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魔女話  作者: ゆきむら
余談
13/45

6 薬屋 2

『6 至』の別視点。魔女の店に来る彼の話です。

 ツンと鼻につく薬臭さに一瞬顔をしかめながら、店内を見回す。

 処方可能な薬の品書き板を壁にズラリとぶら下げた小さな店は、薄暗さも手伝って少し不気味に見えた。

 その一番奥には、腰の高さほどの作業台と、一人掛けの椅子。座っているのは長い黒髪で顔を隠し、黒い服を着た、不自然な笑みを口元に浮かべる妙齢の女。


「いらっしゃい」  


 ――落胆――


 腕に包帯を巻いた不気味な女は、入り口に立つ俺を見ると、高くも低くもない声で静かにそう言った。

 


 西第八区の陰気な魔女。


 椅子に腰かけている彼女は、街ではそう呼ばれているらしい。

 漆黒の髪を長く伸ばし、顔の半分以上を隠している不気味な女。 おまけに着ている服も真っ黒ときた。

 そりゃぁ陰気な魔女とも呼ばれるだろう。


「すまない、傷薬が欲しいんだが」

 取り合えず欲しいものを伝えると、陰気な魔女は表情を変えずに店の隅にある椅子を指差した。

「そこに座って待つといい」

 そう言って彼女は、作業台の奥にある扉の中に消えていく。


 この街の警備隊に配属されて数ヶ月。

 少し調子にのって街のごろつきを取り押さえようとしたところ、思いっきり頭に怪我をした。

 何度思い出しても情けない。 相手の手が読めると思って油断した。いきなり突拍子もない動きされると弱いんだよな……


「血止め、化膿止め、切り傷用、擦り傷用、色々あるがどれにする?」


 戻ってきた彼女がいくつかの瓶を作業台の上に置いた。

 あー……警備隊の医務室で使ってたのはどれだったか……


「なんか違うのか?」

「傷の具合による……」


 ……なんか無愛想な女だな。


「あー……ちょっと頭を切っちまって…血はもう止まってんだ」

「……少し見せてみろ」


 そう言うと彼女は俺の頭に巻いてある包帯を取り、傷を確認し始めた。 長い髪のおかげで顔はさっぱり見えないが、妙な威圧感を感じる。この威圧感は……あれだ、悪さをしたときに母ちゃんから出てくる『お前なんて事してくれたんだ』オーラに似てる。


