改訂中
いよいよ第2章も後半部分に入ってきました!
第19話更新です。
「・・・ねぇ、兄ちゃん「捨て置け」早っ!!」
試合には負けてしまったものの、明後日の朝までこの部屋を使っても良いことになっている。シィーリィとヴェクスの二人は闘技場から宿にある自分たちの部屋へと、体を休める為に戻ってきたのだったが、
(何故こいつがまた此処にいる!?)
というヴェクスの心の叫びからお察しのとおり、その部屋の前には死人よろしくぐっすり寝ている試合の相手であった黒髪の青年もとい夜がいた。その寝顔がなんとも幸せそうで、シィーリィはその寝顔にやられたのかもう部屋の中に入れる気満々であるのが顔色からして窺える。
「・・・兄ちゃん、この人はぼく達を傷つけたりしなかったよ?それに今朝みたいな嫌な雰囲気もないし・・・。だめ・・・?」
「・・・・・はぁ。好きにしろ。」
「やったぁ!!ありがとう兄ちゃん!」
捨て猫か何かを拾ってきたときのような表情をして懇願してくる弟には敵わないのか、ヴェクスは深いため息をついて鍵を挿してドアを開けた。
「・・・重いだろう。オレが運ぶ。」
寝ている青年を子供1人で運ぶのは難しい。昨日もシィーリィはこの青年を運ぶのにたしか15分程かかっていた。
「あ、うん!ありがとう!じゃあぼくは先に入って紅茶でも注いでおくね。いつも通りアールグレイでいいよね」
無言で首を縦に振るヴェクスを見て、うん分かった!と返事をすると部屋の中に入っていった。弟が部屋の中に入るのを見届けてから、嫌々自分の足元に転がっている青年に胡乱な視線を向ける。
「・・・はぁ。」
(何故オレがこんなことを・・・。)
本当に心の底からため息を吐いて、ヴェクスは青年の襟首を片手で掴んだ。
♪
『・・・ま、ごしゅ・・・・・ご主人様!!』
(誰、だ・・・?)
目の前に細身で体中を包帯のように白い布をグルグルと洋服代わりに巻きつけている、毛先が黒の銀髪の少女と、全体的に白い服に身を包んでいる黒髪を持つ長身痩躯の青年とが抱き合っているのが見えた。少女は大粒の水晶のように綺麗な涙を流しながら嬉しそうに微笑んでいて、青年も無表情ではあるものの満更ではないようで少しばかり表情が柔らかく見える。
しかしそれよりも目に付いたのは、青年の背中にある堕天使のような黒い二対の羽根だった。その羽根がある所為か常に青年の周りには黒い羽根が浮かんでいる。青年は本当に注意して見ないと分からないような微笑をして、少女の頭を大事なものに触るようにゆっくりと撫でる。
『レン・・・久しぶりだな。前世ぶりか?』
レン、と呼ばれた少女が顔を上げる。
『はい。またご主人様に会えるなんて思ってもいませんでした・・・。あの時ご主人様はたしかに・・・』
『・・・たしかに死んだ。だが、魂は不変だ。だからこうして再びお前に会うことが出来た・・・』
懐かしむように目を側める青年のその姿は、何処か寂しげである一種の儚さを感じる。青年の銀色の瞳は少女の髪色によく似ている、と夜は思った。
(レンと同じ名前・・・。たしかに、レンがもし人の姿をとったらこんなかんじかもな。それに心なしか声も、似てる・・・)
『そうです。ですが・・・。』
少女は先ほどまではすごく嬉しそうな表情をしていたのに、その表情に曇りが生じる。青年も先ほどまであったわずかな笑みが嘘のように消え失せる。
『この期に及んでまだ神は干渉してくるか。今こうしてお前と会えたのも皮肉にも神のおかげというわけだ。・・・巻き込まれた青年も、哀れだな。』
『・・・・・。“ご主人様”はいい人です。私を必要としてくれている。』
目線を青年から外して下に下ろす少女。
『分かっている。最早俺とその“ご主人様”は運命共同体。見捨てる、なんてことはしない。そいつも、・・・俺と同じ神の被害者なんだ。・・・まぁレンを苛めていたりしていたら体奪って意識消してやるつもりでいたんだが・・・』
