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魔女話  作者: ゆきむら
余談
16/45

6 薬屋 5

 彼女について新しく分かったことがある。


 その一つが薬膳茶。 茶葉に薬草ハーブや煎った木の実を混ぜて作っているらしい。彼女の数少ない趣味なのだと言うが、これが美味い。売れば良いのにと思うくらいに美味い。


 あと、口数に反して面白いほど感情がコロコロと動く。 何事も深読みするというか、考え過ぎるというか。ポジティブからネガティブへの切り替えが異常に速いんだ。話すときは俺が喋ってばかりで、彼女はあまり口をきいてくれない。ともすれば俺が一人言を喋っているように見えるだろう。ふん、俺はめげない。


 それと、甘いものが好きみたいだ。 この間、街で美味いと評判のケーキ屋のケーキを差し入れた時は異様な食いつきっぷりだった。俺の顔なんて一瞬見ただけで、あとはずっとケーキの方に意識が集中してそわそわしていた。お兄さんちょっと寂しかったよ。まぁ、嬉しそうだったから、また買ってみようと思う。



 それから、実は可愛いものが好きだとか、素直だけど少し……と言うかとても口が悪いとか。

 髪の毛を伸ばしているのは恥ずかしがり屋だからだとか、困ると自分の腕をさする癖があるとか、花を渡せば次に会うまでにその花を使って薬膳茶を作ってしまう程度に鈍感だったりとか…… まだまだ他にもたくさんある。





 彼女がこの店で事件にあってから一年半程。


 最初は、じいさんに様子を見に行ってくれと言われていたのもあり、様子を見に行って、怪我の具合を聞いて少し会話をして、場合によっては薬を買って帰るだけだった。

 けれどたまたま甘いものの差し入れをしたときに、面白いほど嬉しそうな反応を見せたものだから、面白くなって差し入れ持って来続け、今に至る。

 最近は非番の度にこの店に来てるな。


 何だろう。ちょっとだけあの感覚に近い。 

 近所で捨てられていた仔犬にエサをやる感覚。 最初は怯えて近づいて来ないのに、めげずに世話をしているうちにだんだん慣れてきて、ついに俺の手からエサを食べてくれたぜ! ……みたいな。

 昔拾った仔犬は、俺と母ちゃんと姉ちゃんにはなついてたのに、父ちゃんには全然なつかなくて……俺が家を出るまで結局父ちゃんにだけなつかなかったけど、元気にしてるかな……ポチ。

 や、犬と一緒にするとか失礼なのは分かってる。モノの例えだ。




「や、今日はクッキー買ってきたぞ!」

「……気遣いはありがたいが……」

 もごもごと口ごもる彼女。 口では何て言おうと、彼女は喜んでいる。 頭のなかに響く感情は喜び一色。

 彼女の考えを言葉にするならば、


 わーい、お菓子がきた!


 だろう。 違う。来たのはお兄さんであってお菓子じゃない。


 とりあえず、勝手に店の隅にある椅子を彼女の傍に置いて座ると、持ってきたクッキーの箱を作業台の上に置いた。

 そわそわしながら、彼女は店の奥にある自宅兼作業場へと姿を消す。きっと彼女は自宅で手製の薬膳茶を淹れて持ってきてくれるはず。 大体これが最近のパターン。


 俺が椅子に座って彼女を待っていると、店のドアが開かれた。


「いらっしゃい」

「すみません、風邪薬をいただけるかしら……」

「風邪薬ね、ちょっと待ってな」


 自分が座っていた椅子を客に差し出して座るように促してから、扉の奥にいる彼女に声をかける。風邪薬を欲していることを彼女に伝えると、お盆にいくつかの包み紙と小瓶をのせて戻ってきた。


「咳による喉の痛み、鼻水、頭痛などの症状はあるか? 大人なら粉薬、子供なら飲み薬の方が良いだろう」

「えっと……頭も痛いと言っていたわ……うちの子供なのだけれど」


 ――心配――


 客といくつか話をして、その症状に合った薬を渡す。


 この店の薬はよく効くと評判だ。 彼女が薬の準備をしている間に客と話をしてみれば、わりと遠い地区から来る人も少なくないらしい。少し不気味な黒魔女の薬屋として、隣街でも名を知られつつあるのだとか。


