第15話 変奏曲(バリエーション)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・っく、背中が、割れるように痛いっ。」
今にも中から肩甲骨が飛び出そうな勢いで痛みが増していく。熱く、溶岩が張り付いている感覚。
一体何がどうなっているんだ。何故こんなにも背中が痛むのか。剣で刺されているわけでも、火傷したわけでも、締め付けられているわけでもないのに。
あまりの痛さに意識が飛んでしまいそうだ。いや、いっそのこと飛んでしまえばどんなに楽なことか。
―ポタッ
額から頬を伝って雫が落ちる。
身体中がガクガクと震えてて、自分の体重すら支えきれずにうつ伏せに倒れこんだ。くの字に身体を折り曲げても激痛はちっとも緩和されることはない。
何かを考える余裕なんてない。歯を食いしばる。ただそれだけの動作すら覚束ない。
こんな痛みが続くなら、もういっそのこと、誰か俺を殺してくれ
《・・・ご主人様がそう望むのなら、私は貴方を殺しましょう。》
唐突に頭に響く鈴のような声。
目の前に真っ白な布が揺らめく。そして腹の部分が何かに貫かれる感覚が。不思議と痛みはない。
手を伸ばす。誰かが手を掴んで握ってくれる。透き通った肌に細い指先。
『ありがとう・・・レン。』
口が勝手に動き、手が俺の意思を無視して目の前に差し出された手を拒んだ。
放したくなかった。
唯一縋れるのが、差し出されたこの綺麗な手だと思ったから。
『でも、もういいんだ。・・・お前は俺のものではなくなった。何処へでも好きなところへいくが良い。お前は、自由だ。』
なんで・・・そんな悲しいこと、言うんだよ・・・?
本当は辛いんだろ?苦しいんだろ?悲しいんだろ?寂しいんだろ?
離れたくないくせに。
《っ。私はっ!!・・・私は、貴方とずっと、ずっとずっと一緒に居たかったっ!!離れたく、ない・・・手放して欲しくないんですっ!!・・・私は永遠に貴方のものです・・・他の誰のものにもなりませんっ!なりたくない・・・っ。》
じくじくと心が痛む。背中の痛み以上に。
自分を傷つけて、彼女を傷つけて。一体何やってるんだよ!?何がしたいんだよ!!
どうしてそう心にもないことを言って、彼女を困らせる?
俺だったら、そんなことは言わない。彼女を悲しませたくないから。でも、身体が言うことを聞かない。勝手に口が、手が、身体が動いてしまう。まるで俺の身体ではないかのように。
『・・・泣くな。』
泣かせているのは俺(お前)だろう?
『いいか、よく聞け。時間がない。・・・お前は生きろ。レン。』
なんて都合のいい。
《―ッ!!ご主人様!身体が・・・。》
背中の痛みがふと消えた。というか下半身の存在が感じられない。多分、もうないんだ。現在進行形で、腹の部分から侵食するように空気に溶けていっている。恐らくこうして話していられるのも後数分。
それにしても・・・どうして目の前にいるはずの彼女の顔が見えないのだろう。
目は、髪は何色なんだろう?服は?どんな表情で俺を見ているのだろう?
声だけ、なんて言わないで、姿も見せて欲しいのに。
『こうなったのは俺の所為だ。お前の所為じゃない。・・・お前まで死んじまったら、俺はどんな顔して死ねばいいのか分からなくなる。』
だから笑え、と。
酷なことを言う。それに彼女の顔は見えない。笑うも何も、顔がなければ笑うことなんて、出来やしないのに。
『・・・ごめんな。さっき、言ったの、嘘だ。俺・・・お前が他の奴の所有物になるのだけは我慢できそうもない。ははっ、こんなこと言うつもりなかったのに・・・未練がましいよなぁ・・・。』
俺がいなくなっても、彼女が道を迷わないように。そう思って言った言葉のはずだったのに、俺自身が保身のためにすぐに覆してしまった。
想って言ったはずの台詞が、そうじゃなくなったとき、一体なんて言い訳すればいいんだろう。
格好悪い、俺。最期くらい、いいとこ見せるはずじゃなかったのかよ。
《ご主人様。私は貴方の半身も同然。・・・・・・だから、きっとまた会えます!》
『っ!?』
ふわりと、何かが俺を抱きしめた。温かい。温かい雫が俺の肩を濡らしていく。
《ご主人様は不死身。いつか、またきっと生まれ変わります。そのときは、そのときは絶対に私のこと、1番にしてくださいね。・・・他の人たちには渡しません。ご主人様は私のものであり、私は貴方のものなのですから。・・・・・・だから、私・・・
待ってます。永久に。
彼女の口から力強い言葉が紡がれる。
