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はい、チーズ

 部屋の間取りは2LDKでどちらも洋室。狭くはなく、むしろ四人家族が快適に住めるだろうという広さを確保していた。

 家具類は冷蔵庫やエアコン、テーブル、食器棚、靴箱、洗濯機、ベッド、ソファなど生活に必要なものはほとんど用意されていたが、箪笥とテレビだけは各自負担だった。

 箪笥は嫁入り道具だから一生使えるものを自分で探してほしいという学校側の要らぬ配慮からであり、、テレビはNHKの集金回避のためだった。和良は後者は少しセコいのではないかと、真理奈の説明を聞いて内心では思ったが、それを言うのは憚られた。

「まず今日は外に必要なものの買い出しに行こう。箪笥とテレビと食器と、あとは食料品も買わないといけないな」

 手帳に必要なものを筆記した真理奈がそれを閉じながら言うと、部屋を見て回っていた和良がそれに頷く。

「あとゴミ箱や洗面用具の細々としたものも必要だよね。雨が降った時のために傘も買わないと」

 文字通り身一つで転居してしまったが、少し物を買えば今日からでも普通に生活はできそうだった。

 ダンボールに詰めて送った衣服も爺やに手配して最初の豪邸からこちらに運ばれているらしく、もうすぐ届く予定だった。

 ピンポーン、とチャイムが鳴り、誰かの来訪を告げる。

「爺やさんかな?」

「少し早い気がするが、爺やなら迅速な行動が期待できるな」

 二人が玄関に行ってドアを開けると、正面には美弥がキャミソールにスカートという外出用の姿で着飾って立っていた。

 刹那、真理奈がドアを閉めて鍵をかける。

「なんだ、誰もいなかったな」

「――って、今おもいっきりミィちゃんがいたよ!?」

 真理奈のあからさまな笑顔にツッコミを入れてから和良はドアを再び開ける。

 玄関にはやはり美弥が同じ姿勢のまま立っていた。その顔には困惑の色が強く出ている。

 真理奈は臍を曲げながら眉を寄せて美弥を横目で見る。まるで嫁をいびる姑だ。

「何か用かな?」

「マリちゃん、失礼だよ。――ごめんね、ミィちゃん。それで何かな?」

「ミィね、もし良ければカズおにぃちゃんと買い物に行きたいなあって……ダメ?」

 美弥は両手を組んで甘えた声で懇願してくる。

 ちょうど自分たちも家財や日用品を買いに行こうと考えていたところなので一緒をしようかと、和良は頷いた。

「ぼくたちも買い物に行こうと考えていたし、じゃあみんなで行こう。二人ともそれでいいよね?」

 和良が良かれと思い提案すると、美弥は複雑な心境で躊躇いがちに頷く。

 一番この事態が面白くないのは真理奈だった。

 本当ならば同棲という事実婚の形態に基づいて夫婦同然の蜜月を過ごす計画を昨晩懸命に考えてあらゆる準備をしていたにも関わらず、最初の一日目にしてさっそくその邪魔者が現れたからである。

 昨夜立てた計画通りならば今頃は一緒に食料品の買い物をしながらさりげなく腕を組むはずだった。しかし美弥がいては確実にそれを妨害されるだろう。

 ずいっと体を前に出した真理奈は、美弥の正面に仁王立ちしてその小さい体を見つめ、不意に思い止まる。

(うちと和良の二人じゃと夫婦やけど、間にこん子挟んだら家族に見えるんちゃう……?)

