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あーんして

 焼き肉三時間食べ放題の席で、グラスを持った真理奈が音頭を取ることになった。

「こほん。今日は横葉芸能専門女子学院の寮生六十七名で店を貸切にしたとはいえ、横女の生徒として恥ずかしくないよう、備品を壊さないように楽しんでくれ!」

 はーい、と元気な女子生徒が高らかに返事をした。真理奈はそれに頷くとグラスを高々と持ち上げる。

 無論、中身はジンジャーエールだが。アルコールは二十歳になってからだ。

「それでは、乾杯!」

「かんぱ~い!」

 女子たちの高い声が店に木霊する。そんな中、座敷に座ったいつもの六人のメンバーで和良だけが恥ずかしそうに隅に座っていた。

 寮生の貸切ということで和良は当初遠慮したのだが、他の五人に同じ寮で生活しているじゃないかと丸め込まれ、最終的には真理奈と大志の実働部隊による強制連行によりここに至る。

 じゅうじゅうと焼き肉の音が響く店内で、女子生徒の中にはやはりこちらに奇異の目を向ける生徒も少なくは無かった。

 最初にネギタン塩を焼き始めた真理奈は一向にそれを気にせず、他の四人も金網の上で焼かれる肉に夢中だ。

「タイシは肉は何でも好きか?」

「タイシはんなら何でも食べそうやねえ」

 二人の言葉に大志が失敬な、と目を吊り上げた。

「いくらオレでも生では食わねーよ!」

「いやそういう意味ではなく……」

 困り果てる真理奈の前では既にタン塩が焼けていた。大志は先ほどまでのことは一切を忘れて箸で獲物を取りにかかる。負けじと咲もそれに続く。

 一方の美弥は一人黙々とサラダを食べていた。レタスやパプリカ、プチトマト、ツナが盛り付けられ、それにコーンやドレッシングがかかっているだけの、普通のサラダだ。

 和良はそれが少し気になった。

「ミィちゃんはお肉食べないの?」

「ミィはねー、贅肉付けたくないからヒレしか食べないのぉ」

 贅沢な……、と一同は思うが、それで競争率が減るならば別に問題は無かった。

 続けてロースを焼き始めた真理奈の前で紗和が頬を落とす。

「あてはロースが好きどす」

「柔らかいしおいしいしな!」

 大志に激しく同意を示すように咲が頻りに頷く。和良もロースは好きだが、ちゃんと焼けているか不安で箸を出せない間に、ひょいひょいと三人の箸が焼けた肉を奪ってゆく。

 三人が口々においしいおいしいと言っているのを悔しそうに和良が見ていると、真理奈が大志の伸ばした箸に先んじてロース肉を取った。その余りの早業に大志は愕然とする。

 嬉しそうに真理奈はロースをタレに少し付けると、それを和良へと差し出す。

「カズくん、その――あーん、して?」

 わざわざ体の向きまで変えて差し出してくる真理奈に、和良は不意打ちを喰らってドキリとした。

「あ、うん……ありがとう」

 真理奈に出された箸を口に含むが、顔が熱くて何を食べているのかよく分からなかった。それでも真理奈に「おいしい?」と聞かれて和良は頷いた。

「ミィもカズおにぃちゃんにあーんしてあげるっ!」

 美弥が身を乗り出してほんのりと赤みが残っているロースを伸ばしてくる。和良はせっかく美弥が好意で取ってくれたので意を決して食べる。

「おいしい?」

「うん、おいしいよ」

 赤みが残っている上に生っぽい味がしたが、それでもそう答えることが義務に思えた。

 そうしてロースも食べ終わると、いよいよ真打ちであるカルビの登場だった。一同の目の色が明らかに変わった。

 美弥までもが箸を持って準備しているので、大志がそれに否やを唱えた。

「おいミィ! ヒレしか食わないんじゃねーのかよ!」

「カルビは別腹だもーん」

「卑怯」

「せやなあ」

 三人が美弥を責めるのを見ていて、和良は改めて焼き肉の恐さを思い知った。普段は大人しい咲までもが非難しているのだ。

 それに待ったをかけたのは真理奈だった。

「焼き肉奉行であるこの私が公明正大にこの場を判断しよう。カルビは全部で二十枚だ。しかしこの座敷には六人。一人三枚食べて二枚余るが、この二枚の所有権は『いせの』で決めようと思う」

