幕間・これから
一章と二章の幕間です。一章で仄めかしてた和良と真理奈の出会いや、描けなかった横女の入学式なんかをば。そして一章のタイトルが【桜咲く】なので最後にひっそりと桜を入れましたが伏線を盛り込んでしまい、やや蛇足気味に……(あわわわ
土曜日。
和良と真理奈は二人で携帯電話を買うためにdecomoショップに来ていた。昨日の六人が集まっていた段階では全員で真理奈の携帯電話を選ぶ方針を取っていたが、いざいつ買いに行くかという段取りになって、早い方がいいだろうという和良の提案の下に翌日の今日が選ばれた。
ところがそこで、紗和は横女の入学式が今日執り行われることを思い出した。そしてその式は新入生だけではなく、上級生である二年生も全員参加だ。今年入ってくる後輩と心を一つにするために、また、一つの契機として心を入れ替えるために全学年を式に参加させるのが学院の方針なのだそうだ。
横女の新入生である美弥と大志は勿論、紗和と咲も入学式のために同行できないことを残念に思っていた。
しかし真理奈自身はそう残念でもなかった。寂しいと言えば寂しいが、数年振りに和良とデート(ただし和良の認識は異なる)をするのはとても楽しみだった。昨夜は昂奮で寝付けず、一睡もしないままに朝になってしまったほどだ。
そんな張り切り具合を見せる真理奈を面白く思いながら、decomoショップの入り口で和良は隣に立つ真理奈を見た。
「こういう携帯電話がほしいっていうのある?」
例えば家の土地があまりに広いので迷ったときのためにGPS機能付きだったり、お風呂に落としても大丈夫なように防水加工されていたり、音割れしているのではないかと錯覚してしまうほど高音質なオーディオ搭載など、昨今の携帯電話は様々な機能が付いている。
単純に外見で選ぶのもいいかもしれないが、テレビの視聴予約機能さえまともに使えない機械音痴な真理奈には使いたい機能だけが付いている携帯電話の方がいいだろう。
真理奈は期待に目を輝かせて笑顔を浮かべた。
「うむ、あるぞ。悪の巨大ロボットが現れた時に同じく巨大ロボットにトランスフォームして戦う携帯電話だ」
「ソントバンクが昔テレビ番組と提携して作った変形ロボットの携帯電話があるからそれにしよう」
「うむ!」
一度decomoショップを出ると、その足で斜交いのソントバンクの営業所へと向かう。信号はちょうど青で、二人は横断歩道を渡ると店に入った。
店員が挨拶してくるので整理券を機械で発行して、順番を待つ。待っている間暇だったので、手慰みに眼鏡拭き用のクロースをポケットから出して眼鏡を拭く。
真理奈はその横顔を見ながら、何気なく首から提げている貝殻のペンダントを握った。
「カズくんは覚えてるかな、私たちが初めて話したときのことを……」
その言葉に和良は遠い過去の記憶を思い返していた。
自分が中学一年生だった秋。文化祭を直前にしてその女の子はクラスに転校してきた。大阪弁を話す彼女は男女の分け隔てなく気軽に話しかけるので、すぐにクラスに溶け込んでいった。地味で何の取り得も無い自分とは正に対の存在だった。
そして女の子が転校してきた二日後の家庭科の調理実習で、転機は訪れた。家でも家事をやっている和良はいつも通りにハンバーグとシチューを作っていたが、その手際の良さに同じ班の女の子などが黄色い声を挙げると、それを快く思わない男子が僻みから、あだ名である『女男のクセに』と突っ掛かってきたのである。いつもならば口だけで済むので和良は気にすることなく愛想笑いをしていたが、それが癪に障ったのだろう、男子が思いっきり肩を押してきた。
衝撃で掛けていた眼鏡が落ちると同時、和良自身も床に尻餅を突いてしまった。そして起き上がろうとした矢先に、頬を打つ乾いた音が教室に響いた。
――和良を押した男子が頬を赤くして、自分を打った女の子を泣き出しそうな目で見つめていた。
『料理できひんからってやっかむ自分の方がよっぽど女々しいわ!』
