改訂中
美しく輝く金色の日差しが風に煽られる草原を優しく照らしている、ある日の昼下がり。
「というかさ、ハーク。何であんたら盗賊まがいのこと、やってたんだっけ?」
金色の光を全て吸い込んでしまいそうな暗闇色の髪を持つ青年は、髪と同じ漆黒の眠そうな瞳を、一緒に昼食の用意を手伝ってくれている少年に向ける。するとそのハークと呼ばれた少年は、日の光に反射して綺麗なオレンジ色に見える焦げ茶色の髪を揺らしながら、その質問に答えた。
「盗賊がすることといったら金目の物を盗む、ぐらいしか思いつかないんだろうけど、おれたちはその他に狙っていたものがあったんだよ。それが、魔力が込められた宝物。」
「ふむ。それは所謂“魔具”というものなのだろう。」
ハークの言葉に相槌を打ったのは、昼食をせっせと作っている二人の脇で優雅に草原の上に寝転がっている、真紅の髪を持つ青年だった。青年は全く手伝おうという素振りも見せずに、二人が作っているのを眺めている。それを忌々しそうに睨んでいる黒髪の青年は、不機嫌そうに目を側めて手元にある鍋をがしゃがしゃとかき回していた。
「うん。一般的にはそう呼ばれてる。で、その多数ある魔具の中でも、その物に込められている魔力が無属性のものだけを狙ってた。・・・ってヨル!!鍋の中身がこぼれるって!!」
「大丈夫、心配すんな。あんたと俺の分はしっかり確保してある「俺の分は何処へ!?」
冷たい笑みを浮かべたヨルと呼ばれた黒髪の青年は、親友の突っ込みを無視して鍋をかき回し続ける。そして会話が止まっていることに気がついて、話の続きを促す。
「ハーク、話を続けて?」
「う、うん。」
何か得体の知れない威圧を感じたハークは、ほとんど反射的に返事をする。
「で、ティオの体質についてヨルには話した、よな。じゃあナツさんに簡単に説明するけど、ティオの体は無属性の魔力しか受け付けず、尚且つ体の機能に魔力を自己回復する能力が欠けてるんだ。だからティオのことを生かすためにはどうしても大量の無属性魔力が必要になってくる。だからおれたちは、あーするしかなかったんだ。」
ハークがナイフでパンを切る音が一瞬この場を支配する。その沈黙を破ったのは、ヨルの欠伸だった。
「・・・ふぁ・・あ・・・。で、その話の流れからいくと、その・・・魔具、だっけ?それってすっごい高価だったりするのか?」
「とっても。魔具一個で一ヶ月遊んで暮らせるくらいには。」
「ちなみにだが、ほとんど現存している最高位魔具は国が確保してしまっている。最高位魔具は、それひとつで天候が変えられる、とか大地を割ることが出来る、とかそういう危険な能力を持つ物のことなのだ。一般人が持っている魔具というのは、ただその物に魔力が宿っているってだけっていうのがほとんどなのだがな。」
ナツ、と呼ばれた、真紅の瞳を閉じている青年はそう補足する。
その脇で、料理を作っているヨルとハークは皿を出してポトフもどきを盛り付けし、先程ハークが切っていたパンをその脇に添えている。どうやらそれが今日の三人の昼食のようだ。
「ほら、出来たぞバカ夏。さっさと食え。」
「うむ、ご苦労だったな夜よ。「殴っていいデスカ?」スープが冷めてしまってはもったいないだろう。いただきます。」
「ほら、ヨル。せっかく作ったのに本当に冷めちゃうって」
今すぐ殴りたい気持ちを渋々抑えて、夜はいただきます、と目を瞑ってからまた開きスプーンにすくったスープに口をつける。ハークも目を瞑ってからスープを飲む。すると驚いたように目を見開いて、ヨルの顔を見つめた。
「ってこれすごくおいしい・・・。ヨル、実は料理上手?」
「こいつの作った料理で確実に全人類落とせるのだ。」
自分の事のように胸を張って自慢している親友に若干いらつきを覚える夜であったが、一応褒めてくれているのであろうと思い、殴りたい気持ちを自粛した。
「全人類落とせるとか、それすごい大げさだろ?・・・で、さっきの話に戻すが、ハークってティオの家に住んでるのか?」
「・・・まぁ、そういうことになる、かな。」
