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魔女話  作者: ゆきむら
余談
15/45

6 薬屋 4

「よう」

「……いらっしゃい」


 ――諦念――愛想――


 薬屋の馴染みになって一年程。

 非番の日に必要なものの買い出しに出かけ、ついでに薬屋に寄る。軟膏を買い足そうと思って店の扉を開けば、そこには長い髪で顔を隠した彼女の姿がある。

 彼女が店を訪れる俺を見て落胆しなくなったのは、いつからだったろうか。かわりに何かを諦めながら、ひきつった笑顔を俺に向けて迎えてくれるようになった。


「軟膏か?」

「ああ、いつもの頼むわ」

「分かった。掛けていてくれ」

 もうそれだけで伝わるようになってしまった。……良いんだか悪いんだか。

 今も相変わらず俺は運が悪いし、彼女は陰気な魔女と噂され続けている。


「待たせた、いつもの軟膏だ」

「ありがとう」

 薬を受け取り、代金を払う。

 いつも通り。

 薬臭い店内も、彼女の不気味な愛想笑いも。 何も変わらず、いつも通り彼女に背を向けて店を出た。



 ***



「おい、じいさん居るか!?」

 翌日、朝イチで医務室の扉を叩いた。

「朝っぱらからうるさいのぉ……怪我人がおるんじゃ、静かにせい」


 ――憤怒――


 怒られた。



「わ、わりぃ」

「ふん、嬢ちゃんなら無事じゃ。まだ眠っとる」

「そ、そうか……無事なら良かった……」

 途端に、肩の力が抜けた。


 昨日の午後、西第八区の薬屋で刃物を持った女が暴れ、店番の女が襲われたのだとダイスから聞いたのは、ついさっきのこと。

 事情はよく分からないが、俺が店をあとにしてすぐの出来事だったらしい。 その区域を見回っていた警備隊の人間が騒ぎに気付いて女を取り押さえたが、彼女は怪我を負ったショックのせいか、その場で倒れてこの医務室に運ばれたのだと。


