6 薬屋 3
名前はファータというらしい。
年の頃は十五、六。ただ、とてもそんなに若くは見えない威圧感を発している。 陰気な魔女の呼び名に相応しく、全身が黒ずくめの格好、顔を覆う長い黒髪のお陰で表情もほとんど見えない。
接客が苦手なようで、端から見れば大変無愛想で言葉遣いも不遜。但し客が帰る際に愛想笑いをする辺り、本人はどうも愛想よく振る舞っているつもりのようだ。
一年ほど前に薬師の師匠が失踪して以来、薬屋の店主代理をしているらしい。
あとついでに、俺が店に入ると必ず落胆する。
その後も、何度か彼女の店を訪れては薬を求めた。
なぜ何度も薬屋に行くのか。
はっきり言おう。俺は運が悪い。 運が悪いお陰で、小さい傷から大きな傷まで結構な頻度で怪我をする。そのたびに医務室や薬にお世話になるわけだ。
現に今も医務室にお世話になっている。 ちなみに今日は昼時に飯を食おうと思って入った店で、ちょっと可愛いなと思った女子店員におもいっきり熱い茶をこぼされ腕に火傷をした。
「おまえさんは本当に運がないのぉ、ふぉふぉふぉ」
――同情――
赤く腫れた俺の腕に薬を塗りながら笑う。その明るい言い方とは裏腹に、じいさんは同情してくれているらしい。
まぁ茶をこぼしたの自体は、故意にやったものではないので仕方がないと思う。けれど、そのあと俺の赤く腫れた腕にすり寄ってきた彼女からは、謝罪の気持ちは伝わってこなかった。とりあえず謝られて、手当てをしたいと言われ、雑談に花が咲き、今度デートしませんかの流れで誘われた。
やんわりお断りすると『そうですか、残念ですぅ』という言葉と、その可愛い笑顔からは想像できないくらいの罵詈雑言的な感情が俺に向けられてきた。
正直そっちの方が俺の心に突き刺さって立ち直れない。火傷より全然痛い、しょんぼりだ……顔が可愛かっただけに。
「そうなの。俺、運が悪いの」
特に女運。
今までの彼女も、表面上は貞淑なクセに裏で浮気したり、俺に隠れて借金してたり、実は人妻だったりしたし。いや、最初のうちは皆上手いこと隠すもんだよな。こっちには好意しか向けてこないし。
俺が真面目な顔で大きく肩を落としていると、じいさんはまたも笑う。
「ふぉふぉふぉ、そう肩を落とすな小僧め。おまえさんがショボくれとると、こちらまで元気がなくなるわい」
ポンポンと肩をたたかれる。くそ、優しさ胸に染みるぜ……
「じいさん……」
コンコン
俺が優しさを噛み締めていると、医務室のドアが叩かれた。
「あいとるよ」
入り口に向けてじいさんが声をかけると、ゆっくりとドアが開く。 そこに立っていたのは……
「……失礼する」
――緊張――
真っ黒なローブに身を包んだ薬屋の姿。 籠を背負っているのが何とも滑稽だ。
「おう嬢ちゃんかい、いつもすまんなぁ」
「いえ、傷薬が不足していると聞いたが……」
「そうなんじゃよ、最近若いのがよく怪我をしてくるでのぉふぉふぉふぉ」
笑いながらじいさんは薬屋を招き入れる。 よく怪我する若いのって俺のことか。別に好んで怪我してるわけじゃないやい。
何となくじいさんと薬屋の方を見ていると、彼女と目があった…ような気がした。
「やあ」
「……」
――心配――
火傷をしていない方の手をあげて笑いかけると、心配しながらも無言で会釈された。
医務室の奥にある机に背負っていた籠を下ろし、そこから瓶や湿布薬を取り出す。俺にはよく分からないが、新しい薬の説明や改良した点などの話をしているらしい。 厳しい顔つきで薬の説明をしている彼女には、やっぱり妙な威圧感がある。
「では、失礼する」
「ああ、いつもすまんね」
「いえ、こちらこそ」
話を終えると、薬屋は空になった籠を背負い、いつもの不気味な愛想笑いを浮かべた。
「のう、嬢ちゃん」
医務室を出て行こうとした薬屋に、じいさんが声をかける。
「……やはりここで働かんかい? 不足が出るたびここに薬を届けるのも面倒くさいじゃろうて…ここは給料もいいし設備もあるでの、住み込みで薬師として働いてくれるとワシもありがたいんだがのぉ」
――心配――
「ありがたいが、店を続けたい」
――感謝――
無愛想な顔でそう言って会釈をすると、薬屋は帰っていった。
「フラれたな、じいさん」
「ああ、このジジイの渋味ある色気が、嬢ちゃんには伝わらなかったようじゃのぉ……ふぉふぉふぉ」
ふざけた返しではあるものの、じいさんは真剣に彼女を心配していた。
「……何回か勧誘してんのか?」
「まぁの。ここ一年勧誘し続けとるがフラれっぱなしじゃ」
「ここ一年ねぇ……」
西第八区の薬屋の店主は、一年程前に店主が失踪したとダイスが言っていたのを思い出す。
それからなんだろうな……この面倒見の良いじいさんが、彼女を気にかけているのは。
俺が少し考えていると、その間にじいさんは火傷した腕に包帯を巻いてくれた。
「まぁ、あの子にはあの子の守りたいものがあるんじゃろうて……おまえさんも薬を買いにあの店に顔を出すなら、ついでに勧誘しといてくれんか」
いつものように冗談めかしながら、じいさんは結構本気で言っていた。
***
それから数日後。
いつものように傷薬を買いに薬屋を訪れると、彼女は椅子に座ってうたた寝をしていた。
珍しい。
いつもは俺が来店すると同時に、不気味な愛想笑いを浮かべながら落胆するのに。
物音をたてないように、ゆっくりと彼女に近づく。面白いくらいに起きる様子がない。
「おーい、薬屋さん」
小さい声で呼んでみるが、起きない。
「おーい……」
少し大きな声を出す。彼女の名前は何だったか……確か……
「ファータ」
「っっっっ師匠!!?」
ガタリと大きな音をたてて、椅子から立ち上がる。
――歓喜――心配――腹立――
彼女から一気に感情が溢れ出した。 まさかそんな反応をするとは思わず、こちらも動揺してしまう。
「あ……」
「な……」
――落胆――
目の前にある俺の顔を見ると、彼女はあからさまに気を落として見せた。
「……すまない……少し……呆けていた」
「いや……その……ああ、傷薬を買いに来たんだが……」
「そうか……少し掛けて待っていてくれ」
そう言って、彼女は店の奥に行ってしまった。
さっきのは何だったんだろう……名前を呼んですぐに飛び起きた彼女。 『師匠』と言っていた。
『一年ほど前に店主が失踪して……結果彼女が店を引き継いでいるけれど、彼女は店主の弟子だった筈だ』
彼女にとって師匠とは、たぶんこの店の失踪した店主のことだ。
『確か十五……六じゃったかの』
落ちつているし、態度は不遜であるものの、彼女はまだ若い。
『あの子にはあの子の守りたいものがあるんじゃろうて……』
喜びと心配と怒りの感情を彼女が向けたのは、きっと俺ではなくて。
『っっっっ師匠!!?』
彼女がそう叫んだ時、顔を覆う長い髪の隙間から見えた表情は、少しだけ泣きそうで……けれど間違いなく笑っていた。