歯切れ悪そうに言うハークに疑問を覚えた夜だったが、根掘り葉掘り聞くことはしなかった。そのことに安心したのか、ハークは小さく吐息を漏らしてパンに手を伸ばす。すると、次はパンを食べ終わった夏葉が二枚目のパンを千切りながら質問する。
「ふむ。もうひとつ気になったことがあったのだが、あの時俺たちを襲ってきたお前を含めた五人は皆もとから盗賊だった、ってわけじゃないのだな?」
パンが口に入っている所為か、声には出さずに首を縦に振って肯定する。数秒後、少し無理やりパンを飲み込んだような形でスープを飲み下す。
「名前言ってもわかんないだろうから詳しくは言わないけど、おれを含めた五人は盗みに手を染める前はあの町で手に職もって働いてたんだ。ティオが生まれる前までは、ね。・・・ゴクッ・・・ふぅ。おいしかった」
「そりゃよかったな。」
どうやらこちらの世界では、いただきます、ごちそうさま、は言わないようだ。ただ食べる前に少し目を瞑ってお祈りするだけらしい。
ハークは食べ終わった後、目を数秒間閉じてから皿を片付け始める。夏葉も流石にこれ以上任せては夜がマジギレすると踏んだのか、きちんと自分で皿を拭いていた。夜は二人より一足先に食べ終わっていたため、もう既に鞄に皿を入れて鍋などを片付けている。
「・・・ふぅ。じゃ、日が暮れないうちに到着するためにも、そろそろ行くか。」
「うむ。そうだな。なるべく野宿するのは避けたいところなのだ。」
ちょうど夜が調理器具を全て片付け終わったので、三人はその場から出発することにした。
因みにだが、此処に来るまでに魔物にはジャンクダック一匹のみにしか会っていない。その魔物はハークの腕一振りで肉塊に化けてしまって、今頃他の生き物の餌にでもなっていることだろう。そのとき夜はというと、恒例通り二人、ハークと夏葉の後ろに素早く回って隠れていたのは言わずもがな。雑魚は雑魚でもやはり魔物は怖いらしい。そして文句を言おうにも本人は至って真面目な表情をしているものだから、二人はそんな彼を怒るに怒れないのだった。
焚き火を足で踏んで消す。ジュッという音と草木が焦げた匂いがし、灰色の煙が暗い暗雲立ち込める空に上っていく。
道を知っている夏葉を先頭にして、三人は中央都市に向かって再度出発したのであった。
♪
「ティオ、もしかしてハークを探しているの?」
「・・・・・。」
「そっか。ハークはね、ティオの病気の治療法を見つけるためにヨルさんと旅に出たんだよ。だからしばらくハークとは会えないよ。」
「?」
可愛らしく首を傾げる少女。少女は長い銀髪の髪をポニーテールにしてピンク色のリボンで結わえてある。彼女の腕の中にはうさぎとくまのぬいぐるみがあった。
そして少女の仕草を見て鼻血を噴出しそうになっている、一見したら女性に見える顔立ちをしている青年。その青年も少女と同じ銀髪で、顔立ちがそっくりである。青年は少女の頭を優しく撫でながら、
「きっとそのうちまた帰ってくるよ。ハークはうちの家族も同然なんだから。」
と言って微笑む。と、そこへドアをノックする音が聞こえてきた。青年は、表情を引き締めると「入って」と返事をする。するとドアの向こうから入ってきたのは、痩せ型の中年男だった。
「センネルか。どうしたの?」
「あぁ、あの合成獣のことなんだがもう少し調べるのに時間がかかりそうだ。すまない。もう少しだけ時間をくれ。」
男は頭を下げて青年に謝る。
「別に謝らなくてもいいのに・・・。分かった。でも出来るだけ早く調べてくれるといいんだけど・・・。」
「助かる。では時間がもったいないからもう行く。」
男はそう言うと、素早く身を翻して部屋から出て行ってしまった。
青年は一気にため息をつくと、此処にティオがいることを思い出して慌てて笑顔になる。
「・・・・・。」
少女はそんな青年を見て、一瞬さびしそうな表情をした後に青年の胸に頭を預けるようにして寄りかかり、欠伸をすると同時にゆっくりと目を閉じていった。先程まで全く眠くなさそうだったのに死んだように眠ってしまった少女を壊れ物のように優しく抱き上げて、青年は彼女をベットに横たわらせ毛布をかける。気のせいか、彼女の顔が青白く見えた。