 小さい女の子を挟んで仲睦まじく笑い合う自分と和良の図を妄想し、胸が高鳴る。それは実に、良い。

「えへ、えへへへ……」

 奇妙に笑いだした真理奈に二人は恐れて身を引くが、きっ、と目付きを鋭くした真理奈がそんな二人に笑いかける。

「隣人の誘いを断るのも失礼だからね。私に異存は無いよ」

 和良は真理奈の同意を見て半ば安心し、玄関脇の壁に貼ってあるカードフォルダーからカードキーを抜き取り、靴を履いて外に出る。

 続いて真理奈も出てドアを閉めると、三人で連れ立ってエレベータへ向かう。

 真理奈が和良と手を繋ごうと腕を伸ばすと、その間に後ろから美弥が割って入る。

「カズおにぃちゃん、手ぇ繋ごー?」

「うん、いいよ」

 和良が美弥の伸ばした手を繋ぎ歩く。美弥は無邪気に笑うと、上機嫌でスキップするように歩く。

 それを眺めていた真理奈は頬をリスのように膨らませると、黙ってその後に続いた。



 エレベータから降りてマンションを出ると、なぜかマンション入り口の地面に横たわっている小学生ほどの女の子がいた。

 ボブカットの女の子は三人を見ると、ぺこりと頭だけを動かして挨拶をしてくる。

 三人もそれに応じて頭を下げるが、なぜ地面に寝ているんだろうという疑問は残る。

 真理奈は女の子の横まで歩くと、その肩を抱いて助け起こす。

「君、具合でも悪いのかい?」

 救急車を呼ぶべきだろうかと頭の片隅で考える。

 もし何か重大な病で女の子が倒れていたならば早急に手を打つべきだろう。

 だが、意に反して女の子は顔色一つ変えずに首を振った。

「貧血」

 一言だけそう言った女の子に三人はほっと安堵しながらも、そのまま見捨てるわけにもいかない。

 真理奈が軽々と女の子をおんぶすると、女の子は驚いて「わ」とだけ無感動に発した。

「君、お姉さんにでも会いに来たの?」

 和良が目線を女の子に合わせて尋ねるが、女の子は黙ったままちょんちょんと正面を指差す。

 三人がその方向を見ると、日産のミニバンがマンションの前まで走ってきた。

 女の子を背負った真理奈の前で止まると、運転席から清楚な黒髪が和服に似合う女性が出てきた。

 三人は一様にこの女の子のお母さんだろうかと思ったが、それにしては若い。まだ二十代も前半にしか見えないこの女性が母親であるはずがないだろう。

 女の子の姉だろうかと目星をつけて真理奈がその前へ進み出る。

「あの、この子は妹さんでしょうか? 先ほど地面に倒れていましたが……」

「ありゃぁ。さっちぃったら、あかんくなったら中に入っとってゆうたっしゃろぉ?」

 案じるように心配そうな顔で女性が言うと、女の子は首を振った。

「戻ろうとしたら倒れた」

「ほんなら、しょうがおへんなぁ」

 独特のゆっくりとした言葉遣いとぽーっとした表情からか、和良と美弥はどうにももどかしい気分になる。

 それをあまり気にしない真理奈は女の子を背中から下ろすと、どこか見覚えのある女性を見ながら、はてと首を傾げる。

「うち、もしかしてアンタと会ったことあるんちゃう?」

「ん~? あてはそない記憶ありゃしまへんけど、もしあてが忘れてはるんだけやったら堪忍どすえ」

「そやったかな……あ、確かサワちゃんやったよね? お互い十年以上前で忘れとったんやけど、ほら、うちが大阪の実家いるときに茶道のセンセに付いて来ぃひったんがサワちゃんやったろ!」