そうして眼鏡を拾って自分に渡してくれた女の子こそ横葉真理奈だった。初めて面と向かって二人が話した瞬間だった。その後は色々とあったが、結果的には相手の男子もそれを反省して、以来、和良のことを『女男』と呼ばなくなった。
眼鏡を拭き終わって顔に掛けると、和良は真理奈に振り返った。
「うん、覚えてるよ。いきなり男子生徒の顔を叩くなんて、びっくりしたよ」
和良が笑うと、真理奈は顔を真っ赤にした。
「そんなんちゃうやん! せやのうて、眼鏡や、眼鏡」
「うん、その後にぼくに拾って渡してくれたときだよね?」
「そやけどビミョ~にちゃうわぁっ! ――そん時にな、うちが」
鈍い和良にもどかしくなった真理奈が言いかけたが、店内アナウンスが鳴って番号札が呼ばれた為に和良は立ち上がる。
「呼ばれたから行こうか。それとまた地が出てるよ」
「うぅ~~」
やきもきとしながらも、和良の後に続いて指定のカウンターへと向かう。
カウンターへ行くと店員の女性が気遣って隣の椅子を持ってきた。それに礼を言って和良が座ると、正面には真理奈が座る。
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「えっとですね……」
何を言えばいいか分からず和良の方に視線で助けを請うと、和良が椅子を進めて真理奈の横に並ぶ。
「携帯を新規に契約したいんですが、フォンブレイパーってまだ在庫はありますか?」
「今在庫を確認いたしますので少々お時間を取らせていただきますがよろしいでしょうか?」
「はい、いいですよ」
店員が奥に引っ込むと真理奈が緊張からか奥の方を覗こうと少し姿勢を変える。
真理奈の椅子が倒れないようにと後ろから椅子を支えようかどうしようか和良が悩んでいると、すぐに店員はカウンターに戻ってきた。
「シルバーでよろしければただいまこちらの一台限りございますが、それともブラックをお取り寄せいたしましょうか?」
「どうする?」
和良の問いに真理奈は少し悩んだが、すぐに首を振った。
「いや、シルバーで頼むよ。黒だと悪役みたいになってしまう」
とても明快な理由に店員ともども笑ってしまった和良を、真理奈は少し拗ねて睨みながらも、会計を済ませて携帯電話を購入した。
入学式は横浜にあるバシフィコ横浜の大ホールで催されていた。
天井の貝殻のような造形が海を連想させ、その造形美は鑑賞に値する芸術であった。
始めこそ美弥は、その綺麗なホールのあちらこちらを興味深そうに眺めていたものの、いざ式が始まると既にこの会場に飽きて睡魔に襲われていた。
式の最初には理事長である横葉真央の挨拶があった。そして横女の代表生徒がステージに上がって新入生歓迎の祝辞を送り、次に新入生代表が答辞を済ませる。その頃には美弥は夢うつつの境界をさまよっていた。加えて、このホールの外観が海に近しい為か、優しい浮遊感に包まれてそれがより一層と眠気を促進していた。
教務主任の先生がステージに上がると、いよいよ式のメインである新入生の点呼が始まる。新入生百四十五名が五十音順に呼ばれるのだ。
名前を呼ばれた生徒は大きく返事をして立ち上がり、礼をするとすぐに着席する。
「――1年生、鴨野美弥」
しん、とホールが静寂に包まれていたが、該当するはずの生徒が立ち上がらないことにホールがざわめき出す。自由席なので美弥の隣に座った大志が不審に思って見れば、美弥はソファに腰を預けて完全にいびきを掻いていた。慌てた大志が揺り起こすと、美弥が微かに目を覚ます。
そんな本人たちの事情は知らず、一度間を置いた教務主任がもう一度点呼を試みる。
「1年生、鴨野美弥」
「ふやいっ!?」
半分寝惚けながら返事をして立ち上がった美弥に、会場はクスクス笑いを禁じ得なかった。それにも関わらず、眠気に抗い切れなかった美弥は脱力してフラフラとソファに着席すると再びいびきを掻き始める。隣に座る大志は目を覆いながら、自分はしっかりと新入生として姿勢のいい姿を見せようと決意する。
鴨野と川崎なのですぐに順番が来るはずの大志は身構えながら、今や遅しと口で息を始める。
「――――1年生、加山芹佳」
「はい」
