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魔女話  作者: ゆきむら
余談
10/45

4 双子

『 4 飢 』の別視点。


 姉は優しい人だった。


 いつでも及ばない俺に、手を差しのべてくれる人。

 唯一にして最愛。

 俺は間違いなく、彼女のことが好きだった。





 幼い頃から、妙に大人びた人だった。

 字の読み書きやマナーも、彼女はすぐに出来るようになったし、難しい本も難なく読んでみせる。

 俺はそれを心底すごいと思っていた。

 けれど父にとって、彼女は俺の比較対象でしかなかったらしく、彼女に出来て俺に出来ないことがあると、顔を歪めていた。


 色々厳しくされたし、時には手もあげられた。部屋に戻ってぐずぐず鼻をならして泣いていると、いつだって彼女は隣に来て手を握ってくれた。

 眠るときも自分の寝台を抜け出して、一緒に寝てくれて……

 朝、家の使用人に二人で同じ寝台に寝ているのを見つかってしまった時は、いつも彼女が庇ってくれた。


 怖い夢を見たから自分が勝手に潜り込んだのだと。


 優しい彼女を守れる男になるのが、いつからか自分の目標になった。




 そんなある日、彼女は不思議なことを言った。


 自分には前世の記憶があるようだ、と。


 前世はリィベルという名前で、顔にアザのある女だった。アザのお陰で家から出ることはほとんどの無く、人とも話さず、本ばかり読んでいた。不幸にも妹が亡くなり、悲しむ家族のため、何より自分のために結婚もしたけれど、すぐに死んでしまったのだと。


 世迷い言、とは思わなかった。

 むしろ納得してしまった。

 物心ついた頃から雰囲気が大人びていて、物腰も柔らかく、女の子らしいと言うよりも女性らしい仕草をすることが多かった彼女。


 俺が納得して見せると彼女は不思議そうな顔をしていた。 自分で言ったくせに。俺が素直に信じるとは思わなかったのだろう。

 大人びた彼女が見せる、キョトンとした幼い顔が可愛らしくて、何だか嬉しく思ったのを今でも覚えている。




 彼女から大分遅れて国の成り立ちや諸外国の言葉を覚えた頃、両親と共にある貴族の家で行われるホームパーティーに招待された。

 そこには俺たちの他にも何人も子供がいて『お友だちになってもらいなさい』 と、両親には言われた。けれど、子供ながらにプライドの高そうな彼らとあまり関わりを持ちたくなくて、彼等の自慢話を聞き流しながら、早く帰りたいとばかり考えていたのを今でも覚えている。

 共に連れてこられた彼女はと言えば、高慢そうな女の子達の近くで笑顔を浮かべていた。

 見事な作り笑い。

 きっと、つまらなかったのだろうと思う。けれど俺よりもずっと気のきく彼女は、その場の空気を読んで子供らしく立ち回っていた。

 どうでもいい話題にいちいち反応してみせる。

 そんな彼女を、隣で感心しながら見ているしか、俺には出来なかった。




 十歳を越えると、さすがに一緒に眠ることもなくなった。

 昼の間も勉強の他に武術、剣術の他に馬術も父から習うようになり、彼女は刺繍やレース作りといった淑女のたしなみとやらを教え込まれていた。 必然的に共にいられる時間は減っていく。 それが不満でならなかった。



 その頃からだったと思う。彼女が夜中に部屋を抜け出して、中庭で空を見上げるようになったのは。


 今考えれば思い過ごしだったのかもしれないが、彼女はとても寂しそうな顔をしているように見えた。思わず隣に立ち彼女の手を黙って握ると、その手は少しだけ冷たくて……少しでも彼女を温めることができれば良いと、その手を握り続けた。

 それから雨の降る日以外は、二人して夜空を眺めるようになった。 いつだって握った彼女の手は少しだけ冷たくて、けれど優しく、この手を握り返してくれていた。

 彼女と過ごすその時間が、何よりも大切で幸せなものだった。




 けれどそんな時間は、もうすぐ十五歳を迎えようと言う頃に終わりを告げる。

 かねてから決まっていた、騎士学校の寄宿舎への入所が早まったと父に告げられたのだ。

 数ヵ月先だったはずだと父に尋ねても、もう決まったと返されるばかり。

 実際の入学はまだ先だが、一部の貴族の子と共に先に寄宿舎に入り、入学までに環境に慣れるように、とのこと。


 父が一度決めたことを覆すことはまず無い。

 数日内に俺は荷物をまとめて家を出ることになった。


 正直、不安で一杯だった。

 彼女ほど学に秀でているわけではなく、人付き合いも下手で、剣術も馬術も父に褒められたことなどなかった。そんな俺が家族以外の人間と共に過ごして、他人と競いあう生活ができるのか。


