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自分と竜と仮想世界  作者: 狐白
第2章 銀色少女の紡ぐ唄
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第16話 練習曲(エチュード)《Ⅰ》

あの後、色々と混乱した記憶を整理するため、ティオの兄・・改めお姉さんのクルスリアさんが昨夜の出来事を説明してくれた。


あの魔物は突然現れたと彼女は言った。

突如屋敷の外で強い魔力の奔流を感じ、庭に駆け付けたところにあの魔物は居た。ただならぬ気配に気が付いた仲間が屋敷から出てきて応戦しようとしたが、魔物はこちらを見向きもせずに屋敷の中へ一直線向かっていった。屋敷の中には体調を崩しているティオがいる。仲間が足止めをしている間にクルスリアは眠っているティオのもとへ向かった。流石に寝ていたティオにも騒ぎが聞こえたのか体を起こしていて、以前に増して真っ青な顔でぬいぐるみを抱きしめて一人で震えていた。人一倍魔力の気配に敏感な彼女にはあまりに強すぎる刺激だったのだろう。しかし魔物がいつ襲ってくるか予測不能なこの状況で彼女を慰めている場合ではない。一刻も早く屋敷からティオを連れて逃げなければ。

ところがそう簡単に彼女たちを逃がしてはくれなかった。

そこへ今にも倒れそうな仲間の一人が現れ、魔物がここに向かってきていると言ったのだ。そしてその直後、誰かの劈く悲鳴と共に壁がぶち破られ、牙から血を滴らせている禍々しい魔物がすぐ目の前に現れた。ティオだけでも逃がそうとしたが何故か魔物はティオを執拗に狙っていて、彼女だけを逃がすのは逆に襲われる危険があった。だが彼女を庇いながら戦うのには限界があったし、一人だけではヤツを抑えきれる自信がない。二人だけで魔物を牽制しているしか術がなく、途方に暮れていたところに少年たちが助けに入った。これだけ居ればティオを逃がす時間くらいは稼げるだろう。そう思ったクルスリアは少年にティオを逃がすように彼女を託した。


ここからは俺が遺跡から帰ってきて、少年たちと公園で会ったところから話が繋がるのだろう。


「あー、クルスリアさんの手伝いにいかなくてもいいのか?」

「大丈夫。今兄貴はティオをお医者さまに診せているところだから。それに怪我人を放っておくわけにはいかないし。」


粗方話し終えたクルスリアさんはティオと一緒に部屋を後にした。現在この部屋にいるのはこの少年と俺だけだ。夏は「ふむ、ここは若い者同士で・・・。」とか訳わからんことを呟いて、俺の手に何か握らせるとクルスリアさんたちに続くように何処かへ消えた。まぁ少しすればふらりと戻ってくるだろう。

特にすることもなくぼんやりと窓の外を眺めていると、カタッとテーブルの上に木箱を置いている少年の姿が目に入る。


「それより包帯取り替えるから怪我したほうの腕出して。」

「悪いな。」


袖を捲って腕を差し出す。


「ぁ・・・あ、あぁのさっ!!」

「!!・・・あ、はい、なんでしょうか。」


急に傍らで声を張り上げられたものだから驚いてしまった。差し出した腕は行き場を失ったので取りあえず下ろしておく。

少年は手元にある木箱の蓋を開けては閉めを繰り返し、不機嫌そうな表情をしながらもこちらをちらちらと伺っている。なんだこれ。少年が今にも親に叱られそうな子犬に見えてきた。

そして今度は口を開いたり閉じたり。子犬ではなく金魚だったか。

金魚といえば以前家で飼っていた金魚のはなちゃん。祭りの金魚すくいで大量にすくってきたバカがうちに押し付けてきたんだったな。黒猫に食われて昇天したが、今思えばあの金魚、結構長い間育てていて愛着あったのに。思えばあのときに腹いせに黒猫を無視し始めてからだったな、あいつがドMになったのは・・・畜生、俺のせいじゃん。



「あ、ぁあああぁりがとなっ。」



無音だった部屋に響く声。意識が少年に戻る。

一瞬何を言われたのか分からなかったが、どもりまくって少年の口から出てきたのはお礼の言葉だった。何に対してかは言わずもがな、昨夜の出来事についてであろう。


「あぁ。どういたしまして。」

「・・・。」


そして再び木箱を弄りだす。

まだ何かあるんかい!

言いたいことがあるなら素直に言えばいいものを。まぁなんとなく気持ちは分からなくもないけど。

少年がこれ以上動きそうにないので、自分で包帯を外そうと片手を伸ばすと何かの角に当たる。そういえば夏が渡してきたな。これは・・・本か?深緑色のカバーの上に銀色の文字で何か書いてあるが読めない。5㎝ほど厚さがあるハードカバーだ。黄ばんだページには何も書かれていない。う、古臭い本の匂いがする・・・。


「要?」

「え?」


少年が顔を上げたかと思うとぼそっと呟いた。視線はこの本に注がれている。それに、要という言葉はつい最近聞いたばかりだ。これが夏の言っていた“要”なのか・・・?この古臭い本が?