ふわふわの茶髪を靡かせた女子が立ち上がり、礼をして座る。『かも』の次に『かや』と来たので、次に自分が来てもおかしくはないだろう。視線を教務主任の口に集中して、その一字一句を見逃すまいと見据える。
「1年生、かわさき――」
「はい!」
腹から出した大志の声に被せるように、教務主任がマイク越しに声を被せる。
「――小詠」
「……はい」
勢い良く立ち上がった大志に続けて、別の女子が返事をして立ち上がる。大志は羞恥心から顔を赤らめ、慌てて席に座ると、どうしても耳が熱くなり神経が研ぎ澄まされる。周囲の囁き声が、すべて自分を笑っている声に聞こえてしまう。
教務主任は美弥の時もそうだったが、何食わぬ顔で川崎小詠が席に直るのを確かめると、次の生徒を呼ぶことにした。
「1年生、川崎大志」
「――――はぃ……」
小さく返事をして立ち上がった大志はぺこりと小さく会釈だけしてすぐに席に戻った。否、恥ずかしくて自分が今何をしているのかさえ正直分かっていなかった。
一階の、前の方に座る新入生たちからは少し離れた二年生の列に座っていた紗和と咲は、その光景を見ながら片方は嬉しそうに笑い、もう片方はそれを無表情に眺めていた。
「よかったわぁ、あてだけやあらへんくて」
「藤咲さん」
「思い出させんといてぇ?」
第一、茅賀という名字自体が珍しいので、フライングしてしまっても人違いである確立は随分と低い。はっきり言って卑怯だ。そんな思いを込めて睨むが、咲には暖簾に腕押しだった。
このネタで二日間イジられた紗和には一種のトラウマだった。そして、今後数日間は大志も自分と同じ思いをするのだろうと思うと、哀れみが止め処なく溢れてきた。
「きばっていきぃや、タイシはん……」
願いと同情を込めて大志のために祈った。
式は新入生の点呼が終わると予定より早い十二時半で終わった。本当ならばあと二十分はあるはずだったが、進行が思ったよりスムーズだったことと最後のスポンサーからの祝電を省略したためであった。
ロビーで携帯電話を使って集合した四人は、早く終わったのでこれから横浜駅で和良と真理奈の二人と合流しようという話になった。
「タイシはん気にしなはんなぁ。誰かて間違えるときはあるんやし……」
「うっせー、オレは別に気にしてなんかねーよ!」
「あはははは~」
「……藤咲さん」
「さっちぃ、あてのこといびるん好きなん?」
泣きそうになる紗和を見ながら、咲はあまり考えずに頷いた。
「さっちぃのイケズぅ~!!」
「あ、おい! サワ!」
およよ、と和服の袖で目を押さえながら走り出す紗和を、大志は和服で走ったら危ないんじゃないかと案じて呼び止めるが一足遅かった。和服の裾を踏んで転んだ紗和に三人はビックリしながら、急いで駆け寄って助ける。
紗和はおでこを打ったらしく額を赤く腫らしていたので、大志がポケットから絆創膏を取り出して貼り付ける。
「リアルでマンガみたいに転ぶヤツ初めて見たぞ、オレ」
「あんがとなぁ、タイシはん」
「サワちゃん大丈夫ぅ? 痛いの痛いの飛んでけ~」
「ミィはんもあんがとぉ」
最後に紗和が期待するようにちらりと咲を見たが、咲は無愛想に視線を外したままそっと右手でその頭を撫でた。
咲が謝りたいが素直に謝れないのを知っている紗和は、それでも咲のできる限りの優しさに頬を緩める。そして咲に抱き付いた。
「えへへ~。せやからあてはさっちぃ好きどす」
「別に……」
咲は何か恥ずかしくなったものの、今は抱かれるままでいようと思った。
横浜駅で全員集合をすると、早速真理奈がおにゅうの携帯電話を全員に披露してきた。一見ごくごく普通の携帯電話に、他のメンバーは普通の反応として機能や既にみんなの電話番号を登録したかなどを尋ねるが、、それを遮って真理奈は持っている紙袋の中から何やら取り出した。プラモデルのパーツのような四角いプラスチックだ。
「はっはっはっ、これを付けるとなんと! この携帯電話がロボットに変形するのだ!」
「ナ、ナンダッテー」