「腕を少し切りつけられた程度じゃ、命がどうこうと言うものではないわい」

「そうか……」

 良かった……いや、良くないか。

「なぁじいさん、少し顔見てっていいか?」

「構わんが……起こすでないぞぃ」

「ああ、ちょっと顔見たら出てくよ」

 そう言って医務室の奥に進むと、カーテンで区切られた区画に青白い顔をした女の子が眠っていた。

 いつも顔を覆っている黒髪は、すべて後ろに流されている。


 俺が薬を買った後に少しでも店に残っていたら、彼女が怪我をすることも無かったのでは……と思わないでもない。けれどそれを言っても仕方がない。仕方がないのだけれど……



「……すまなかった」


 勝手に口が動いていた。自分でも何の謝罪だか分からない。


「……何がだ……」


 ――疑問――



 いつも薬屋で聞くよりも、いくぶん掠れた声。

「…起きたのか?」

「……ここは?」

「警備隊の医務室だ。あんた昨日、俺が店を出た後に変な女に襲われて怪我した……らしい。俺も人づてに聞いた話だから詳しく知らねぇけど、覚えてるか?」

「……ああ、覚えている」

「その場で倒れて、ここに運ばれたんだと」

「……そうか」

 寝台の上で頷くと、彼女は体を起こそうとする。


「おいおい、まだ寝てろって……」

「昨日……と言ったな。すまないが、今の時間を教えてくれないか?」

 妙な威圧感を放ちながら聞いてくる彼女に、まだ朝であることを伝えた。話をしながら体を起こしていた彼女は、腕に痛みを感じたらしく顔をしかめている。

「無理すんなよ、今日はここで休んどけって」

 そう言えば、彼女は首を横に振ってきっぱりと言い切った。

「もう開店時間だ、店に戻る」

「なに言ってんだあんた、昨日の今日だろう? 店は休めよ」


 ――拒否――


 痛いくらいに頭に響く強い否定の感情を俺に向けると、彼女は何も言わずに体を起こして寝台を降りた。そのまま靴を履いて俺の横をすり抜け、カーテンの向こうへ。



 何でだ? 一日くらい大丈夫だろ? 確かに薬屋が閉まっていれば困る人もいるだろうが、襲われて怪我までしたんだぞ。少しくらい休んで良いだろ……


 何でだ、何で……



『こうしている間に、師匠が帰ってくるかもしれない』


 強く知りたいと願い意識を澄ませば、それはとても寂しそうな色を帯びて頭の中に響いた。

 彼女の心中にあるのは、約二年前に失踪したと言われる薬屋の店主のこと。 自分が襲われても、その師匠とやらの事を考えている彼女。

 ……きっとこの二年の間も、ずっと思っていたのだろう。


 今日、薬屋の扉を開けて帰ってくるのではないか。

 明日こそは、帰ってくるかもしれない。


 不安と期待を抱え込んで、最初は待ちわびていた。

 客が来るたびに帰ってきたのではないかと期待し、けれど扉を開けたのが待ち人ではないことを確認して、落胆する。

 何度もそれを経験して、いつからか気持ちは、待ち人はもう帰ってこないのだろうという諦めに変わってしまった。


 そう考えれば、店に行くと必ず落胆されていたことも、最近は何故か諦念を向けられるのも納得できる気がする。



 ――心配――


 カーテンの向こうからじいさんの感情が膨れ上がるのを感じた。彼女がじいさんに、店に戻ると告げたのだろう。

 ……そりゃ心配もするだろ。 ずっと気にかけていた女の子が、刃物を持った人間に襲われて怪我を負った。襲ってきた輩は取り押さえられ捕まったものの、傷も治らないうちに騒動のあった現場に帰りたいと言ってきたのだから。



 いつもの飄々とした雰囲気はどこへやら。本気で焦るじいさんをよそに、彼女からは固い意思が伝わってくる。

 ……こういう場合、止めても無駄だってのは経験的にわかってるんだ。


「なぁじいさん……なんか事情があって帰りたがってるみたいだし、俺が店まで送るからさ……今日は帰してやってくれよ」


 カーテンをすり抜けてじいさんに声をかける。

「おまえさん、何を言っとる」

「傷もそんなに酷くないんだろ? さっき言ってたじゃねぇか」

「確かに言ったが……」

「頼むよ、な?」

 手を合わせて必殺お願いポーズを決めれば、じいさんは考え込んで唸り始めた。


「分かったわい……お前さんの上司にゃワシから言うておく……薬屋まで付き添ってやっとくれ」


 ――諦念――



 結局、じいさんにはひき止める力はない。じいさんの仕事は、治療するまでなのだから。

「わがままを言ってすまない、感謝する」

 彼女はそう言って頭を下げた。


 ――感謝――



「あまり無理するでないぞぃ……あやつが帰ってきたとて、お嬢ちゃんが元気にしとらんと意味がないからの」


 ――心配――



 どうやら、じいさんは彼女が薬屋に戻りたがる理由を知っているらしい。『あやつ』ってのは失踪した店主のことなんだろう。


「ああ、ありがとう」


 いつもの愛想笑いとは違い、ごく自然に。


 彼女は微笑んでみせた。






「私のわがままに付き合わせてしまって……すまない」


 医務室を出るなり、彼女は俺に頭を下げてきた。


 ――謝罪―― 感謝――


 言葉や態度は不遜でも、素直に伝わってくる感謝の気持ち。 いつだったか、じいさんが彼女の事を『素直で真面目』と評したことを思い出す。今日やっと、その意味が分かった。


「いや、とんでもない……いつもの礼だよ。一年程前にこの街来てから、あんたの薬にはお世話になりっぱなしなんだ、ほんと……」


 ――喜悦――  


 俺がそう言うと彼女は俯いてしまった。

 医務室を出る前に、長く伸びた髪の毛顔を覆うよう手櫛で整えていた彼女。お陰でその顔はもう見えない。

 いやおかしいだろ、髪型を整えると顔が見えなくなるとか。この子本当に年頃の女の子なのか?


