げられるものなんて無いから、まず椅子を投げつけられて、店の奥に逃げたかと思えば両手一杯に小物を持って帰ってきた。
置物、人形、小匙、大匙、すり棒、まな板、あめ玉、蜥蜴や蛙の干物、ネズミの尻尾、名前の分からない昆虫の死骸、棘のある変な植物ちょっと待てこれは本気で危ない。
「わ、悪かった勝手なことしたのは謝るから危ないもの投げるなって!」
「出てけ!!」
――混乱――
「はいはい分かった今日は帰る、帰るから!」
「どっか行け!」
――混乱――
「どっかってどこだよ?!」
「っっっ帰れ!」
――大混乱――
「じゃーな、また来るからな!」
言い残して店を出る。扉に何かぶつかった気がしないでもないが気にしない。
それにしてもあんなに大きな声が出せるとは思わなかった。元気があってよろしいことだ。ああやっていつも声を出して、思うままに動けば良いのに。考えすぎて黙り込むよりずっと良い。……ちょっと口は悪いけど。
まぁ何にせよ、かなり怒らせてしまった。 次会いに来るときは彼女の機嫌が少しでも良くなるようにケーキを買ってこよう。
彼女の好きな、クリームがたくさんのったやつ。




