第4話 交声曲(カンタータ)
「あぁいたいた。君の事探してたんだよ。」
静寂の白い空間の中で場違いな明るい声が響く。
ふわふわと彷徨っていた意識が眠りから覚めたように覚醒した。眩しい金色が瞳が俺を映す。
「・・・誰?」
若葉色のさらっさらの髪に、この空間と真反対の黒に統一された服装。まだ幼い顔立ちをした少年がそこに浮いている。重力をまるっと無視して浮いている姿はどこか不自然である。
「といっても君も浮いてるんだけどね。」
「え、あ、マジだ。」
漂ってたのは意識だけではなかったようだ。此処は一体何処なのか。何処を見渡しても白で、上も下も右も左も分からない。ほとんど感覚だけで立っているようなものだ。
というか質問に答えてもらっていないのに今気がついた。
「あ、リラックスしてくれてかまわないよ。ここ、基本的何かと自由だから。」
少年の言葉が合図となって突然何もない所から豪華な椅子二脚とテーブルが出てくる。
「座って?」
「あ、あぁ。」
少年の手には紅茶。テーブルにはサンドウィッチがいつの間にか置いてあった。食べてもいいよといわれたが腹は空いていないので遠慮しておいた。
「じゃあ、そろそろ本題に入ろうかな。あ、因みに質問は一切受け付けないから。」
足を組む少年。段々態度が大胆になってきた気がする。
「さっくり言うけど、君、死んだよね?」
「え?あ、まぁ死んだけどさ。多分。つかさっくりしすぎじゃね?」
「あははは、だって事実だし。」
笑い事じゃないんですけど!?
実は少年の言葉で今死んだことを悟った。今まで意識がなかったからすっかり忘れていたのだ。この空間は多分天国と地獄の狭間とか、そんなんだろう。実際それっぽい雰囲気が漂ってる。そうなるとこの少年は神様?とか死神?とかファンタジーな存在なのだろうか。
「近からず遠からずってとこかな。で、死んだ君には異世界に行って欲しいんだ。」
「異世界?」
あ、そういえば質問は一切受け付けないって言ってたな。
「うんそうそう。でね、君にはその異世界を破壊してきて欲しいんだよね。」
これ、流石に質問なしだときつい問題なんですけど?
普通の小説だとこんな展開にならないはずだ。勇者になって、または魔王になって異世界に君臨する、そんなテンプレだと思ってたのに。
「破壊、っていってもその世界の人類を滅ぼすとかそんな大層なものじゃなくて、ただその世界自体を壊してくれればいいんだよ。とっても簡単なことでしょ?」
可愛く首を傾げながら囁く。俺は急にこの少年が怖くなった。何か得体の知れないものが少年の皮を被っているのではないか、そんな懸念が浮かぶ。
これは笑みを浮かべながら言う台詞じゃない。
「あ、大丈夫だよ。ちゃんと君にも利点があるから。きちんと出来たら君と一緒に来てしまった子を元の世界に戻してあげる。勿論君も。チキュウでは死んだことになってるからそれをもう無かったことには出来ないけれど、元には戻してあげられる。それから」
無機質な笑顔を浮かべながらそう告げると、彼は何もない空間から一本の長い剣を創り出した。最初に見た椅子とテーブルが何もない空間から出てきたのと同じ原理だろう。その長剣はふわっと浮いて俺の手元に舞い降りる。
その長剣はとても長い。ゆうに少年の身長を超えている。美しい銀色の刀身は絶えず水のように煌き、黒銀色の柄には大きな純白の布が巻きつけられている。多分これを刀身に巻きつけて鞘の代わりにするのだろう。不思議と重さは全く感じられない。
「これは世界を滅ぼす剣杖【レーヴァテイン】。君にあげる。きっと役に立つはずだから。大切にしてあげてね。」
この剣からほんのりと温かさを感じる。少年とは反対の何かがこれに宿っているような、そんな気がする。大切にしようと思える何かがある。
「じゃ、時間だから。きちんと破壊してきてね。待ってるから。君が死ぬまで、ね。」
その途端フッと剣が何処かに消えてしまう。でも近くに気配がある。大丈夫、心配する必要はない。
そして自分の意識も消えかかっている。恐らく目の前にいる少年の仕業だろう。
少年は嗤う。
無機質な瞳に無機質な表情、無機質な声で嗤った。
「いってらっしゃい。」
第4話 終わり
2012/2/3改訂