「いせの?」

 一同が首を傾げると、真理奈が和良に向かって拳を握った両手を出した。和良もそれを理解して同じく出す。

「いせので二!」

 真理奈の掛け声で和良は右手の親指だけを立てていた。真理奈も右手の親指を一本同じく立てている。

「これで親指の数が二なので私は手を一つ下げる。先に両手を下げた人が勝ちだ」

 一同はその説明を聞いて「あ~」と納得した。

「せっさんかよ」

「ちょんちょんやねえ」

「指スマだよぉ~」

「いっせのせ」

 各々が記憶にある名称を言うが、面白いことにまったく一致しなかった。それに他の候補まで飛び出してくるのを、真理奈が遮った。

 取り合えず最初に真理奈が言い出した『いせので』に統一し、カルビの覇権を巡ってここに熾烈な戦いの火蓋が切って落とされる。

 まず最初は一番隅の和良からになった。六人が二本ずつで最大数は十二だが、冷静に考えて大志はその性格上二本とも上げてくるだろう。自分は敢えて上げずに、その平均値である五から七で考えた時に七が妥当な気がした。

「いせので……七」

 予想通り、大志は二本とも上げてきた。他は真理奈が一本、紗和が二本、咲と美弥はゼロ本だった。要するに失敗だ。

「次は私だな」

 真理奈が不敵な笑みを浮かべるので、全員の背筋に冷たいものが走った。何となく、真理奈はこういうゲームに強いオーラが出ている。

 瞑目して数秒してから、不意に口を開いた。

「いせので九!」

 早口に釣られて和良と美弥が二本とも上げてしまう。大志も相変わらず二本上げているのでここまでで六本。そして依然として静かに構えている咲はゼロ本。真理奈が一本。全員が緊張の目で紗和を見ると、よほど驚いたのか紗和は両腕を上げて万歳の状態になっていた。

「サワ?」

 全員が不審の目を向けると、紗和は恥ずかしそうに手を下ろした。

「せやかて、あてビックリしたさかい……」

 そんな目で見ないでおくれやす、と顔を伏せる。その顔は真っ赤だった。

「とにかく、七本では失敗だ。次はタイシだな」

「おう!」

 威勢よく答えた大志は両手を突き出すと、紗和も何とか戦線に復帰したのを確かめてから息を吸った。

「いせのでゼロ!!」

 全員が指も上げずに大志の方をまじまじと見つめていた。勝ち誇った笑みの大志はなぜか自分で指を二本立てていた。

「タイシ、このゲームのルールは理解してるよね?」

「おう、当たり前だろっ」

 和良に答える大志はそのままオッケーサインの右手を突き出してくるが、天然なのか狙ってなのか誰にもよく分からなかった。ただ一つ言えることは、大志がこのゲームで勝てる確立は皆無だろう。


 激戦の末に一抜けしたのはやはり咲だった。冷静な予測と動じない心は弓道によって磨かれたのか、、的確に数字を当てにきた。そして二番抜けしたのは当然の如く真理奈だった。兎に角勘が鋭かった。

「……つーかよ、一回勝負じゃ不公平じゃね?」

 カルビを焼き始めて数分とせずに、大志が文句を言い始めた。何となく全員が誰かしら言い出すとは思っていたが、大志が言い出したのはそんな空気があったのも理由の一つだった。

 真理奈が重々しく頷いて思い悩む。さて、どうしたものか…………。

 カルビは実際に二十枚しか無いのだから、一人三枚食べて二枚残る事実は変えようが無い。ならば残った二枚を更に三等分してはどうかと思ったが、一枚が元々それほど大きくないので三等分したら本当に小さくなってしまう。

