6 薬屋 2
『6 至』の別視点。魔女の店に来る彼の話です。
ツンと鼻につく薬臭さに一瞬顔をしかめながら、店内を見回す。
処方可能な薬の品書き板を壁にズラリとぶら下げた小さな店は、薄暗さも手伝って少し不気味に見えた。
その一番奥には、腰の高さほどの作業台と、一人掛けの椅子。座っているのは長い黒髪で顔を隠し、黒い服を着た、不自然な笑みを口元に浮かべる妙齢の女。
「いらっしゃい」
――落胆――
腕に包帯を巻いた不気味な女は、入り口に立つ俺を見ると、高くも低くもない声で静かにそう言った。
西第八区の陰気な魔女。
椅子に腰かけている彼女は、街ではそう呼ばれているらしい。
漆黒の髪を長く伸ばし、顔の半分以上を隠している不気味な女。 おまけに着ている服も真っ黒ときた。
そりゃぁ陰気な魔女とも呼ばれるだろう。
「すまない、傷薬が欲しいんだが」
取り合えず欲しいものを伝えると、陰気な魔女は表情を変えずに店の隅にある椅子を指差した。
「そこに座って待つといい」
そう言って彼女は、作業台の奥にある扉の中に消えていく。
この街の警備隊に配属されて数ヶ月。
少し調子にのって街のごろつきを取り押さえようとしたところ、思いっきり頭に怪我をした。
何度思い出しても情けない。 相手の手が読めると思って油断した。いきなり突拍子もない動きされると弱いんだよな……
「血止め、化膿止め、切り傷用、擦り傷用、色々あるがどれにする?」
戻ってきた彼女がいくつかの瓶を作業台の上に置いた。
あー……警備隊の医務室で使ってたのはどれだったか……
「なんか違うのか?」
「傷の具合による……」
……なんか無愛想な女だな。
「あー……ちょっと頭を切っちまって…血はもう止まってんだ」
「……少し見せてみろ」
そう言うと彼女は俺の頭に巻いてある包帯を取り、傷を確認し始めた。 長い髪のおかげで顔はさっぱり見えないが、妙な威圧感を感じる。この威圧感は……あれだ、悪さをしたときに母ちゃんから出てくる『お前なんて事してくれたんだ』オーラに似てる。
「この傷なら、この軟膏だけでいいだろう」
傷の確認を終えたらしい彼女は、包帯を巻き直す。 朝、自分で適当に巻いたのとは違い、随分と綺麗に巻き直してくれたものだと思う。
「明日から包帯は巻かない方がいい。軟膏を塗るだけにしておけ……少しは風にさらさないと傷口が膿むぞ」
さらりと恐ろしいことを言って軟膏の瓶をこちらに差し出すと、ニィィ……と不気味に笑って見せた。
――愛想――
彼女の感情がぼんやりと流れ込んでくる。どうやら今の不気味な笑いは愛想笑いだったらしい。
……バカな。世の中に、こんなにも愛想笑いの下手な女がいるなんて。
「わ、わかった……ありがとうな……」
そう言って金を払うと、さっさと店をあとにした。
医務室のじいさんに良い薬屋だと紹介されたが…なんか変な店主だったな…
それが、その店と彼女に対する第一印象。
***
「すげぇな……お前もうあの傷治ったのか?」
数日前に作った頭の傷が、薄い傷跡を残して治っているのに、同僚たちは驚いている。
「いや、俺もビックリ。元々傷の治りは早い方だと思うんだけど、ここまでっつーのは……」
あからさまにあの軟膏のお陰な気がする。
医務室で治療してもらった時も、やけに早く痛みが引いたりしていた。だからこそ薬の仕入れ先を医務室のじいさんに聞いたんだが……
「やっぱりあの薬が効いたんだな」
「薬?」
「医務室のか?」
「ああ、医務室の薬の仕入れ先をじいさんに聞いて行ってみたんだ。知ってるか?西第八区の薬屋」
――驚愕――
――納得――
同僚の二人から感情が流れてくる。
「クロム、お前魔女の店行ったのか……よく無事で帰ってきたな」
驚愕していたのはロディという同僚。何にでも素直な反応をするので見ていて面白い奴だ。
「おいロディ、妙な言い方をするなよ……」