「この傷なら、この軟膏だけでいいだろう」


 傷の確認を終えたらしい彼女は、包帯を巻き直す。 朝、自分で適当に巻いたのとは違い、随分と綺麗に巻き直してくれたものだと思う。


「明日から包帯は巻かない方がいい。軟膏を塗るだけにしておけ……少しは風にさらさないと傷口が膿むぞ」


 さらりと恐ろしいことを言って軟膏の瓶をこちらに差し出すと、ニィィ……と不気味に笑って見せた。


 ――愛想――


 彼女の感情がぼんやりと流れ込んでくる。どうやら今の不気味な笑いは愛想笑いだったらしい。


 ……バカな。世の中に、こんなにも愛想笑いの下手な女がいるなんて。


「わ、わかった……ありがとうな……」

 そう言って金を払うと、さっさと店をあとにした。

 医務室のじいさんに良い薬屋だと紹介されたが…なんか変な店主だったな…



 それが、その店と彼女に対する第一印象。



 ***



「すげぇな……お前もうあの傷治ったのか?」


 数日前に作った頭の傷が、薄い傷跡を残して治っているのに、同僚たちは驚いている。


「いや、俺もビックリ。元々傷の治りは早い方だと思うんだけど、ここまでっつーのは……」


 あからさまにあの軟膏のお陰な気がする。

 医務室で治療してもらった時も、やけに早く痛みが引いたりしていた。だからこそ薬の仕入れ先を医務室のじいさんに聞いたんだが……


「やっぱりあの薬が効いたんだな」

「薬?」

「医務室のか?」

「ああ、医務室の薬の仕入れ先をじいさんに聞いて行ってみたんだ。知ってるか?西第八区の薬屋」



 ――驚愕――

 ――納得――



 同僚の二人から感情が流れてくる。


「クロム、お前魔女の店行ったのか……よく無事で帰ってきたな」

 驚愕していたのはロディという同僚。何にでも素直な反応をするので見ていて面白い奴だ。


「おいロディ、妙な言い方をするなよ……」

 納得していたのは、こちらも同僚のダイス。二つ年上の彼は面倒見が良く、この街に来てからというもの、よく世話になっている。


「二人ともあの店の事知ってんのか?」

「え、あの店主は有名だろ? 西第八区の陰気な魔女って」

「ロディ……女性に対してなんてこと言うんだ……それに彼女はあの店の店主じゃないよ」

「そうなのか?」

「ああ……一年ほど前に店主が失踪して……結果彼女が店を引き継いでいるけれど、彼女は店主の弟子だった筈だ……弟子とは言っても腕は確かだと評判だよ」

「へぇー」

「ダイスはあの店詳しいのか?」

「いや、まぁ……詳しい訳じゃないんだけど……何年もこの街にいるからな……」

 そう言って遠い目をしたダイスからは色々な感情が溢れ出ていた。 うん、聞かない方がいいかもしれない。


「ふーん……で、だ。クロム、どうだったんだ? 薬屋の魔女は!」

「いや、どうって何だよ」

「美人だったかって話だ」

「ロディ、さっき自分で陰気な魔女って言ってなかったか?」

「噂だ、う  ・ わ ・ さ! 実物は見たことない」


 垂れ流しの感情を読み取るまでもなく、ロディの顔には『好奇心』と書いてある。

 噂好きの情報通。厳つい顔して女みたいだなこいつと思わないでもないが、お陰で色々な話を聞けて面白い。


「どう……と言われてもなぁ……」

 薄暗くて壁一面に薬の名前が並んだ店内、漆黒の長く伸ばした髪の毛で顔の半分を隠した黒服の女が、不自然な笑みを浮かべて笑う。

 顔はよく見えなかったから美醜は分からないが、魔女の名に恥じない出で立ちだったと思う。


 取り合えず……


「愛想笑いの下手な女、だったな」


 あの不自然な笑顔は、人によってはトラウマものだ。

 笑顔と泣き顔は女の武器なのよ……なんて前の彼女に言われたこともあるが、確かにあれは武器になる。



 ***



「ファータと言うんじゃよ」


 額の傷跡を見ながら、医務室のじいさんは言った。

 怪我をしてからというもの、このじいさんには何かと世話になっている。西第八区の薬屋を紹介してくれたのも、このじいさんだ。

 取り合えず暇ができたので傷の経過報告と、薬屋を紹介してくれた礼を言いに医務室を訪ねた。

 薬屋にいた女の話をすると、じいさんは笑いながらその女について話はじめたのだ。


「ファータ?」

「薬屋の嬢ちゃんの名前じゃ。店主ほどではないが、あの嬢ちゃんも中々の薬師じゃて。その額も軟膏を塗り続ければ傷跡も残らんじゃろ」


 傷跡も残らないなんて事があるだろうか。それなりに大きな怪我だったんだが。


「口と愛想は悪いが、根は真面目で素直な子じゃ。ちいとばかり胸と尻が足りんがのぉ……」


 ――残念――


 このじいさん本気で残念がってやがる。


「じいさんから見たら娘ぐらいの年だろ? そんな女まで範囲なのかよ……」

「ふぉふぉふぉ、年齢など関係ないわい。女の胸と尻には男の夢と希望が詰まっとるんじゃ!」


 ――愉快――


 ふぉふぉふぉ、じいさんは笑い続けている。 警備隊の女性隊員にはスケベじじいと煙たがられているが、俺は結構このじいさんが好きだ。


「しかしのぉクロム」

 笑い終えたじいさんは、俺の額の傷跡をぺチンと叩いた。


「痛っっ……」

「女の年齢をかさ増して言うのはいただけんのぉ。本人に言ったら傷つくわい」

「……え?」

「あの子はワシの娘どころか孫に近い年じゃよ、確か……」


 げ、マジでか。

 だとすると、俺と同じか少し年上ぐらいか……まぁ、顔ちゃんと見えなかったし。声と雰囲気だけだったから、少し老けて感じたんだ。妙に落ち着いてたし、若い女特有の感情の起伏もほぼ無かったし……それになんか、威圧感みたいなものを纏ってる感じするじゃん、彼女。あれはふつう若い女には出せないって、うん。


 誰に向かってでもなく、心の中で言い訳をする。

 すんません薬屋のおねーさん、正直母ちゃんと同じくらいの年齢か、それより少し下くらいだと思ってました。



「十五……六じゃったかの」




 ……なんてこった、俺より五つも年下じゃねぇか。


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