第6話 小夜曲(セレナーデ)《Ⅰ》
「くっそ・・・落ちねぇ。」
例の盗賊たちに宿を案内されて、俺たちはようやく本当の意味で気を休めることが出来た。
とても素朴な雰囲気で、女将さんの気立てがいい、宿泊料は比較的安価で料理も旨いと噂の人気宿屋らしい。普段は客が多くて予約しないと泊まれないことも多々あるらしいが、何故か盗賊たちの顔ききで泊めてもらえることになった。こいつらも少しは役に立った、ということなんだろう。
そんで此処の宿の魅力的なところは銅貨一枚で風呂に入れるところ。大浴場形式だが悪くない。今の時間帯は昼前なので風呂に入ろうとする客はあまりいないらしくほぼ貸切状態だ。
というか、貸切状態で助かった。
実を言うとこの宿に泊まるときひと揉めあったのだ。
この血だらけの容姿の所為で、他の客が怖がるからと一度断られてしまうという。こんときは本当に傷ついた。しかもそこで役に立ったのが盗賊たちと夏の口説き文句という非常に腹立たしい結果。
―ごっしごっしごっし
ここは石鹸などを自分で持ち込みしないといけない。少し奮発して買った高級石鹸で頭を洗っているが全く泡が立たない。
目の前の鏡に視線を向ける。元は黒髪なのに血がこびり付いている所為で赤黒い不気味な色になっている。どうにかして落とさなければ。でも落ちない。
―ごっしごっしごっし
身体の方はなんとか落ちた。服に大部分を吸収されていたようで。それでも全身を落とすのに1時間はかかったけど。
というか何時間風呂入ってるんだよ俺?時間制限なくて良かった。
「・・・マジ落ちねぇし。どうすんのこれ。」
「ふむ。基本的に血は時間が経つにつれて落ちにくくなってくる。だから本当ならば早めに処理するのが好ましいんだが。主な成分はたんぱく質でな、お湯で洗うと逆に落ちにくくなる。洗うときはぬるま湯か水だぞ。」
「先に言えよ馬鹿!」
思いっきりお湯で洗ってたぞ俺。
「ふむう。そういえば服を調達しておいたぞ。ほれ。」
「お、悪いな。」
タオルで頭を拭いていたので片手で差し出された服を受け取る。流石にもうあの制服は着られないだろうな。すっげぇ高かったのに。一応大切にしてたんだ。着られなくしたら母親の雷が落ちるだろうから。もう関係なくなったけど。
因みに受け取った服はシンプルだった。意外だ。夏のことだからへんてこりんなデザインの服を買ってくると覚悟してたから。あいつ、ファッションセンス最悪だしな。
「聞こえているぞ。せっかく人が親切でお前に似合いそうなものを買ってきてやったというのに。」
「悪い。だって本当のことだから。」
「謝罪になっていないぞ。」
黒いパンツに白いTシャツ。上に羽織る黒の薄い生地のコート。裾が太腿辺りまでくる長めのものだ。ブーツは焦げ茶色で全体的に丸く収まってる。夏にしてはなかなかなんじゃないか?
「にしても本当に落ちとらんな。というか前より気味が悪いぞ。黒と赤が斑になっていて。」
「はぁほんと最悪だ。あの野郎・・・生き返らせるなら身体ぐらい綺麗にしろよ。」
「ん?」
「あ、いや。何でもねぇ。」
にしてもこれ、放っておけば自然に落ちるだろうか。あぁ、髪が伸びて全部生え変われば問題なくなるな。っていつまで待てばいいんだよそれ。
「遅いが今から昼飯を食べにいくぞ。この宿は朝晩しか出ないからな。」
「ふぅん。そういえば盗賊たちはどうしたんだ?」
「知らん。もういいだろう。一応役には立ったからな。」
もし役に立たなかったらどうしてたんですか夏さん!?
あれか、地の果てまで追いかけて貴様たちの命を奪う、とかそんなんか?
「はは、なかなかお茶目なことを言うではないか。そんな地の果てまで追い掛け回す価値すらない。そうだろう?」
「だから心を読むんじゃねぇよ!怖ぇよお前!」
鳥肌もんだろこれ。軽くホラーだよ。
♪
昼飯食べたり市場を見学してそろそろ夕飯食べに帰ろうぜ、と宿に向かっていたときの話だ。
「やばい迷った。おまけに夏と逸れた。」
人が多すぎだろうこの町。いくら首都の手前の町だからといって此処まで賑わっているとは思わなかった。日が完全に暮れてしまう前には宿にたどり着きたいものだが、どちらに行けば良いか全く検討がつかない。
こりゃそこら辺にいる人に聞くしかないな。
といってもだ。なるべく人通りが少ないほうへと歩いていたから辺りに人は見当たらない。裏路地を通っているわけでもないのに。今立っているのはきちんと整備された街道だ。あ、今街灯が灯った。
辺りを見回してみると近くに寂れた小さな公園があった。
寂れたといったのには理由があって、遊具がブランコしかないのだ。椅子も1つ。そして人っ子一人居ない。恐らくもうそろそろ日が暮れてしまうからだろう。
どうも公園の中にあるブランコに目が惹かれる。ど真ん中にポツンと寂しく設置してあるそれ。
「乗るか?」
なんとなく引き寄せられたかのようにふらふらとブランコに近づいて椅子に座る。尻が冷たい。でも色々あって疲れてしまった身体を休ませるのに適当な場所が見つかったからよしとする。ここは喧騒から離れていて居心地がいい。
にしてもブランコに乗ったのはいつ以来だろうか。多分中学高校とずっと乗ってない。漕ぐたびになる金属の擦れる音が懐かしい。ギコギコと響く。
―ザッ
砂地を蹴る音。公園の後方の入り口からだ。ぐっと首を後ろにやると、そこに小さな少女が立っていた。
十歳くらいだろうか。一言で言えばドイツ人っぽい。銀色のウェーブがかった髪は腰まで綺麗に流れていて、前髪の右のほうを軽くリボンのピンで留めていて、びらびらと走りずらそうなゴシック調のドレスを纏っている。そして1番目を惹くのが等身大はあるんじゃないかと思われる、どでかいうさぎのぬいぐるみを所持しているところ。目茶苦茶重そう。そして碧い瞳は驚愕に見開かれこちらを向いている。
これはこちらから話しかけたほうが良いのか?あ、もしかしてブランコに乗りたいのか?