「ありがとう、いつもお世話になるわね」

「いや、お大事に」


 ――愛想――


 いつものひきつった愛想笑い。髪の毛の隙間から見える分、余計に不気味に見える。 客の顔が一瞬ひきつっていたのを、俺は見逃さない。

  ……教えてやるべきだろうか、その愛想笑いちょっとアレだからやめた方がいいと。

 腕は確かなので客足も落ちることはないだろうが、余韻の問題だ。 なぜもっと自然に笑えないのだろう。やれば出来るのに……


 彼女は先程渡さなかった分の薬を持って扉の奥に戻り、しばらくして今度はお茶のポットとカップを二つ、お盆にのせて戻ってきた。それを作業台の上に置いて、カップに茶を注ぎ、差し出してくれる。 うん、良い香りだ。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 クッキーの箱を開けて彼女の方に差し出すと、そわそわし始める。……が、手は出さない。彼女はいつも、俺が一口食べてから自分もそれを口にするのだ。

 それが面白くて一度、持ってきた菓子に手をつけずに用意してもらったお茶だけ飲みながら喋り通したことがある。


 アレだ。大好物を目の前にして『待て』の躾をされている犬。

 可愛そうになって途中で菓子を一口食べると、物凄く嬉しそうにしていた。髪のお陰で顔が見えない代わりに、彼女の後ろに尻尾が見えたのは気のせいではないだろう。



 持ってきた菓子を一つ口に入れて、彼女の方に差し出す。遠慮がちにしながらも嬉しそうに一つ手に取る姿が妙に可愛らしい。

 ほんともう誰だ、こんな可愛い子に対して『母ちゃんと同じくらいの年かと』とか失礼なこと思っていたのは。

 俺だ。


「美味いか?」


 ――美味――幸福――


 コクリと頷く。

 一見すると何も変わらない彼女だが、実は長い髪の隙間から少しだけ見えている耳が赤くなっている。嬉しい時や恥ずかしいときは大体こうなる。 ちなみに悲しい時は、これまた髪の隙間から見えている口元の口角が下がる。あと拗ねた時は普通に口が尖る。長い髪の毛のせいでよく見えないだけで、わりと表情も豊かなのだ。

 これはここ一年半で分かったこと……と言うよりも分かるようになったこと、だな。




「……最近」

 珍しく、彼女から口を開いた。いつも喋りかけるのは俺なのに。今日は帰りに雨が降るかもしれない。


「……最近よくここに来るが……あまり無理しないでくれ」


 ……? よくわからん。

 何がどうなって彼女の中でその言葉を口にする結論に至ったんだ?

 ちなみにここ最近どころか、この一年半はずっと非番の日に店に来てるぞ。


「その、あれ以来、危険な人間が店に来ることもないし……」


 ああ、そう言うことか。俺が気を使ってこの店に来続けているのではないかと考えた訳だ。


「俺がこの店に来るのは迷惑か?」

「……いや、そうではなくて」


 ――否定――


 強く頭の中に響く。良かった……これを肯定されたら立ち直れないところだったぜ。


「なら良いじゃないか、好きで来てるんだし」

「……しかしだな……」


 ――躊躇――困惑――


 ん? 何やら彼女を困らせたらしい。少し口ごもって、腕をさすりながら、けれど彼女は決意を固めて言った。


「最近、客によく聞かれる……『男の店員さんは今日はいないの』とか『彼氏さんは来てないの』とか『旦那さんはお留守ですか』……とか」


 ――羞恥――


 言い終われば髪の隙間から覗く耳が真っ赤になっている。

 なんだ、そんなことか。


「なんだ、嫌なのか? それ」

「は? ……いや、嫌とかではなくてだな、迷惑がかかるだろう?」


 ――困惑――心痛――


 あ、困ってる。ついでに心苦しくも思っているらしい。

『迷惑がかかるだろう』って、俺に? 変な噂がたつと俺が困るんじゃないかって心配してんのか? なんて心配してくれてんだこいつ。


 そんな風に思うな。


 こんだけ俺が頻繁に顔だしてるのに気づかないとか……ある意味すごい。普通、気付かなくてもちょっとは疑ったりするだろ。


 店で事件が起きてからもう一年半も経ってるんだ。どうでもいい女相手ならいくらなんでも非番の度に顔を見に来たりしない。 少しでも喜ばせようと、彼女の好きそうな甘いものを持って、毎度店を訪れたりしない。



「何でだよ迷惑じゃねぇよぅ、だって俺あんたのこと好きだもん」

「……は?」


 彼氏はともかく、旦那に間違われたってのは面白いな。 新婚さんてか、照れるぜ。こんな可愛い奥さんなら歓迎する。



「俺、クロム・ルーザーは、」


 引かれるかな、でも今言っといた方が良い気がする。




「ファータのことが好きだよ」

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