「よくそれ見つけたな。たしか結構前に売られてた量産型要だよ。うわ、黴臭い。」


まるでこっちに近づけるなとでもいうふうに手をパタパタさせる少年。まぁ、たしかに黴臭い。パタンと本を閉じると埃が目に見えるくらい舞う。ごほっごほと二人して咳き込みながら扇いで埃を拡散させる。


「夏の野郎・・・もう少しマシなものはなかったのか?」

「今は持ち運びに便利なブローチ型とかあるのに、なんでそれにしたんだ?」

「俺が知るかっ。」


あいつマニアックなものが好きだからな。どうせ「普通じゃつまらん!」とか言って中古品辺りでも漁っていたんだろう。あいつがわくわくと品物を選んでいる姿が目に浮かぶ。


「・・・はぁ。」


本をベットの上に放って包帯を外しにかかる。う、結構きつく縛ってあるな。


「あ、いいよ。おれがやるから!」


弄っていた木箱を置いていそいそと結び目を解き始める。やはり少年にも固いのか、解くまで少し時間がかかりそうだ。

あ、そういや明日ここを立つ予定だったよな?

ふと大事なことを思い出す。

俺にはこの滞在期間中に魔術を習得するという超難題ミッションがあったんだった。・・・拙いんじゃないか、これ。いや、疑問形じゃなくて真面目に拙い!!だがしかし(非常に腹立たしいが)夏のおかげで要は手に入った。後は・・・あとは・・・なん、だ・・・?ははは、何すれば良いのか分っかんね。わっかんねったらわっかんね。


やばい!!


「あ、解けた。」


心の中の叫びと少年の嬉しそうな声が重なる。

スルスルと白い布が外される。その途端、少年から素っ頓狂な声が上がった。


「どうしたんだ?」


困惑した瞳が腕に向けられたまま少年が発した言葉は、


「・・・傷が、ないんだけど・・・。」

「は?」


無意識にさらりと肌を撫でる。

緩んだ包帯の隙間から見える腕はたしかに昨夜魔物の羽根に傷つけられた場所で、綺麗にすっぱりと切れていたはずなのに。たしかに痛かった。血も出てた。記憶違いなんかではない。

だって包帯には滲んだ血の跡がきちんと残っている。



それでも最初から何もなかったようにまっさらな肌が、ただそこにあるだけだった。



「ありゃ・・・?」













                      ♪













ラグータリア邸、屋根の上にて。

紅色のマントを靡かせながら一人の青年が立っている。燃えるような赤い瞳は何処か虚空を見つめ、凛々しいが形の整った眉は苦々しく寄せられている。

青年が考えているのは昨夜この屋敷で、親友の身に起こったある出来事だった。彼は昨晩もこの場所にいた。青年が駆け付けたときにはもう既に片が付いた後ではあったが、屋根の上に居たのは決して青年だけとは限らない。見物人はもう一人。

漆黒の髪を風に揺られながらもう一人の青年は立っていた。縦に割れた金色の瞳が青年を捉えると鋭く細められる。紅色の青年と黒色の青年が対峙する。

紅色の青年はこの黒色の青年の気配に覚えがあった。盗賊たちを高いところから見下ろして指示していたあの、デューロと呼ばれていた男の気配だ。今は仄かにしか感じられないその気配を覆うのは、自分と同じ、同属の気配。

口を先に開いたのはどちらだったか。


「同属とこんなところで合見えるとは。」

「・・・こんなところで何をしている?」


赤い瞳と金の瞳が交差する。それも瞬きする間のことだったが、とても長い時間に感じられた。


「もう終わった。ここにいる必要性は、ない。」


辛うじて聞こえる音量で囁かれた掠れた声は突如吹いた風に紛れて霧散する。これも瞬きする少しの間の出来事。

しかしそこに漆黒の人影はない。


一人その場に残った赤い青年の吐いた息は火の粉が舞っていた。





「ふぅ・・・。」


吐息と共に吐き出されるのは熱を持った赤い小さな光の粒。

昨日と違うのはバックグラウンドが明るい空だということぐらいか。

赤い瞳は爛々と輝いている。一体青年は今何を考えているのか。口元が吊り上り、歪な笑みを浮かべるその表情は何処か狂気じみたものを感じずにはいられない。


「くくっ・・・やはり、正しかった。」


悪役っぽい笑い方。

呟かれた言葉を置いてきぼりにして、青年は紅色の影を残してそこから姿を消した。






第16話 終わり


2012/10/21改訂

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