 まぁ、表情はハッキリとは見えないが、髪の毛の隙間から見える顔が少しだけ赤くなっている。こういう所は普通の女の子だ。


「いや、私の薬など師匠のものに比べれば全然及ばない」

 そう言った彼女から伝わってくるのは、哀愁や懐古と少しの羨望の気持ち。 本当に師匠とやらを慕っているらしい。  

「そうか? 俺はその師匠を知らないからな……俺にとっては、あんたの薬が一番だよ」

 実際、前にいた街も結構栄えた大きな街だったが、こんなに腕のいい薬師は居なかったと思う。

「……それはどうもありがとう、世辞でも嬉しい」

「いや、本当だって。一年前に作った額の傷なんて、あんたの薬のおかげで傷跡も残らず治ったしな」

「……そうか、役に立って何よりだ」


 薬屋までの道中、初めて彼女と交わした雑談は遠慮がちな当たり障りのないものではあった。普段は無愛想な接客しかできなくても、話しかければ答えてくれる。別段他人と話すのが嫌いなわけではないらしい。というよりも、どちらかというと相手に気を使いすぎているように感じる。





「送ってくれてありがとう」


 ――感謝――



 店につくと、彼女はそう言って頭を下げた。

「どういたしまして……あんまり無理するなよ? 暴れたやつも捕まったと聞いたから大丈夫だろうけど……俺らも街の中を見回ってるから、何かあったら店の外に出て大声出すんだ、いいな?」

「ああ、分かった」

 頷く彼女が黒髪の隙間から見せたのは、いつものひきつった愛想笑い。


 なぜだ、じいさんにはちゃんと微笑んでみせたくせに。

 なんかちょっと悔しいぞ。


「ああ、そうだ……少し待っていてくれ」


 そう言うと彼女は店の中に消えていった。

 何だろう?

 気になって店の中を覗き込む。どうやら彼女は店の奥にある扉の中に入ったらしく、店内には誰もいない。

 改めて店の中を見てみれば、薄暗いのは初めて来たときと変わらない。けど、壁に並ぶ処方可能な薬の品書きが少し増えたような気がする。 一番奥にある作業台と椅子、それから隅っこに置いてあるお客さん用の椅子以外は何もない小さな店。

 けれどよくよく見れば埃一つ無い綺麗な店だ。きっと毎日掃除を欠かしてないのだろう。


 ……いいなぁ、俺もあと何年かしたら毎日家の掃除とかしてくれる優しい奥さんがほしい……間違っても母ちゃんみたいな、旦那を尻に敷くタイプじゃない奥さんがいい。ああ、でも父ちゃんが『昔はこんなじゃなかった、美人で気立てのいい町の人気者だった』って言ってたから、結婚すると女って変わるのかな……いや、まぁ、夫婦仲は良かったし、何だかんだで父ちゃんは母ちゃんにベタ惚れだったみたいだから、いいんだけどさ。



「すまない、待たせたな」


 奥から戻ってきた彼女は、小さな紙袋を抱えていた。 それをこちらに差し出して言う。

「これを、医務室の先生に渡してくれないか……いつも気にかけてくれる礼に」

「……わかった」

「中身は湿布薬だ。最近は腰が辛そうだったから……」


確かに最近じいさんは腰が痛いと言ってることが多い。日頃世話になってる礼にと腰を揉んでやったら『これが若いお姉ちゃんじゃったら……』とかぬかしてた。


「ありがとな、じいさん喜ぶよ」

「いや、こちらこそ……先生に礼と、今後とも世話になると……」

「ああ、伝えておくよ」

「あの……あと……その……」


 ――含羞――躊躇――


 なんだなんだ、何が恥ずかしいんだ?  顔はよく見えないが、髪の毛の隙間から見えている耳が赤くなっている。


「……これ」


 彼女が差し出したのは乾燥した葉や木の実の入った小瓶。 なんだこれ。


「……その、疲れを癒す効果のある薬膳茶だ……よければ飲んでくれ」

「これ、あんたが作ったのか?」

「ああ……その、口にあうか分からないが」

「ありがとう、楽しみだ」

「…………こちらこそ、私が帰れるよう口添えしてくれたこと……感謝する」


 ――感謝――


 少し話をしてから店を出ようとすると、彼女は店の外に出てきてくれた。


 見送りをしてくれる彼女に背を向けて歩き出す。

 少し離れてから様子が気になり振り返ると、彼女は店の入り口の前にちょこんと立ってこちらに顔を向けている。


 俺の姿が見えなくなるまで見送ってくれんのかな。


 立っている彼女に向かって大きく手を振ると、キョロキョロ周りを見回してから、こちらに向けて小さく手を振り返してくれた。



 ……やばい、なんか可愛いぞ。

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