 真理奈が腕組みをして悩んでいるところに、別のテーブルに座っていた女子生徒が真理奈たちがいる座席の前まで歩いてきた。

「あの、こっちのテーブルでカルビが四枚余ったので良かったらどうぞ。私たち、もうお腹一杯ですし」

「いいのかい? 確かにそれをもらえると助かるが……」

「はい、それに横葉さんにはこないだのシャワーの件でも助けてもらいましたし」

「いや、それは――」

 先日、女子生徒の一人が寮のシャワーがちょろっとしか出なくなったと苦情が来て、業者を呼ぼうとした真理奈を和良が止めたのだ。簡単な故障だったら部品を取り替えるだけで直るかもしれない、と言われて和良に任せると、果たしてストレーナーにゴミが詰まっているだけだった。それを掃除しただけで元通りお湯が出るようになったのだが、意外と一般には知られておらず、誰でもできることなのだが業者を呼んでお金を取られることが多い。

 和良は笑いながら首を振って、自分のことを言おうとした真理奈を制止した。自分にとって日曜大工なども当然の仕事だったので、そこまで感謝される理由も特に無かったからだ。

「――別にして、ありがたくカルビを頂戴するよ」

 真理奈は皿を受け取ると、にこやかに笑う。

 キャー、とピンク色の声を発した女子が走り去って行ったが、真理奈は不思議そうにその後ろ姿を見つめて首を傾げた。

「私は何か彼女を驚かせるようなことをしただろうか?」

「無自覚なんやねぇ、マリはんは」

「どうでもいいけど早くカルビ食おーぜっ!」

「ミィも食べるー」

「おお、そうだな」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 最後にレバーとホルモンが来て、それらも完食すると店員が最後のオーダーを取りに来た。めいめいがデザートを選び始める。

 女子が一斉に思い煩う中、和良はありきたりにバニラアイスを選んだ。特に何も考えず、焼き肉の独特の油っぽさを消すにはこれが一番合っていると思ってだ。

 大志ならばデザートに冷麺を頼むかと全員が期待の目を向けていたが、意外にもライチシャーベットと女の子らしいチョイスをした。

「あては白玉ぜんざいを。さっちぃは……」

 言いかけて、止まった。咲は杏仁豆腐とヨーグルトの写真を真剣に見比べながら懊悩としている。

 紗和はくすりと笑うと、店員に顔を向けた。

「さっきの白玉ぜんざいは止めて、ヨーグルトと杏仁豆腐をお願いします。――あて一人だと多いから半分こしよな、さっちぃ?」

「あ――」

 咲がそれに気付いて、無表情に顔を逸らした。

「……ありがと」

「あーん、さっちぃカワイイわぁ!」

 我慢できなくなった紗和が咲を抱きしめる。咲はまたかと内心ではうんざりしているが、周りに他の女子生徒がいる為、あまり強く躾ができない。前回のように軽く紗和のお尻を抓った。

「ひゃうん!?」

「落ち着いた?」

 咲の質問に紗和が残念そうに頷く。もっと咲成分を吸収したかったが、これ以上やったら咲の機嫌を損ねそうなので我慢することにした。

 そんな上級生の横で悩んでいた美弥は、メニューの隅から隅までパフェが無いかと探していた。勿論、焼き肉屋にそんなメニューがあろうはずもない。

 美弥は意を決して、裏メニュー的な可能性に賭けてみることにした。

「ミィはパフェで!」

「大変申し訳ありませんが当店ではパフェは作っておりません。クレープならございますが」

「じゃあそれで」

 クレープならあるんかい!? と全員が心の中でツッコミをしている間に美弥がさりげなくクレープを注文した。

 最後に真理奈がチョコアイスを頼んだが、やはりそれより気になるのはクレープだった。なぜパフェは無いのにクレープならあるのだろうか。逆にクレープを作る材料があるならパフェも作れそうだと思うのだが……。

