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自分と竜と仮想世界  作者: 狐白
第2章 銀色少女の紡ぐ唄
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第9話 遁走曲(フーガ)《Ⅰ》

頭を傾かせると視界に銀色が映りこむ。妹とお揃いの自慢の髪。

今そこにあるのは自分のものか、それとも妹のものか。



彼女は目を覚まさない。



固く瞑った目は一向に開く素振りを見せない。目蓋の向こうにある青い瞳は何を映しているのか。

きっと何も映していないのだろう。そこは真っ暗な世界。何もありやしない。


手を伸ばせば届く位置に彼女はいる。

今だってこうして髪の毛を触っている。真っ白な雪のような頬だって、紅梅色の唇だって、小さな可愛い耳だって、今にも折れてしまいそうなほど細い腕だって、触ろうと思えばすぐに触れる。頭だって撫でてあげられるし、汗をかいたらタオルで拭いてあげることも出来る。今は無理だけどご飯だって食べさせてやれる。


でも、足りない。満たされない。


「・・・まだ足りない。全然足りてない。」


足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない。

分かってる。そんなことは最初から。


でもそれを満たしてあげることは、自分には出来ない。自分は持っていないものだから。それはどんなに努力しても手に入らないもの。

でも、妹を救えるのは自分だけ。他の奴らに妹は救えない。救わせない。自分が、自分だけが、彼女を愛せるんだ。彼女も自分を愛してくれている。勿論自分も彼女を愛している。


そのためなら何でもする。だから、


「・・・ティオ、お願いだ。・・・独りに、しないでくれ。」


それでも彼女は目を覚まさない。










                       ♪











いつ来ても市場は賑やかだ。

客寄せしている男性、商品の説明をしている妙齢の女性、値切りまくる主婦、ただぶらぶら歩いている青年、追いかけっこをして大人に怒られている三人の子供、その傍らで大人しく座っている犬。とにかく色んな人が入り混じる此処は常にある種の熱気に満ちている。


「流石市場、といったところだな。」


横で夏がぼそっと呟く。まぁその言葉には同意するが。

今すれ違っただけでもかなりの数の亜人がいた。


「耳が尖っているのはやっぱエルフか?」

「うむ。たしかにエルフは耳が尖っているが、それだけで判断することは出来ない。妖精の血が混ざっている種族、“ジフェアリー”なんかも耳が尖っているからな。」

「なるほど。」


見分け方としては、背中に透けた羽根が生えているかいないかで判断できるらしい。ただ背中に羽根を生やす種族はまだ他にも結構な数があるから“透けている羽根”がポイントなんだとか。あと大抵は背が低い。

もうとにかく数え切れないほどの種族があるらしいので、一々気にしていたらキリがなさそうだ。でもやっぱり気になる。猫族、とかっていんのかな?猫耳と尻尾は?出来ればそのまんま猫であって欲しいものだ。女の子にネコミミ生えているのもなかなかそそる光景だけど、俺的には生猫が二足歩行してる姿が見たい。因みに今のところ見かけていない。


周りをきょろきょろと見回して、生猫をどうにか視界に入れようとしているところに夏から声がかかる。そこに行ってみると、綺麗な石が数個布の上に並べてある。宝石の露店?こんなに無防備にさらけ出してよいものなのか?

夏が手にとっているのは水色に輝く3cmくらいの石。アクアマリンっぽい。


「宝石なんか買ってどうすんだよ?」


真剣な表情で石を眺めている阿呆は返事を返してきやがらなかった。今殴って石を落としてしまったら一大事だからやらないけど、それを手から離したときがお前の最後だからな。


「ん?なんだいそこの兄ちゃん、魔石を知らないのかい?」


この露店の主人が話しかけてくる。“ませき”という聞きなれない単語に興味を覚えて、視線をおっちゃんに向けた。


「これ、宝石じゃないのか?」

「違うよ。これは“魔石”といって、そこら辺に転がっている普通の石っころに魔力が溜まって出来たものさ。溜まる属性によって輝く色、溜まっている量によって輝き度が変わってくる。今そこの赤髪の兄ちゃんが手にとって見てるのは、水属性の魔石だな。因みに人工魔石な。」