 パンッ! と、左手を右手の拳の底で叩いて言う真理奈に、紗和と呼ばれた女性も口の前で両手を叩いて朗らかな笑みを浮かべる。

「せやなぁ! あてもあんたはんのこと思い出しはりました。いやぁ、えらいべっぴんさんになったどすなぁ!!」

「アンタもやんかぁ。うち、すぐは分からへんかったもん」

 女子二人が意気投合して思い出話に耽るが、それを和服の裾を引くことによって止めたのは女の子だった。

 紗和と呼ばれた女性は女の子に向き直ると、「えろう待たせて堪忍どす」と謝る。

 女の子は頭を振ると、停めてあるミニバンの助手席に自ら入る。

 紗和が三人に振り返った。

「あてらこれからちょっとそこまで行きはるんやけど、一緒にどうどす?」

「ええの?」

「かましまへん」

 にっこりと笑った紗和に甘えて、三人はミニバンの後ろに乗ることにした。

 最初に真理奈が運転席側に座り、間に和良が入って最後に美弥が入る。

 助手席に乗っている女の子と紗和がシートベルトを締めて、車は発進した。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ミニバンとはいえ、車内はそこまで広くない。後部座席に座る三人は少し詰めた状態になっていたが、なぜか両サイドが心なしか僅かに隙間が空いていた。

 和良はそれを見て狭いのにどうして更に狭まってくるんだろうと謎に思いはしたが、二人とも満足そうな表情を浮かべているのであまり気にしないことにして、ずれた眼鏡をかけ直して運転席の紗和を見た。

「サワさん、でしたよね? その子は妹さんですか?」

 バックミラー越しに目線を一回だけ合わせると、紗和は朗らかに笑う。

「さっちぃはルームシェアしとりはすルームメイトどす。学年もあてと同じ横女の二年生どすえ」

「茅賀咲。さっちぃ」

 短く自己紹介した咲を三人は見遣るが、どうしても小学生くらいにしか見えない。

 気を取り直して三人もそれぞれ自己紹介することにした。

「ミィは横女の新入生で鴨野美弥だよ! よろしくね!」

「私は横葉真理奈。今年度から横葉芸能専門女子学院の寮の舎監を任ずることになった。何か寮に不備があれば私が承ろう」

「「ええっ!」」

 車内に美弥と和良の驚きの声が上がった。聞き覚えの無い話である。

 しかしこれで和良は腑に落ちることがあった。今朝の寮の受付で女性が真理奈の要請ということで美弥の部屋を特別に用意したのは即ち、この寮の管理人が真理奈だったからだろう。

 それにしても前の二人が動揺をまったく出さないどころか、逆に二人の声に驚いている様子を見ると事前に知っていたようである。

 バックミラー越しに和良の表情を見ていた咲が無表情に口を開いた。

「昨日の夜に寮の掲示板で新しい舎監が横葉財閥の長女であることが書かれていた」

「あても知ってましたえ」

「サワー、嘘はよくない」

 ぼそりと言った咲に「サワーはあきまへん」と、ぴしゃりと紗和が言い放つ。どうやらサワーというあだ名はNGワードのようだ。後ろの三人にはその陰影に一瞬般若が見えたからだ。

 柳に風とそれを受け流す咲は体を反らして後ろを向くと、和良のことを指差して「男」と指摘する。どうやら紗和も気になっていたらしく、横目でちらりと和良を見てくる。

「えっと、ぼくは今日からマリちゃんと一年間同棲して花婿修行をすることになった小田和良です」


「「「え?」」」


 真理奈以外の三人が表情こそ違えど皆一様に驚く。一人、真理奈だけが泰然と車のソファに深く腰をかけて自慢げに相好を崩している。

 理解できないと言わんばかりの前二人と、何か悔しそうに臍を噛む美弥を見ながら、和良はまたもや何か変なのだろうかと慌ててしまう。元々、真理奈は我が強く常識に疎いので本来なら大切なはずのことを言い忘れてるときがある。今朝の、寮が女子寮であることにしてもそうだ。まさか女子寮に男の自分と入るなどと予想できるはずがない。

 更に言えば、今さらだが真理奈は横葉財閥の長女だ。所謂、お嬢様なのだ。そんな身分も違う相手が庶民の自分と同棲するというのは一種のスキャンダルなのではないかと心配の種は尽きない。