揺れる勢いを利用してしゅたっとブランコから降りて着地する。これ昔流行ってどれだけ遠くに飛べるか競争してた。懐かしい。
「ごめんな、すぐに気がつかなくて。ブランコ空いたよ。」
首を傾げる少女。
それからてこてことブランコの近くに歩いてくるが乗ろうとはしなかった。あれ、ブランコに乗りたいんじゃなかった?
ブランコを通り越して何故か俺の真ん前へ。ぎゅっとコートを掴まれる。
「・・・おにいちゃん、いっしょにあそぼ?」
「・・・・・ッ。」
上目遣い。何処か寂しそうな表情。小さい手。
もう断れるわけないじゃん。ね。
「じゃあブランコ、一緒に乗るか?」
「・・・うん。」
膝の上に乗っかっている小さな少女。後姿しか見えないからどんな表情をしているか分からない。そういえば親は?家に送ってあげたほうがいいのでは?もしかして迷子かもしれないし。・・・って俺もじゃん。でもこれ以上遅くなったら親が心配しそうだけど。一応聞いておいたほうがいい気がする。
「ティオ!!良かったここにいた!駄目だろ、勝手に外に出たら兄貴が心配する!」
唐突に声が響く。それと同時に少年が一人、公園に入ってくる。
その少年に見覚えがあった。あの盗賊の中に一人だけ混じっていた少年だ。
揺れていたブランコを足で止めてから少女を下ろす。
こちらに近づいてきた少年はやっと俺の存在に気がついたようだ。指を指される。
「こ、こいつ!!ティ、ティオ、早くこっちに来い!!そいつは危険な奴なんだ!!」
「・・・どいつもこいつもっ。・・・ほら、早くいきな。」
舌打ちしたいのを我慢しつつ、軽く少女の背中を押すが何故か動こうとしない。逆にコートを掴まれてしまう。少年の表情が焦りに染まっていく。
「な、何やってんだよ!ほら早く!!ティオ!!」
「・・・いや。このおにいちゃん、きけんじゃないもん。」
もうこの言葉を聞いて涙がほろっと出そうになった。この世界に来て初めて優しい言葉かけてもらった気がする。でも。
「今は危険じゃなくても夜になったら怖い魔物になっちゃうかもしれないぞ?」
「ひぃっ!い、行くぞティオ!!」
今度こそ涙目になった少年は強引に少女の腕を掴む。そして駆け出そうとした・・・ところを俺がまた少年の腕を掴む。
「な、なんだよぅ!お、おれ俺は食ってもうまくないぞ!!」
「あぁ俺もお前なんて食いたくねぇし。それよりこの子送ったらまた此処に来てくれないか?」
「え!!?やっぱりお、おれのこと殺す気なのか!?」
「いや、そうじゃなくてだな。」
「じゃあなんなんだよ!!早く放せよ殺人鬼!」
「―ッ、だ・か・ら、一回黙れよこの餓鬼がッ!!」
「っ!!」
少年はぴたっと騒ぐのを止める。
殺人鬼という言葉がひっかかってついプッツンしてしまいそうになった。危ない危ない。このつけは全て夏に回そう。こんな自分より年下の子供にマジギレなんてするもんじゃない。
「悪い。で、俺はただお前に宿まで案内してもらいたいだけなんだよ。」
「え?」
逃げようとしていた体勢が変わる。少しはこちらの話を聞いてくれるようだ。逃げることもなさそうなので腕を放してやる。
「迷子なんだ。」
「は?え?誰が?」
「俺が。」
「・・・・はぁ!?」
待てそこまで驚くことでもないだろう。
先程まであった恐怖心がすっと少年から消えていったのを感じた。というか呆れた表情で見られているのは気のせいデスカ?しかも今ため息ついたよこいつ。何その変わり身の早さ。
「・・・ちょっと待ってて。ティオ送ってくるから。」
「あぁ、さんきゅな。」
取りあえず道案内ゲットだぜ!
第6話 終わり
2012/2/4改訂