棒読みによる和良の合いの手で満悦した真理奈は、パーツを携帯電話の背面に接続部をはめて、中央から左右にパーツを展開する。更に腕を伸ばし足の部分を接続部から回転させて開くと、携帯電話に両手両脚が生える。
その時点で他の四人は「おおお!」と感動の声を上げている。唯一、和良だけは苦笑していた。実は、真理奈はこういう工作などの小手先は器用なのですぐにパーツの接続などはマスターしたのだが、肝心の携帯電話は未だに通話すらできない機械音痴っぷりだった。そう、携帯電話ではなく真理奈に取っては完全に玩具だった。
そんなことはまったく気にしない真理奈は、腕の関節部分を僅かに折り曲げ、携帯電話を開くと、その待ち受け画面にはロボットの表情が表示されていた。
「どうだ!?」
自信満々に言う真理奈に、各々が目を輝かせる。
「スッゲえええええ!!」
「ミィもそれほしい!」
「ほんまに驚いたわぁ!」
「うん」
その反応に鼻高々な真理奈を見ながら、和良は真理奈がそれで満足しているならこれはこれでアリなんじゃないかと思い直した。何も通話するだけが携帯電話の目的ではないのだから。
それでも、せめていつでも連絡が取れるように通話の手順だけはしっかりと覚えさせなくては、と頭の片隅にしっかりと刻み込むことは忘れない。
そうして腕時計を見れば既に時刻は一時を過ぎていた。まだ真理奈たちは携帯電話ロボットで遊んでいるが、そろそろお腹も空く時間だろうと和良は思った。
「寮に帰る前に、みんなで昼ご飯を食べていかない?」
和良の提案に一番賛同の声を挙げたのは大志だった。
「おっしゃ、それならマッグに行こうぜ! 確かここから近いはずだしさ」
「マッグ?」
はて、と首を傾げる真理奈を全員が意外の目で見る。
「マッグってねぇ、ハンバーガーとかポテトを売ってるファストフード店なんだけど、結構人気あるよぉ?」
「む、そうなのか? ならば一度足を運んでみるのも悪くは無いな」
全員一致でマッグに決まると、横浜駅西口を出て一路マグドナルドを目指すと、店はすぐ近くにあった。
列に並んで順番を待ち、それぞれ自分が食べたいものを言っていく。初めて来た真理奈は和良と同じものを頼み、全員のトレーが来てから二階の奥へと進む。ソファに左から真理奈、和良、美弥。椅子側には大志、紗和、咲が座った。
大志は食欲旺盛なのかビッグマッグバーガーとてりやきマッグバーガーの二つにコーラと一番多く頼んでいた。一方、アップルパイとマッグシェイクしか頼まなかった美弥は大志の食欲に釣られてお腹が空き、隣に座る和良の方へと詰め寄る。
「カズおにぃちゃん、ミィね、えっびフィレオもちょっと食べたいなぁ」
ダメ? と上目遣いで見てくる美弥に、和良は持っているえびフィレオを差し出した。
「いいよ、半分こしようか」
「ううん、半分も要らないから、一口だけ」
「え、いいの?」
「うん!」
頷いた美弥は小さい口で本当に一口だけ食べると、後はアップルパイの包みを開け始めた。
それを見ていた真理奈も対抗心を燃やして、和良へとにじり寄る。
「うちもえびフィレオ食べたいなぁ、カズくん」
「うん、だからマリちゃんはえびフィレオを注文したんじゃないの?」
「ちゃうねん、せやからね、そんなぁ、カズくんの、」
「え?」
顔を赤くした真理奈が息を大きく吸い込んだ。
「 カ ズ く ん を 食 い た い ん ね ん!」
店内を静謐が襲った。
同じく二階にいた他の客は真理奈の声に話を止めてこちらを窺うように見てきたが、当の真理奈はそんなことに気付かず和良へと詰め寄る。
和良はほとほとに困り果て、苦笑する外無い。
「えっと、ぼくのを、食べたいの?」
念の為に尋ねると、真理奈が大袈裟に首を縦に振った。あまりに早くて残像が見える。
取り合えず自分のえびフィレオを真理奈に差し出すと、真理奈はゆっくりとそれに近付き、カプッと一口だけ食べた。
それを味わうように咀嚼し、ごくんと嚥下する。
「……美味しい?」
「うん、ごっつうまいでぇ」
満面の笑みで言う真理奈に満足して、ようやく和良が食べようとした時だった。斜めに座っている大志が物欲しげにこちらを凝視していることに気付いた。勿論、こちらと言ってもこちらの手元に、だが。