 そんな和良の心配を余所に、隣に座る真理奈が重々しく口を開いた。

「ふふん。何か問題でも?」

 真理奈の言葉になべて押し黙る三人に、和良は不安が募る。

 何か重大なことをまだ言われていないような気がするが、それが何であるか思い出せない。だが、和良の頭の片隅に何かが引っ掛かるのは事実だった。

 和良が手を挙げて真理奈に直接尋ねようとした時だった。車が止まって目的地への到着を知らせる。

「着きましたえ」

 駅前のショッピングモール『ViVAWALK』の駐車場だった。

 五人が降りてショッピングモールの入り口まで行くと、柱のところにそれぞれの建物に入っている店の名前が書かれており、それが服飾関連なのかレストランなのかなどもしっかりとカテゴライズされていた。

 五人がそれぞれ別れて買い物をするか纏まって順番に買いたいコーナーへ足を向けるか話し合った結果、年下の三人の荷物が多くなりそうということで荷物持ちとして年上二人が同行することになった。

 店内に入って早速、五人は目の前を通過する『ビバ☆ポッポ』というミニトレインに遭遇した。これはこのショッピングモールだけがやっているサービスで、幼児を乗せたミニサイズの機関車が店内を走って回るのだ。

 美弥が興味深そうに携帯電話のカメラ機能で写メを撮るので、真理奈を除いた三人もめいめいが携帯電話で記念に撮影する。

「マリちゃんは撮らないの?」

「む? それ以前に私は携帯電話を持っていないからな」

 あっけらかんと言う真理奈に他の四人が意外な顔をする。横葉財閥の長女なのだから携帯電話の一台や二台、いや、もしかしたらスマートフォンも含めて三台くらい持っているとばかり思い込んでいたからである。

 それを見て取った真理奈が顔を少し赤らめる。

「以前に一回持ったことがあるが、メールが来て内容を見ようとしたらインターネットの画面になったり、通話が来たので折り畳みを開いてみたが一向に通話が繋がらず着信音が鳴りっぱなしだったりと、何だかよく分からなかったので結局使わなかったのだ」

「マリちゃん、それは『使わなかった』んじゃなくて『使えなかった』んだよね?」

 微妙な言葉のニュアンスを和良が正すと、真理奈がそっぽを向いて不貞腐れた。

 そんな様子におかしさを覚えた紗和が、最後に記念にと四人が集まってビバ☆ポッポを背景に写真を撮ろうと提案した。

「せやったら撮ろうなぁ。はい、チーズ」

 和良を中心にして左に真理奈、右に美弥、そして和良の正面に和良のお臍の辺りまでしか身長がない咲が並んで記念撮影をした。

 最後にメールアドレスを四人で交換しあって撮った画像を回してもらうと、紗和は満足したように店の入り口を目指す。それに当然のように他の四人も付き従う。

「いやぁ、今日はほんま、楽しかったなぁ?」

 紗和が朗らかに笑いながら言うと、うん、と咲が無表情に相槌を打つ。嬉しそうに最後に皆で撮った画像を見ている美弥や真理奈を見つめながら、和良はふと思った。

「あれ? ぼくたちって買い物に来たんじゃなかったの?」

 その一言に四人は束の間、買い物? と首を傾げるが、すぐに思い出して手を打ったり頷いたりする。

「そうだったな、さすがカズくん。すっかり忘れていたよ」

「カズおにぃちゃんが思い出さなきゃ、ビバ☆ポッポで満足して帰っちゃうとこだったね!」

「ほんまやねぇ」

 咲までもが同意するようにコクコクと頷いている。

 このメンバーは本当に大丈夫なんだろうか?