『ご、ご主人様っ!』
『・・・冗談だ。・・・これからそいつがどう出るか。それで当然俺の考えも変わってくる。』
青年は急に横を振り向いて夜のほうに銀色の猫目を向ける。夜は何故かその瞳から目が離せなかった。その数秒間、まるで息をしていないような感覚に陥り、その青年が目をまた少女に戻すと、夜は知らず知らずのうちに止めていた息を思いっきり吐いた。
『・・・そいつをよろしく頼む。レン』
『はい、ご主人様。言われなくても、私は永遠に“ご主人様”とご主人様の隣に居ます。それこそ魂が果てるまで・・・』
青年が悲しそうに一瞬笑って、少女の柔らかな髪をその白く長い指で梳かす。少女は気持ち良さそうに目を瞑って、祈るように手を組んだ。
『・・・魂は果てることはない。・・・永遠に。』
『それでも、それでも私は魂が果てるまで貴方様のお傍にいます。』
『変わらないな・・・全然。・・・そろそろ目を覚ます頃だな。じゃあまたな、レン。・・・またな、・・・・・青年。』
(・・・あの少女は・・・それにあの青年も・・・何処か見覚えがあるような・・・)
「あっ、おはよ~!!」
「・・・・・ん?たしかあんたは・・・」
いつぞやの金髪碧眼の少年が太陽よろしく眩しい笑顔を浮かべていた。この見覚えのある景色。そしてソファーの上にいかにもここはオレの部屋だと言わんばかりにどっかりと座って、妙な殺気を出している深緑色の瞳の青年。
「・・・もしかして、俺また倒れてた?」
「うん!」
にっこり笑顔で肯定するシィーリィ。それを見て夜は、うわー・・・やっちゃったよ的な表情を浮かべてから頭をガッと勢いよくベットにつくまで下げた。
「悪いな。本ッ当に悪いっ。また同じところで眠気に負けるとは・・・不覚・・・」
夜の頭上には黒い線が何本かと黒い火の玉がずぅぅううんと揺れていた。言葉使いの変わり方からいって相当落ち込んでいるようだ。それからふらりとベットから降りて立ち上がり、靴を履くと出口に向かう。
「もうこの部屋の前にだけは倒れないようにするから。本当に悪かったな・・・お詫びはまた今度させてくれ・・・」
「えっ!?ちょ、ちょっと!!待ってよ!」
ゆらりと幽霊みたいに揺れながらこの部屋から出て行こうとする夜の正面に回って引き止めようとするシィーリィ。
「別に迷惑なんかじゃないよ!!大丈夫!それにえっと、ナハト君?はいい人だしぼく達きっと仲良くなれると思うんだ!それに喉渇いてるんじゃない?コッチに来て一緒に紅茶でも飲もうよ!」
それから夜の腕をぐいぐい引っ張ってテーブルまで引っ張る。そんな必死なシィーリィを見て断れなくなってしまった夜は苦笑しながら、じゃあお言葉に甘えて、とテーブルの椅子に座る。嬉しそうに紅茶を注いでいる彼は本当の天使のように見えた。それに比べて真正面のソファーに座っている妙な殺気を出している青年は、地獄の使者のような形相浮かべていてとてもじゃないが怖くて話しかけられない。
―コトッ
「はい、どうぞ。」
「あ、ありがとな。」
木で作られたカップに注がれた紅茶はほどよい苦味がおいしく、とても体が温まる。ヴェクスもシィーリィから紅茶を受け取ると、読んでいた本を閉じて飲み始める。
因みに窓から見える空はまだ薄暗く、日が昇ってくるまでもう少し時間がありそうだ。
「そういえばあんたって武闘大会に参加してんだよな?昨日の試合はどうだったんだ?」
―ゴフッ
夜の隣に椅子を置いて座ったシィーリィはその言葉を聞いて、心底不思議そうにきょとんと首を傾げる。ソファーで紅茶を飲んでいたヴェクスは、何故か口の中に入っていた紅茶を危うく噴出しそうになっていた。
「えっと・・・昨日、試合で戦った・・・よね?」
(・・・もしかして、これってまずった!?振っちゃいけない話題だった!?)