「クレープはできてパフェができない理由とは何だと思う?」

 真理奈が五人を見ながら呟いた。明確な答えは望むべくもないが、せめてそれらしい答えが無ければ今夜は気になって眠れそうに無かった。

 最初におずおずと和良が手を挙げた。得意なことが料理という最有力候補だ。

「クレープはツナやレタスを挟んで食事代わりに食べれるから店員の賄いで出してるんじゃないかな。手軽に作れるし。パフェはやたらと色々なお菓子やスイーツを使うから業務用で大きいとはいえ冷蔵庫の幅を取るし、賄いでパフェを出されても嬉しい店員さんは少なそうだからかな」

 おおー、と全員が納得する。一見してそれっぽい回答に全員が拍手をした。訳も分からず、周りの女子生徒まで何となく拍手を始める。このノリの良さは未だに謎だが、女子が集まればこれくらいのことは起こるのだろうと、無理に自分を納得させた。

「でも実は違ってたりしてな」

 大志の何気ない一言で拍手がぴたりと止む。そう、実際のところは誰も正解を知らないのだ。

 そうして悩んでいる間に、デザートをトレーに載せた店員が二人、六人の座っている座敷へとやって来る。

「お待たせしました」

 まずは和良にバニラアイス、真理奈にチョコアイス、大志にライチシャーベットが配膳される。それぞれにスプーンを渡し、一人目の店員は下がった。続けて二人目の店員が咲にヨーグルトを、紗和に杏仁豆腐を配った。

 全員の好奇心が最後の美弥の皿に寄せられるが、そこには一見普通のクレープが載っていた。

「なあ、中は何が入ってんだろうな?」

 大志の言葉に中身が気になった美弥は試しにクレープを開いてみる。

 ――中には生クリームと輪切りにされたバナナが数枚だけ入っていた。

「……何か寂しいクレープだな」

「マリはんの言う通りやねえ。も少し何か入っててもええんちゃう?」

「うん……」

「ミィちゃん、ちょっといい?」

「え?」

 美弥の意気消沈した姿を痛ましく思った和良は、美弥の皿を取るとそこへバニラアイスを少し盛り付け、バニラアイスの横にあったクラッカーを半分に割って載せる。

 その意図を察した真理奈が、自分のチョコアイスも少し盛り付ける。

「オレのシャーベットも載せていいぜ!」

「ヨーグルト」

「あての杏仁豆腐は合わないやろから、上のさくらんぼはどお?」

 それぞれがクレープに盛り付け、いつしか中身がぎっしりと詰まったクレープが完成していた。

 和良が丁寧に盛り付けたそれを再び巻き、皿を美弥に返す。美弥は皆の優しさで目が潤んでいた。

「みんな、ありがとぉ……。ミィ、これ食べるのもったいないよ」

「気にすることは無いさ。食事はみんなで仲良く食べた方がおいしいからな」

 真理奈の言葉に全員が頷く。美弥がそれに頷いてクレープを食べると、満面に笑みが零れる。

「おいしい?」

「うん!」


(その後)


「カズおにぃちゃん、あーんして?」

「あ、ズルイで! うちも、カズくんにあーんするぅ!!」

「オレは別によそんなんには興味ねーけど、ちょっと多いから食わせてやらねえこともねえぞ」

「ヨーグルト」

「あてもぉ」

 ぐいぐいと五つのスプーンが口に押し付けられ和良は顔がもみくちゃにされる。

「ごめ、いた、やめ、もお、無理…………」


 ソファの上で魘される和良に毛布をかけた真理奈は、心配して昔母親に教わったおまじないを実践してみることにした。

「お休み」

 おでこに軽く口付けをして、恥ずかしくなった真理奈はさっさと自分の部屋で眠ることにした。

いよいよ次のチャプターで二章【稽古始め】も終わりです。三章はGWと稽古の進展具合を描く予定です。

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