(・・・・・。取りあえずはハークがとってきてくれた魔石でなんとかなるかもしれない。・・・けど・・・。)
いつまでもつか分からない。
青年は妹の世話をする為に此処を離れることが出来ない。青年自ら治療法を探すことも、魔石を見つけることも、金を稼ぐことも。青年は妹から離れることなんて死んでもいやだし、彼女は青年にずっと傍にして欲しかった。実際、彼らの願望どおりになっている。
それでも彼らが救われることはない。
彼女の体が治るまで、二人は永遠に此処に縛られ続ける。それでも、彼らの周りには彼らのことを大切に思ってくれている仲間がいる。仲間がいるから、二人は此処まで生きてこられたのかもしれない。今も仲間で家族同然である、ひとりの少年が少女の為に何処にあるのか手がかりすら掴めていない治療法を探しに行ってくれている。青年の望みは、彼がその方法を出来るだけ早く見つけてくれること。
青年は息を吐く。それからベットに横たわっている少女に優しい目を向けたが、死んだように眠っている彼女が反応することはなかった。ただ彼女は静かに息をしていた。
♪
この世界の何処かにある、ある大きな城の中で、ある一人の少年とある一人の青年が話していた。少年の方は闇に紛れていて、どういう容姿をしているか分からないが、青年の方は漆黒の長い髪を腰まで下ろしていて、その銀色の瞳には狂気の色を映していた。その青年はとても楽しそうに、台座に座っている少年に話す。
「会ってきたが、なかなか面白そうだな。」
少年は彼の言葉を聞いて、嬉しそうに笑った。
「ふふ、でしょ?ちょっかいは出してもいいけど、でも、苛めちゃだめだよ?戦ってもいいけど、怪我はさせないでね?話してもいいけど、触っちゃ駄目だからね?“彼”は僕のなんだから」
笑っているのに、その表情は何処か歪で底知れぬ恐怖を感じさせる笑いだった。青年はそんな歪な笑い方をする少年を見ても、恐怖に取り込まれることはなく、青年はおかしそうに、あぁ、と返事をする。青年の反応に満足したのか、少年はそれ以上何も言わずに、ただ微笑んでいるだけだった。
「何をそんなに楽しそうにお話していらっしゃるんですか?」
そのとき、そこへ何処から現れたのだろうか、気がつけば炎のように揺らめく髪を足元まで流している美しい美女が二人に声をかける。肌は日に焼けたように黒く、しかしその肌の色を誇りに思っているように比較的露出が高い服を着ていた。靴は履いておらず、裸足のままでひたひたと台座の近くまで静かに歩いてくるその姿は踊り子を想像する。しかしその金色の瞳は縦に割れていて、どうみても人間のそれとは違っていた。
「あぁ、ミリィーナ、おはよう。」
「おはようございます、陛下。」
ミリィーナと呼ばれた女性は、尖った耳についている金色のピアスを弄りながら優雅に挨拶を返す。それに、見惚れるような笑みを浮かべて楽しそうに少年は言った。
「うん。“彼”のことを話していたんだよ。そういえば、そっちは順調?」
「えぇ。順調に研究は進んでいますよ。リシィーナが頑張っています。・・・そうですか、アシュテカは“彼”に会ったんですね。ふふ、これからが楽しみですわ。それではそろそろリシィーナに紅茶を持っていかなくてはいけないので、失礼します。」
「うん。リシィーナに頑張って、って言っといて。」
「はい。分かりました。」
ミリィーナは音を立てずに静かにこの台座の間から去っていった。
「さて、アシュテカもそろそろ仕事に戻って。早くこの仕事を終わらせないと僕は“彼”に会えないんだから。」
「あぁ。じゃあ行ってくる。」
「土産は“彼”のことについてね。」
「了解だ。」
そう言うとアシュテカは黒い髪を靡かせて、背中から黒い大きな翼を出したかと思うと一瞬でその場から消えた。後に残された少年はいつまでも笑みを浮かべ、窓に映る紫色の月と漆黒の夜空をただ一心に見つめていた。
Answer END
次から第2章が始まります。
やっとヒロインが登場してくる章に突入します^^