人工魔石って何?と聞いたところ、石に魔術師とかが魔力を籠めたものを“人工魔石”と呼ぶとのこと。人工があればその反対も然り、自然に魔力が石に溜まったものを“自然魔石”という。ただ自然魔石の方が質がいい場合がほとんどなのでそちらのほうが高値で取引されるのだとか。


「これってどういった使い道があるんだ?」

「基本的には自分が使えない属性の魔術を発動させるためだな。1番身近なものであげれば火打ちとかも火属性の魔石で作られている。火は生活に欠かせないし、火属性の恩恵を授かる人が多い所為か火属性の魔石は他のものと比べて安価になっている。」


それ以外にも魔力補給や、明かりなどに使われているようだ。街灯も火属性の魔石で光っているらしい。街頭には光属性の魔石なんじゃないか、と思って聞いてみたが、光と闇は古代属性で属性を持っている人がいない、自然でも滅多に発現することがないとかで、とてもじゃないが街灯に使える代物ではない、と。値段としては古代元素の魔石は元素属性の魔石の約三倍。他のと比べて比較的安い元素属性の魔石の相場であっても大体銀貨五十枚。それなのにその三倍とか、どうであっても手は伸ばせそうにない。

乾いた笑みを浮かべながら露店に並んでいる魔石に視線を滑らせた。やっぱこんなとこにぽろっと置いちゃ駄目じゃん。いいの?おっちゃん、これじゃ簡単に盗まれっちまうぞ?


「さんきゅ、おっちゃん。」

「はっはっは、こちらとしては礼より何か商品を買っていってもらうのが一番嬉しいんだけどね。」

「それはこの阿呆に言ってくれ。」


しゃがんで露店に並んでいる石に興味深々の親友の足を軽く蹴る。


「親友を足蹴にするとは・・・いい度胸だな、夜よ。」

「本当なら今此処で一発殴りたかったのを抑えた俺の気持ち分かるか?」

「分からん。」

「お前いつも人の心読んどいてよくそういうこと言えるな!」


どうやら夏は手に持っている青い石を買うらしい。この魔石は人工で作られたものかつ生活必需品の一種らしいので銀貨三枚で買えた。それでも高いと思うけど。







「で、それ買ってどうするんだ?」

「ふむ。これはお前のものだ。ほら。」

「わー馬鹿投げるなよ!落としたら大変だろうがっ。」


ひょいっと魔石を投げてきたので慌てて両手で受け取る。正直目茶苦茶焦った。落として割ったらどーすんだ!水属性だからだろうか、ひんやりとしていて触っていると気持ちいい。

・・・にしてもこの金持ちめ。高価なものを粗末に扱う奴は全部俺の敵だ!これ日本円に換算すると三万円だぞ!?全く最近の若者は。あ、俺も若者だけどさ。


「少しは魔術を習得するのに役に立つんじゃないか?」

「あぁ、そういうことか。」


イメトレに役立てろと。つまりそゆことですよね、夏さん。

三万円は決して無駄にしない。ありがたく使わせてもらいます。失くさないようにコートの内ポケットに入れておく。

別に大金を持ち歩いているわけではないのに、この魔石のおかげで歩いている間中変に気を張ってしまいそうだ。


「おっ、これは・・・」


また夏が何かを見つけたようだ。どうせまた結構な時間そこに居座るつもりだろう。


「俺、違う露店見てくるから。」

「あぁ。迷子になるなよ「ならねぇよ!!」


ったく人のことなんだと思ってんだあいつ。高校二年にもなって迷子なんてするはず・・・前科があったか。くそっ、反論できねぇ。







夏が没頭している間に俺は“要”を探してみようかと思ってそこら辺うろうろしていたのだが、形が分からないためどれが“要”なのか全く分からない。もしかして露店には売っていないものなのか?だとしたら市場ではなく商店街のほうに行ったほうが良い。夏のところから少し離れてしまった。

一旦戻ってあいつにそのことを言ってからにするか。あいつもそろそろ見飽きた頃だろうし。多分。


「ちょっとそこのおにいさん。」


こっちで方向あってるよな・・・?あんま遠くには行ってないから大丈夫だとは思うが・・・こう行って、そんで右に曲がれば・・・。


「おーい、聞いてるー?そこの人。」


確認は済んだ。これで迷うことはないだろう。よし、出発するぜ。いざ、尋常に!