 そして何より、彼女と離れることが怖かった。

 生まれたときから一緒に過ごしてきた彼女の傍には、もういられない。




 その日も、いつも通り中庭で夜空を見上げていた彼女は、寒いのか、腕をさすっていた。

 持っていた自分の上着を彼女の肩にかけると、すっぽりと収まってしまう。彼女と体格に差がついたのはいつ頃からだったろう。

 素直に礼を述べる彼女の手をいつも通り握って、しばらく星を眺めていた。


 言わなくてはいけない。

 出発が早まったと。


 他の誰かから彼女の耳に入るのが嫌だった。なんとなくだけれど。

 少し唐突ではあったけれど、彼女に騎士学校の寄宿舎への入所が早まったと自分の口から伝えた。

 随分驚いた様子で、けれどいつも通り微笑んで『おめでとう』と彼女は言葉をくれた。 それどころか入所祝いにと、当時彼女が一番気に入っていたネックレスを『お守りがわりに』と言ってくれたのだ。


 雫型の小さな青いの石がついたネックレス。

 誕生日に母からの贈ってもらったそれを、彼女はいつも寝る直前まで身につけているほどに気に入っていた。

 彼女の瞳の色と同じ青。

 それを掲げて額に当てる。

 単純だが、それがあるだけで、自分が強くなれるような気がした。 勇気を得たような気がした。

「ありがとう」

 ただ一言。

 その言葉を口にするだけで精一杯だった。




 それから三日後に出発するまで、出発準備に追われて、夜でさえ彼女と共に過ごすことが出来なかった。


 騎士学校の寄宿舎に入ってから、更に月日が早く進むようになった。

 慣れない環境、慣れない人。

 ただ、育った環境に恵まれていたようで、学業においても武術や馬術、もちろん剣術においても、他に遅れをとるようなことはなかった。

 色々と嫌がらせを受けることもあったが、彼女のくれたネックレスの青い石が、いつだって支えてくれた。


 少しでも彼女に何かを返したくて、数少ない学友に相談したところ『女は花を贈れば喜ぶ』と言われ、その通りにした。

 どんな花を贈れば良いのか分からなくて散々悩んで、赤い薔薇を贈った。

 派手かもしれないとも思ったのだけれど、『派手な方がいい』と言われて、そんなものかと納得した。


 花を贈ったすぐ後、彼女から手紙が来た。

 手紙に書いてあったのは感謝の言葉と、俺の体の心配と、薔薇の花びらを押し花にして作った栞。 同じものを自分用にも作って、本を読むときに使っているのだという。

 きっと彼女にとっては何気ない事だったんだと思う。

 別に特別な事でもなんでもない。ただ作った物のお裾分け。

 それでも、嬉しかった。

 笑われるかもしれないけれど、大事にしすぎて結局今まで使ってないんだ。




 騎士学校で三年と少しの時間を過ごし、卒業を迎えると同時に、騎士として王都で働くことが決まった。

 忙しさを理由に、家に帰らずに過ごした。

 家族とは手紙のやり取りは行っていたし、一度家に帰るようにも言われていたけれど……出来なかった。

 もちろん、本当に忙しかったというのもある。

 けれど…………。


 手紙の中で母は、姉についてよく書いていた。

 結婚適齢期を迎え、美しく成長した彼女は、社交場でよく男性に声をかけられている。友人にも恵まれ、良い縁談話もたくさん来ている。身分関係なく、是非にと申し出てくれる貴族が多く、母としても嬉しい限りだ……と。


 そう、彼女にもそう言う話があってもおかしくない年齢になってしまったのだ。

 もし家に帰って、彼女から婚約者なんてものを紹介されたらと思うと、情けない話だがどうしても家には帰れなかった。




 それから一年と少し経った頃。

 俺は一度だけ社交場で彼女を見かけた。

 王都で開かれた貴族のパーティーで、警備をしていたときにチラリと。

 一目見ただけで分かった。 薔薇の髪飾りをつけた彼女は、別れた頃にはまだ残っていた幼さも消え、とても美しくなっていた。 警備場所は彼女に声をかけれるような場所ではなかったし、騒ぐ同僚に紹介しろと言われても困るので、声をかける気もなかった。 家を出てから彼女を見たのは、それただ一度きり。 それ以降は一度も見ていない。