納得していたのは、こちらも同僚のダイス。二つ年上の彼は面倒見が良く、この街に来てからというもの、よく世話になっている。
「二人ともあの店の事知ってんのか?」
「え、あの店主は有名だろ? 西第八区の陰気な魔女って」
「ロディ……女性に対してなんてこと言うんだ……それに彼女はあの店の店主じゃないよ」
「そうなのか?」
「ああ……一年ほど前に店主が失踪して……結果彼女が店を引き継いでいるけれど、彼女は店主の弟子だった筈だ……弟子とは言っても腕は確かだと評判だよ」
「へぇー」
「ダイスはあの店詳しいのか?」
「いや、まぁ……詳しい訳じゃないんだけど……何年もこの街にいるからな……」
そう言って遠い目をしたダイスからは色々な感情が溢れ出ていた。 うん、聞かない方がいいかもしれない。
「ふーん……で、だ。クロム、どうだったんだ? 薬屋の魔女は!」
「いや、どうって何だよ」
「美人だったかって話だ」
「ロディ、さっき自分で陰気な魔女って言ってなかったか?」
「噂だ、う ・ わ ・ さ! 実物は見たことない」
垂れ流しの感情を読み取るまでもなく、ロディの顔には『好奇心』と書いてある。
噂好きの情報通。厳つい顔して女みたいだなこいつと思わないでもないが、お陰で色々な話を聞けて面白い。
「どう……と言われてもなぁ……」
薄暗くて壁一面に薬の名前が並んだ店内、漆黒の長く伸ばした髪の毛で顔の半分を隠した黒服の女が、不自然な笑みを浮かべて笑う。
顔はよく見えなかったから美醜は分からないが、魔女の名に恥じない出で立ちだったと思う。
取り合えず……
「愛想笑いの下手な女、だったな」
あの不自然な笑顔は、人によってはトラウマものだ。
笑顔と泣き顔は女の武器なのよ……なんて前の彼女に言われたこともあるが、確かにあれは武器になる。
***
「ファータと言うんじゃよ」
額の傷跡を見ながら、医務室のじいさんは言った。
怪我をしてからというもの、このじいさんには何かと世話になっている。西第八区の薬屋を紹介してくれたのも、このじいさんだ。
取り合えず暇ができたので傷の経過報告と、薬屋を紹介してくれた礼を言いに医務室を訪ねた。
薬屋にいた女の話をすると、じいさんは笑いながらその女について話はじめたのだ。
「ファータ?」
「薬屋の嬢ちゃんの名前じゃ。店主ほどではないが、あの嬢ちゃんも中々の薬師じゃて。その額も軟膏を塗り続ければ傷跡も残らんじゃろ」
傷跡も残らないなんて事があるだろうか。それなりに大きな怪我だったんだが。
「口と愛想は悪いが、根は真面目で素直な子じゃ。ちいとばかり胸と尻が足りんがのぉ……」
――残念――
このじいさん本気で残念がってやがる。
「じいさんから見たら娘ぐらいの年だろ? そんな女まで範囲なのかよ……」
「ふぉふぉふぉ、年齢など関係ないわい。女の胸と尻には男の夢と希望が詰まっとるんじゃ!」
――愉快――
ふぉふぉふぉ、じいさんは笑い続けている。 警備隊の女性隊員にはスケベじじいと煙たがられているが、俺は結構このじいさんが好きだ。
「しかしのぉクロム」
笑い終えたじいさんは、俺の額の傷跡をぺチンと叩いた。
「痛っっ……」
「女の年齢をかさ増して言うのはいただけんのぉ。本人に言ったら傷つくわい」
「……え?」
「あの子はワシの娘どころか孫に近い年じゃよ、確か……」
げ、マジでか。
だとすると、俺と同じか少し年上ぐらいか……まぁ、顔ちゃんと見えなかったし。声と雰囲気だけだったから、少し老けて感じたんだ。妙に落ち着いてたし、若い女特有の感情の起伏もほぼ無かったし……それになんか、威圧感みたいなものを纏ってる感じするじゃん、彼女。あれはふつう若い女には出せないって、うん。
誰に向かってでもなく、心の中で言い訳をする。
すんません薬屋のおねーさん、正直母ちゃんと同じくらいの年齢か、それより少し下くらいだと思ってました。
「十五……六じゃったかの」
……なんてこった、俺より五つも年下じゃねぇか。