和良は微笑むと、大志の前に自分のえびフィレオを差し出す。
「タイシも食べる?」
「いいのか!?」
ぴょこんと腰を浮かして迫る大志に、和良は頷いた。
「んじゃあ――」
ガプリと一度に四分の一を喰らって席へと戻る。
「んぅ、んめえっ」
「それなら良かった」
そうして和良も食べ始めるが、その光景を見ていた紗和が昂奮して食事が進んでいないので、咲は紗和のお尻を軽く抓った。
「ひゃんっ!?」
「サワ、食べない?」
「あ、ああ、今いただきますえ」
やっぱり変態にはある程度教育として厳しい躾けが必要かもしれない。改めてそのことを感じ入ると同時に、咲は一連の流れを見ていて下級生が尽く和良に餌付けされていることに不安を抱いた。
(これ以上変態が増えないといいけど)
何せ真理奈と紗和だけで変態成分は十分むしろ過剰だった。大志は食欲に完全に支配されているのでまだ大丈夫だろうが、美弥が不安だった。気分屋なところが時折見受けられるが、往々にして和良にべったりである。
自分が上手く立ち回ってあまり変な行動はさせないようにしなければ。
心密かに、咲は決心するのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
相鉄線で帰る途中、米軍基地で行われている桜まつりが目に入った六人は急遽お花見をすることにした。
ゲートを潜って敷地内に入り、金属探知機のゲートを通るとベース内へと入場できた。
道に沿って植えられている桜を見ながら六人は感嘆を上げる。
「雅やねぇ」
「うん」
朗らかに笑いながら桜に見入る紗和に、咲も微笑を湛えて頷いた。ちょうどピークを迎えた桜は美しく咲き誇り、風が吹くとその満開の花弁を風に乗せて散らせる。
その風景を携帯電話の写メで美弥が撮影し、自慢げに和良へと見せる。
「どぉ?」
「綺麗に撮れてるよ」
「えへへ、うん!」
その後ろに続きながら、真理奈は瞳に焼き付けるように桜の一本一本を見つめて、その風流を楽しむ。
隣を歩く大志は真理奈に買ってもらった焼きそばを食べながら、同じく桜を見つめて進む。
「タイシは書家を目指しているんだったな。どうだ? こういう自然を見ると心が清まるものか?」
「んー、書道の心得は見る者にそれを伝えることだかんな。逆に意欲が湧いてくる感じだな」
「そうか……」
その意味を噛み締めながら、真理奈は立ち止まる。
伝えるべきこと。伝えたい気持ち。
たくさんあるが、今はそっと胸に仕舞うことにした。
焦っても、仕方が無いのだ。
「あんな、うち、できればずっと……」
誰にともなく、真理奈は囁いて笑った。
それは誰にも言えない願い。そして、来年には言わなければならない願い。
それでも楽しい今を失いたくないが故に、今はそっと胸に。
(その後)
米軍基地ではしゃいだ為か、美弥が和良の膝に頭を預けて眠っていた。その横に座る真理奈の肩には、満腹になって眠くなった大志が頭を預けていた。
向かい側の席で紗和がその膝に咲を座らせて何事かを話していた。親しげに話す姿は無二の親友のようでもあったが、ある種、姉妹のようにも見える。
「もし本当の姉妹だったら、どっちがお姉さんだろうね?」
和良の質問に真理奈が二人の様子を見つめる。体格や雰囲気で決めるならば紗和だが、どちらかというと紗和が咲に甘えているようにも見て取れる。さしずめ大きい妹と言ったところだろうか。
考えていることは同じらしく、真理奈が小さく笑うとそれに釣られて和良も小さく笑った。
すると、向こうもこちらを見て笑っている。紗和だけならまだ分かるが、咲までもが笑っているのは珍しい。
和良はどうして笑われているんだろうと考えたが、考えても出て来ない。
逸早く察していた真理奈はそんな鈍い和良にもどかしく思いながらも、敢えてそれを言わず、黙って手を伸ばして和良の手と重ねる。
和良は考えるのに夢中なのか、まったく気付かない。
(ニブチンやなぁ……)
小さく、苦笑した。
次話から二章突入! ようやくお稽古始まるお!