「一度だけ家には帰ったけれど、その時彼女は、すでに家を出ていた」

「……」

「俺には相談もなし……父と勝手に約束して、二十歳になったら修道院に入ったそうだよ」

「……」

「まぁ、それまで家に帰らなかったこちらも悪いけれど……少しは相談してほしかったとも思う」

「……」



 国の北端。

 僻地の教会に勤めるその修道女は、静かに話を聞いていてくれた。

 祭壇を前にして、二人並んで座りながら。


「彼女からすれば……姉の後ばかりを追いかける、頼りない弟だったのかな」

 昔語りのようでいて、どこか懺悔に近い話。 肯定されても仕方がないと思いながら、どこか否定してほしいと願う。


「そんなことは無いと思いますよ」


 話はじめてからずっと黙っていた修道女は、ゆっくりとその目を伏せた。

 深く優しい青を、その瞼が覆っていく。


「貴方に相談しなかったのは、きっと貴方に止められれば自分が迷ってしまうと思ったから……それだけ彼女にとって、貴方は影響力のある人だったから」


 頭から足元まで、顔以外のすべてを包む修道衣を着た彼女は、胸の前で手を組む。

 彼女が頭を下げるその先には、教会の祭壇。

 天窓から注がれている陽光を見上げて、少しだけ目が眩んだ。


「貴女がそう言うのなら……そうなんだろうな……」


 そう言いながら、一つ息をついて彼女の方へと目を移せば、その瞳はいつの間にかこちらを映している。 双眸の優しい青が、少し不安げに揺れていた。


「勝手なことをした彼女を、恨んではいないのですか?」

「どうして?」

「彼女は、家のため……嫡男である、貴方のために良い縁を結ばなくてはならなかったのに、責任を放棄して家を勝手に出たのでしょう?」

「……言ったろう? 俺は彼女の……姉の事を慕ってたんだ。家を出るなら一言相談してほしかったとは思うけど、彼女が決めたことだ………………恨むわけがない」


 そう、恨むはずがない。それだけは絶対に無い。



「……それに……家のためと言われると……その……俺も家督は弟に譲って出てきてしまったんだ」

「……え?」

「どうにも……上官と折り合いが悪くてね、左遷されて遠征軍の、それも先遣部隊の副官なんてさせられることになってしまった。本当なら王や大臣に仕えて母の薦める相手と結婚して家をついで……となるべきだったんだろうけれど、まぁ仕方がない。生きて帰れるかも分からないのだから、自由にしてもらおうと思って……意外と父はすぐに了解してくれたよ。弟は優秀だし、人当たりもいい。俺みたいに上官と揉めるようなこともないだろうし、家のためにもかえって良かったのかもしれない……結果としてここに来れたのも、神のお導きというやつかも知れないし」


 俺は一気にそこまで言うと、彼女に改めて告げなくてはいけないことを告げた。



「戦争が、始まるんだ」


 教会を捨て、逃げてくれないか。


 お願いだ。


「それはできません」


「……一応聞くけれど、どうして?」

「この土地は痩せていて、はっきり言ってあまり恵まれた環境下にはありません……その中において、教会は近隣村の救いとならねばなりません……」

「建前はいいよ……つまり?」

「私だけ逃げるなんて出来ません」

「じゃぁ、村人が全員逃げれば逃げるのか?」

「貴方は行ってしまうのでしょう?」


 修道女らしくない不敵な笑みを浮かべる彼女に、ため息がでる。


「何となく……そう言う気がしていた」


 諦め……と言うのだろうか。その返事が来ると、予感はしていた。


 実は近隣の村に住む人間にも声をかけたが、それぞれ理由は違えど、村人のほとんどがその地に留まる選択をしたと伝えると、彼女は笑った。


「きっと捨てられないものがあるの……誰にでも。土地、家族、思い出……村の方々が捨てられないものは個人によって違うと思います。けれど自身の無事を、誰かの無事を……教会に祈りを捧げに来る人がいる限り、私はここにいます。それが私の選択です」