二人の反応からして、おそらく昨日の試合の相手はこの二人だったのだ。仮面をつけている間は記憶がぶっ飛んでいる為、よく考えてみれば昨日の試合で誰と戦ってどっちが勝ったのか、とかすごい大事なことを夜は覚えていない。
(・・・というかどうやってフェリスは一昨日の試合に勝ったことを知ったんだ?)
これが今一番の謎だった。
「そ、そうだったよな。あははははははは・・・・」
「・・・ナハト君って・・・」
思わず乾いた笑いを浮かべてしまった夜は、視線を逸らすように紅茶に手を伸ばしてゴクッゴクッと全て飲み干してしまう。
「あ、それからナハトって名前なんだが、それは偽名。本当は夜っていうんだ。出来れば偽名じゃないほうで呼んでくれた方が嬉しい。」
飲み干したカップをテーブルに置く。
シィーリィは何故かすごい嬉しそうな表情をして、テーブルから身を乗り出す勢いで手を差し出してきた。
「うん!!ヨル君!これからよろしくっ!!」
多少その勢いに驚きながらも夜はその手を握り返す。
「ねぇ、どうせならこの後一緒に朝食食べに行こうよ!!ね、いいよね!兄ちゃん!」
「・・・好きにしろ」
紅茶が入っていたカップをテーブルに置いて立ち上がるヴェクス。どうやら今から大食堂に向かうらしい。そしてこの手を繋いだまま朝食にまで連れて行かれるっぽい。
(・・・食堂で夏とかにばったり出くわしたりしたら説教かまされそうだな・・・まぁ、こんな早い時間帯に来ねぇか。)
「じゃあ行こ!ヨル君!」
「・・・まぁいいか。」
―バタンッ
―バタンッ
「あっ!!ヨルさん!」
「フェリス?」
ちょうど部屋から出たときに向かい側の部屋のドアが開き、フェリスとばったり出くわしたのだった。今日も今日とて顔を隠すために、茶色の犬耳がついているフードマントを被っている。勿論クルンと丸まった尻尾もきちんとついている。
「おはよう。」
「おはようです!ってそうじゃなくて、昨日部屋で気づいたらヨルさんがいなくなっていてびっくりしたんです!一体試合の後何処に行っていたんですか?心配したんですよ!?」
フードの下から覗く透き通った瞳は夜の目をがっしり捉えていて、口は少し尖がっていた。どうやら彼女は怒っているらしい。その怒っている(のかもしれない)顔はとってもかわいかったのでもう少し見ていたかったが、心配させてしまったことについては謝らなければいけない。
「ごめんな。今度アイス奢るから許してくれないか?」
アイスという単語を耳に入れた瞬間、フェリスは今まで怒っていたのを一瞬にして忘れてしまったかのようにパァアアっと瞳を輝かせる。
「そ、その約束、忘れないで下さいね!絶対ですよ!」
「はいはい、絶対忘れないと天地神明にかけて誓います」
ふざけて左手を兵士みたいに額につけて言う。それを見て楽しそうに笑っているフェリスはさっきの倍かわいかった。
「じゃあな。今日はちゃんと時間までには部屋に行くから。・・・悪かったな、シィーリィ。行こうか」
「あ、あの、今から朝食食べに行くんですよね?よろしければ私もご一緒してもよろしいでしょうか?」
―ぐぃっ
フェリスの呼び止めるときの癖なのか、それともこの水色の布が好きなのか、彼女の右手はその布へと伸びている。そしてフードの下から上目使い。
(・・・断れるわけが、ない!!)