 和良は激しく不安に駆られながら、自分が保護者としてちゃんと見張っていなければと強く思った。



 最初に家具を見に来た五人は、箪笥を見て回りながらそれぞれを品定めしていくことにした。

 まず美弥がオーソドックスな桐の衣装箪笥のところに行く。

「これとかはどぅお?」

 美弥が尋ねてくるので和良は百四十五センチのそれを隅から隅まで見て唸る。

 全体的に無難なそれは八段ほどの収納スペースがあり使い勝手も良さそうだが、引き手がスリットに指を引っ掛けて引くタイプではなく取っ手があってそれを掴んで引くタイプなのが気になった。

 これではもしも服を取ろうとした時に地震が起きたりしたらこの突起に体をぶつけてしまうのではないか。

 そしたら痛いだろう。美弥の体はそこまで丈夫そうではなさそうだし、引き手はスリットタイプのものがいいのではないだろうか。

 しかし美弥が選んだのはこの桐の箪笥であり、きっとこれくらいのサイズで八段の収容スペースがあることに魅力を感じたのではないだろうか。

 真面目に悩む和良の横で、美弥がとてとてとどこかに向かう。

「あ、ミィ、これにする」

 見ると、前面にミストガラスが張られたクローゼットタンスであり、引き手は無論、スリットに指を引っ掛けて引くタイプだ。

(ぼくが悩んだのは一体何だったんだろう?)

 甚だ疑問には思うが、美弥が自分にあったタンスを見つけたことに満面の笑みで祝福を送ることにした。

「うん、ミィちゃんらしくてカワイイと思うよ」

「カズおにぃちゃん、ありがとー!」

 そんな様を遠くから見ながら、真理奈だけはそれを微笑ましく思っていた。

「ええなぁ……カズくんとうちの子供できたら、カズくんあんなん子煩悩なおとんになってくれそうやわぁ」

 きゃっ、と顔を赤くして恥じ入る真理奈を見ながら、ふぅっ、と紗和が嘆息を吐いた。

「女の子が青春してはる姿って見てはってこう――キュンッ、て来ぉへん?」

「知らない」

「やーん、さっちぃはイケズやぁ」

 なぜか嬉しそうに自分を抱きしめてくる紗和を見ながら咲は、紗和が時々こうして変態になるのを呆れて半ば諦めていた。

 犬が発情期に入ってるようなものだろう。大体そういう認識だった。そして真理奈の方を見て、紗和の同類ではないだろうかと案じるが、あちらはどうやら紗和と違い同性に対する変態ではなく異性に対する変態っぽかったのであまり気にしないことにした。

 そうして、結局真理奈は実家からタンスを運び入れる手はずを既に整えていたこともあって、美弥のクローゼットと和良の透明な衣装ケースを購入し宅配の手配を済ませると、五人は次のフロアに向かうことにした。

 家電コーナーだ。

 ここは真理奈と美弥だけでなく、アナログテレビをデジタルテレビに買い換えるつもりで来た咲も加わり、自然、咲のルームメイトである紗和も一緒になってどれがいいか話し合っていた。

「カズくんはアクエスとピエラどっちにしたい?」

「う~ん、画質や性能を考えるとピエラかな。あ、ブラピアとかはどう?」

 和良が店頭価格で割引されている少し前の型を尋ねると、横にいる咲がそれに頷いた。

「それにする」

 何の躊躇もなく選んだ咲に全員が注視すると、咲は不思議そうに首を傾げた。

「何?」

「あんなぁ、さっちぃって普段から寡黙やから、みなはん積極的なさっちぃ見て驚いとりはるんやぁ」

「別に、あたしもみんなと一緒にいるのは楽しい」

「ややわぁ、かわえー!」

 真理奈が黄色い声を上げて咲を抱くと、それに乗じて紗和も「ほんまやぁ!」と抱き付いてくる。

 咲の中で真理奈が両刀の変態と認識を改めた瞬間だった。そうして変態の順位が真理奈と紗和で入れ替わったが、それを知る者は誰一人としていない。

「ほらマリちゃん、あんまり抱き付いてるとさっちぃも迷惑だろうから離れて」

「はーい」

 和良が嗜めると真理奈と紗和は大人しくそれに従った。本当にこのメンバーでは自分が保護者として面倒を見ないと周りに迷惑をかけかねないと心配に思いながら、今度は自分たちのテレビを選ぶことにした。