 迷いなく。

 その深い青の双眸がこちらを見てる。

 強い意思をもって。

 分かっていたんだ、彼女がそう言うであろうことは。


「きっと、何を言っても……どう説得しても、その答えが返ってくるんだろうな」

「ええ」

「……頑固だ」

「父に似たのでしょう……一度決めたことは覆さない、けれど妙な所で諦めがよくて。私のわがままを聞いて、約束を守ってくれた……厳しくも、とても優しい父でしたから」


「……ああ」

 知っている。

 知っているよ。

 最後に会った日、彼女の居場所を教えてくれたのは父だった。




「なぜ……彼女がネックレスを気に入っていたか……分かりますか?」

 彼女からの質問は唐突なもので。


「……青い石の?」

「そう、お守りがわりに渡した……」

 それは……分からない。聞いたことがなかったから。

 首を捻っていると、彼女は笑顔で言った。


「ペンダントの青い石が、貴方の瞳と同じ色をしていたからですよ」


 深くて優しい青い色


「社交の場で薔薇の髪飾りをつけるようになったのは、貴方がくれた花だったから」


 派手すぎると思っていた、あの花


「貴方と見た星空は、とても綺麗でした」


  いつだって手を握って見たあの夜空


「なにものにも代えがたい、私の……」


 なにものにも代えがたい、俺の……



 その青い双眸から雫。


 生まれて初めて見た彼女の涙。

 体が勝手に動いて、なにも言わずに彼女を抱き締めていた。

 彼女も、共に過ごした時間を大切にしてくれていたのだ。

 自分にとっても、どの思い出も大切だと、かけがえの無いものだと思っていると……伝えたいのに。

 この腕のなかで静かに涙を流す彼女に言葉をかけることができず、その体の震えが止まるまで、黙って彼女のそばにあり続けた。





「これ」

「何ですか?」

「お守りがわりに」


 別れ際にそう言って渡したのは、赤い雫型の石のついたネックレス。

 今も俺の胸元で光る青と、色違いのそれを、彼女に。


「本当は……貰ったものを返すべきかとも思ったのだけれど、これにはたくさん支えてもらったし、最後まで守ってもらおうと思って……それに、貴女には赤も似合うから」

「ありがとう、なんだか照れますね……その青い石のネックレスは貴方のものです。持っていてください」


 微笑む彼女に、同じように笑って返す。

 名残惜しくはあるけれど、戻らなくてはいけない場所があるのだ。

 そう思って彼女に背を向けて歩き出した、その時。



「レイン」



 その声で名前を呼ばれたのは、いつぶりだろう。


 ひどく、懐かしかった。


 振り向けば、そこにはネックレスをつけた彼女の姿。

 その胸元に、光る赤。



「生きて帰れるか分からない……などと言わないでください」


 やはり彼女には赤も似合うなぁ、なんて場違いなことを考えてしまう。


「貴方の無事を……私はここで祈っています……」


 彼女は髪の毛を隠していた修道衣のヴェールを外して、泣きそうになりながらも笑って見せてくれた。  




「ただの人として、貴方の無事を願っているわ」



 記憶にあるよりも、ずいぶんと短くなったその金色の髪。

 一番身近にあって、とても懐かしい色。

 数歩の距離を歩いて戻り、頬に手を寄せると、彼女の堪えていたものがその目から溢れ出る。

 震えて揺れるその柔らかい金の髪に顔を寄せ、少し屈んで、同じ色を持つ自分の髪を彼女の髪に重ねるように額を当てた。


 ああ、貴女は知らないだろう。

 貴女が修道院に入ったと聞いて、僅かにも俺が喜んでしまったこと。

 誰のものにもならないと、貴女が決めたことを喜んでしまった。


 幼い頃は、ただの憧れだった。

 いつからか、守りたいと思い……誰にも渡したくないと願った。

 けれどそれを貴女に悟られるのが嫌で、寄宿舎に入ったのをいいことに距離をおいた。

 ずっと離れていれば、いつか貴女が誰かのものになっても耐えられると思っていたのに。


 募るばかりで。



 きっと父には悟られていた。

 だから寄宿舎への入所を早められたんだろう。

 俺が耐えられなくなる前に。



 小さく、か細く。

 何度も繰り返して名前を呼ぶ彼女の唇に己のそれを合わせて、ゆっくりと塞いだ。





 手を握るだけでも、抱き締めるだけでも、足りない

 もっと傍に、もっと近くに

 寄り添いたい

 

 触れていたい




 深く、  深く



 

 誰を恋人にしようと、体を重ねようと


 貴女が消えなかった


 いつだって求めていたのは、貴女だけ





 少しでも身を退かれれば、止めるつもりだった。

 逃げられるかもしれないと、拒絶されるかもしれないと、覚悟を決めたのに。


 彼女はそっと、目を閉じて応えてくれた。



 これがただの同情であっても構わない。

 俺と同じ感情を、彼女が抱いていなくてもいい。


 優しさが、ただ嬉しかった。





「ありがとう……俺も願うよ、アデルの無事を」


 名残惜しく思いつつ、彼女から離れ、笑いかける。


 うまく笑えたろうか。

 分からないけれど、今度こそ彼女に背を向ける。


 何度振り返ろうと思ったことか。

 けれど振り返ってはいけない。


 行かなくては。

 戦火がこの地に及ばないように。

 優しい彼女を守れるように。


 自分に出来ることは、ただそれだけ。

 不本意だが、あとは全てを天に任せるしかない。


 軍の駐屯地に戻る道中、何度も空を仰ぐ。

 いつもは信じてもいない、いるのかどうかも解らない神に祈りを捧げた。



 どうか、彼女が無事であるように。

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