「シィーリィ、フェリスもいいか?」
「勿論!!皆で食べたほうがご飯がおいしくなるしね!じゃあ早く行こう!!」
「ありがとうございます!」
シィーリィは笑顔でフェリスの手も繋ぐと一気に下に下る階段まで二人を引っ張って走っていった。ヴェクスもその後ろから歩いて三人の後を歩いていたが、フェリスのことを鋭い視線で睨み、何処か警戒しているようだった。
大食堂にて。
「どれにしようかな~・・・ヨル君は何が好きなの?」
「基本的何でも食べられるが、特に好きなものといえば・・・甘いものだな。」
「なんか意外だね~。でもぼくも甘いものは大好きだよ!ケーキとかクッキーとか」
朝食のメニューはあまりこってりとしたものはなく、サンドイッチや野菜サラダ、果物などが主流に置いてある。夜はたまごのサンドイッチを自分の皿に置く。
「じゃあ今度、時間があったらお詫びにクッキーでも焼くか。」
「えっ、いいの!?ありがとう!!ぼくね、チョコ味が特に好きなんだ!」
(・・・そうなんだろうな・・・。皿の上にあるの全部チョコレートシロップかかってるし・・・)
シィーリィの皿に乗せてあるサンドイッチとかサラダなど、全てのものにチョコレートシロップがかかっている。本当ならばこのチョコレートシロップはデザートコーナーにあるホットケーキにかけるものとして置いてあったはずなのだが。
フェリスも流石にそれは驚いたのか、シィーリィがサラダにチョコレートシロップを大量にかけているときは頬が引き攣っていた。傍から見ていて面白い光景ではあったが。
「じゃ、じゃあクッキーもチョコ味にしておくな。」
「うん!ヨル君もチョコレートシロップ、サラダにかけてみるとすっごくおいしいよ?」
「それは遠慮しておく。」
「え~・・・おいしいのに・・・」
そんな会話をしている傍らで、フェリスは後ろから夜の背中を見つめながらなにやら独り言を呟いていた。
「・・・夜さんは甘いものがお好きなんですね。よしっ」
「何がよしっ、なんだ?フェリス。」
「ヨルさんっ!?あ、いえ!なんでもありません!!私、もうテーブルに戻ってますね!」
顔を真っ赤にしてそう叫ぶように言うと、フェリスはテーブルまで走っていってしまった。
「・・・皿にサラダしか乗せてなかったよな・・・」
「きっと少食なんだよ!」
(・・・そうなのか・・・?この間一緒に昼飯食ったとき、結構普通に食べていたよな・・・?)
あれは少食というレベルの少なさではなかったような気がする。
まぁいいか、と夜は並べられている料理にまた視線を戻す。視界に魚のムニエルが入ったが、あれが魔物からとった肉、なんてことは勿論一切考えない。あれはただの魚。そう、ただの白身魚。
「・・・取りあえず一通り取ったしテーブルに戻るか。」
「ヨル君ってすごいいっぱい食べるんだね!」
まるでウェイトレスのように片手で二枚の皿を持ち、合計四枚の皿を運んでいる夜を見ながら、シィーリィは皿の上のものにチョコレートシロップをかけまくる。どうやらまだかけたりないらしい。
「あぁ。たくさん食べないと、昼までもたないんだ。」
「ぼくも、毎日チョコレート食べないともたないよ~。同じだね!」
(これは同じなのか!?)
「あっ、シロップなくなっちゃった。じゃあぼくもテーブルに戻ろうっと」
テーブルに向かうシィーリィの後姿を見ながら、同じなのかと頭の中でぐるぐる考えているといつの間にかテーブルについていた。夜はテーブルに皿を四枚置いて、フェリスの隣に座る。
「フェリス、それじゃあ足りないだろ?これ食べるか?」
もう既にサラダを食べ終わってしまったフェリスの皿の上に盛ってきた皿を一枚置く。
「いいんですか?」
「あぁ。また取ってくればいいだけだし。」
「ありがとうございます!ではお言葉に甘えて」
やはり腹は満たされていなかったようだ。サンドイッチを口に運んでおいしそうにもふもふと食べる姿は小動物を髣髴とさせる。その横顔を見てるだけで癒される、と夜は少しの間だけフェリスの横顔を眺めてから、皿の上のたまごサンドイッチに手をつけた。
第19話 終わり