「えっと、もしかして耳が聞こえない人だったかな・・・。身振り手振りで伝わるといいんだけど・・・ちょっと、そこ、の、おにいさん!え?待って待って!!行かないで、話を聞いてくれよー。」

「・・・・・。ちっ。」


なんかすっげぇ面倒臭そうなのに捕まった。

せっかく聞こえないふりをしていたというのに、足首をがっしり掴まれた。これじゃあ逃げられない。あ、でも自由がきくもう片方の足で蹴飛ばせば良かったか。今からでも遅くはない、か?


「えっ、舌打ちされた!?しかもなんか“面倒だから僕の手蹴ろうとしてる”雰囲気がどことなく漂ってるんだけどぉ!!」


すっげぇピンポイントで当てられた。

なんだこいつ。

フードを目深に被っていて顔が見えない。ただフードから零れ落ちている髪は神秘的な薄紫だった。多分声的に男。露店を開いているのだから商売人なんだろうけど、そこはかとなく怪しい。こいつに関わったらなんだかいけない気がする。やべっ、これって思いっきりフラグ?


「そんな嫌そうな顔しないでさー、僕の話少しだけでもいいから聞いておくれよ。え、良いって?ありがとう、君ならそう言ってくれると信じてたよ!」


え?君って誰のこと言ってんのこいつ。

周りを見回してもこいつの目の前にいるのは俺だけ。俺、いつの間に首縦に振ったっけ?振ってねぇよな?承諾もしてないよな?


「というか足首いい加減離せよ!」

「だーめ。離したら逃げるでしょう?君。」


当たり前だろ。こいつ、力が強くて足を少し捻ってもびくともしない。つーかマジで蹴るぞ。


「まぁまぁ。僕さ、君を見てピンときたんだ。君ならこの頼みごとを聞いてくれるって。」

「断る。離せ。」


嫌な予感。


「やだなぁ。冗談きついよー。君と僕の仲じゃないかー。でね、その頼みごとなんだけどさ。僕と一緒にこの街の近くにある遺跡に行って欲しいんだぁ。」


的中?


「君今は大分綺麗になったけど、血まみれの子でしょ?最初見たときに強そうだなぁって思ってさ。一人じゃ魔物を相手に出来ないんだ。だからお願い、ね?」


男が男にウィンクすなっ!!気持ち悪いわ!

というか何勝手に喋ってんのこいつ。え?何?キコエナイ。


「え、引き受けてくれるって?わーありがとう!僕の名前はレィシス。よろしくねー!」


いつの間にか両手でぶんぶんと握手をさせられていた。そして気がついたら何故か俺がこの話を承諾したことになっていた。あれ?俺何も言ってないよ?勝手にこいつが決めてるだけだし。俺関係ない。


「君の名前はー?・・・・そっか。ヨル君だね?あ、僕のことはレィって呼んで。」

「―ッ!!?」


一瞬背筋がぞわりと粟立つ。勢いで握られていた手を無理やり放した。距離を取る。

俺、名前言ってねぇのに・・・・何故だ?こいつ、一体?

先ほどまで油断していたが、今度は気を引き締めて相手を観察する。隙を見せてはいけない。そんな気がする。こいつはいろいろと危険だ。


「ふふっ、大丈夫だよ。ヨル君。君の“秘密”は誰にも話さないから。だから、ね。その代わりといっちゃあなんだけど、僕の手伝い、してくれるよね?」


フードから覗き見える銀色の瞳。逃げられない。

そう確信した瞬間だった。






                             第9話 終わり


2012/2/13改訂

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