 美弥も機械には疎いらしく、真理奈と美弥の二人が和良に寄り添う形で店内を練り歩く。

「ミィちゃんみたいに一人暮らし用の小さいテレビがいいならベグザがいいんじゃないかな。ベグザリンク機能とかもあって周辺機器も接続さえしてしまえば操作が楽だし。うちは結局最初のピエラにするけど」

「うん、そーするね!」

 そうしてテレビも購入してこちらはミニバンの後ろに載せようということで、一旦店員に大きな箱を持ってもらって五人は車まで行くと、今度は別の棟にある食料品コーナーへと足を向けることにした。

 時刻も三時を回り、それなら夜はみんなで誰かの部屋に集まって鍋料理をしようと美弥が言い出した。

「ええなあ。せっかくこうして仲ようなったさかい、そないしよう」

「私も異存はないよ」

「あたしも、それでいい」

 他の女子三人も賛同したところで、和良も頷いた。

「それじゃ、今日はみんなで鍋パーティーだね」

 おー! と口を揃えて威勢のいい声があがる。

 和良は最初はどうなることかと思い悩んだが、意外とこのメンバーでいることが楽しくなり始めている自分に気が付いて、苦笑した。

「む、どうかしたのか?」

 振り返って尋ねてくる真理奈に、和良は笑いながら歩き出す。

「楽しいな、って思って」

「そうか。それなら私も本望だ」

 同じく笑った真理奈と並んで歩く。その前にはViVAWALKの中央に建っている五重塔がある。それを見ながら、和良はふと思った。


 まだ全員が入った記念写真が無かった、と。


「ねえ、このポールの上にセルフシャッターでカメラを置いて、五人で撮らない?」

 和良の提案に従い四人が五重塔の前に立つ。

 和良はポールに携帯電話を置いてピントを合わせると、セルフシャッターにして撮影ボタンを押す。

 ピッ、ピッ、ピッ。カシャッ。

 五人が揃って撮った写真は、和良だけが背中を向けながらも、頭だけ慌てて後ろに振り返って写っていた。



(その後)



 鍋パーティーは、食器を買い忘れてしまった年下三人の部屋では行えないということで、奇遇にも同じ15階のB号室に部屋を借りている紗和と咲の部屋で行われることになった。

 和良と真理奈の部屋と同じく2LDKの大きな部屋なので五人が入っても狭さは感じず、キッチンで紗和が料理をしている間、暇を持て余した美弥と真理奈、それに変なことをしないように見張り役として和良が加わった三人で部屋を物色する。

 玄関を入って手前の部屋はわざわざ畳みが持ち込まれており、桐箪笥や、茶道道具が入った棚などが部屋には置かれていた。

「何となくサワさんの部屋だって分かるね」

 和良の言葉に二人が頷きながら物色を開始するが、特に目立ったものは見当たらず、次の部屋に移ることにした。

 お次はブルーのカーテンや本がたくさん埋まっている書棚、そして部屋の隅には和弓が二本あった。だが、左右で長さが違うことに三人は首を傾げた。

「片方は和弓といって二メートルの正式なもの。短い弓は四半弓といって座りながら射を行うための弓」

 いつの間にか後ろに控えていた咲が解説してくれたので、三人がなるほどと納得しながらまじまじと弓を見つめる。

 咲はしばらくその様子を見守っていたが、やがて再び口を開いた。

「サワが料理できたからダイニングに集まってと言ってた」

「あ、それなら今すぐ行くよ」

「え、もうちょっと見て……」

 美弥が駄々を捏ねるが、和良は問答無用で美弥の手を引いて部屋を後にした。

 そして残った咲は、本棚の後ろにひっそりと隠されていた官能小説が動いていないことを確認すると、急いで部屋を出てダイニングに向かった。

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