小笹と秋田
表の自動ドアが開くとアブラゼミの鳴き声と一緒に一人の女性が入ってきた。
高校生ぐらいだろうか?すっきりとした顔立ちで化粧もほとんどしていない。
子供のかわいさというよりも女性のきれいさを持っている。
小笹琴美は長方形のプラスチックでできた鞄を左手にもち右手には小さなメモ用紙をもっている。
長い手足に白い細やかな肌、そして二重のツリ目が彼女の輪郭をはっきりと際立たせていた。
周りにきれいだなと思わせる可憐な容姿ではあるが、当の本人は今非常に機嫌が悪かった。
メモには5冊ほど本のリストが書き記してあり、
・共産主義と資本主義
・贖罪の足音
・情死の美学
・言辞のつくしかた
・勝利の采配
とあった。まったくどこにも統一感のない。これらは作家をしている父からのリクエストだった。
まったく面倒くさい。早く帰りたい。
「あのすみませんこの本を探しているのですが?」
正面に向き直った女性職員は髪を後ろで一つに束ね。緑色のエプロンをしている。
人懐っこい愛嬌のある顔をしているが顔はあまり笑っておらずびっくりして振り向いたといったふうだった。
彼女にメモを渡しながら琴美はしまったと思った。
その女性は萩原と書いたネームプレートを左胸にしており、研修中とかかれたプレートを首から下げている。
これは琴美の主観であるが、研修生に何かを探してもらう行為は時間を無駄にする行為と同義だと思っている。
「しょ、少々お待ちください。」
案の定、彼女は慣れない手つきでメモを受け取るとどうしていいかわからないという風にあたりをきょろきょろと見渡している。
琴美はもっと年長の方に聞き直そうとメモを返してもらおうとした。
「あっと、だ、大丈夫で…」
言うが早いか彼女はぱたぱたと足音をたてて走って行ってしまった。
10分ほど待ったところで帰ってくる気配はない。この場を立ち去って自分で探したかったが、彼女が自分のために探してくれているところを想像するとなんとも動きづらかった。
自分のマジメな性格を呪おうとしていた時、同じ足音で彼女が帰ってきた。
後ろには誰か引き連れている。
「お、お待たせしました。」
はぁはぁ息を切らしながら連れてきた誰かははどう見ても私と同じ高校生ぐらいの男の子だった。