それは、とても尊い。愛おしい存在から聞いた最後の言葉。
これは約束。忘れてはならない、絶対のモノ。
彼女に答えることは出来なかったけれど、必ず来世で応えてみせよう。俺がお前のことを、忘れるはずがない。・・・違う。忘れてはいけない。
忘れるな。
思い出せ。
気付け。
『俺。』
「・・・何処からが俺?・・・違う・・・何処までが俺?・・・じゃ、ない。俺じゃない。じゃあ、誰だ?あいつは、誰、だ?」
ぼやける視界。
誰かが傍らに居る気がした。
「・・・れ、ん?」
そっと手を伸ばしてそこにある髪を撫で付ける。さらさらしていて気持ちいいけれど、これは違う。もっと透き通った触り心地で、触った熱で溶けてしまいそうなくらい繊細な髪の毛だった。
「・・・って俺は一体誰と比べてるんだ・・・?」
「起きて早々独り言か?」
「あ?・・・夏、か。」
「気分はどうだ?」
「最悪ではないけど、最高でもない。普通でもないがどちらかといえば下に傾く。」
「要するにちょっとだけ気分が悪い、だけど態々言うほどのことではない、ということだな?」
流石、よく分かっていらっしゃる。
目の前に皮をうさぎの形に剥いてある果物と水がお盆と共に差し出されたのでそれを受け取る。そのとき腕に巻かれた包帯が目に付く。血が少し滲んではいるが、痛みはない。少し皮膚が突っ張ったような変な感じがするだけだ。
「これ、俺なんかやったか?」
「ふむ。どうやら混乱しているようだな。何故こんな状況になっているのか。・・・本当ならば俺が聞きたいところなのだが致し方ない。」
夏はそう言うとふうとため息をついて、お盆を持っていないもう片方の俺の腕の先へと目を向ける。それに半ば釣られるように視線を動かしていくと銀色が映る。ウェーブがかかった綺麗な髪。その持ち主であるティオがベットに身体を預けるようにして、俺の太腿辺りに頭を乗っけて寝ていた。気持ち良さそうな寝息を立ててぐっすり熟睡中だ。
慌てて動いていた片手を彼女の頭の上から離す。
ついでに周りを見回すと、泊まっている宿かと思ったがそれにしては豪華な見た目の部屋である。俺が寝ていたベットもキングサイズはある。ここは何処ぞのお屋敷かなんかか?
「俺が分かる範囲で話そう。ここは・・・
―バタン
夏の説明はこの部屋の扉が開く音で中断される。入ってきたのは二人。
一人は身軽そうな少年。もう一人は小柄な青年。・・・男、だよな?後者のほうがベットに近づくといきなりこちらに向かって頭を下げた。
「助けていただいてありがとうございました。」
「は?」
ますます事態が理解できなくなった。初対面の人に御礼を言われても困る。
助けを求めて夏に視線を送るが、知らんとでもいうように目を逸らされる。一体俺にどうしろと?
「身体の具合はもう平気なのか?」
前者、つまり少年の方も心配そうな表情でベットまで来る。ん?たしかこの少年、俺が迷子・・・げふんっ、道に迷ったときに案内してくれた。いよいよ訳分かんなくなってきた・・・。御礼の次は心配されて・・・俺ほんと何やったんだよ?
とりあえずいつまでも返事をしないのは感じ悪いので、当たり障りない笑みを浮かべて首を縦に振っておく。
「体調が万全になるまで、いやその後も好きなだけここにいてください。貴方はティオの命の恩人ですから。」
命の恩人だって・・・?
「魔物襲撃事件以降、ティオの魔力の放出が最低限に抑えられていて身体の調子がすこぶる良いんです。ティオの病は先天性ですから治ることはないにしても、ここまで顔色が良いティオを見るのは初めてですから。それもこれもあの魔物を退治してくださった貴方のおかげです。」
俺の心の中の疑問を読み取ったかのように答えてくれた。声の主に視線を向けてみる。ティオにそっくりの顔立ち。男にしてはやや細すぎる気もしないでもないが・・・。こいつ本当に男?
・・・あれ、デジャヴ?
何故かその瞬間、鮮明に彼の腰の柔らかさを思い出した。それはもう滑らかに。脳内でその場面が鮮やかにリピート上映される。そしてそれと同時に昨夜あったことが芋ずる式に思い出される。
って俺は阿呆か!!なんでティオ兄の腰つきから連想するんだ馬鹿野郎!!俺はノーマル!!女の子が好きなの!!たしかにあのとき「あれ?こいつ男?」みたいなこと思ったけど、「なんか柔らかい・・・。」とか不純な感情を抱いたりしなかったこともないけどっ。少年も“兄貴”って呼んでるし、男に違いないんだ。
自分の中で妙な葛藤を繰り返しているうちに、気がつけば青年の綺麗な顔が間近に迫っていた。
「どうかしました?」
「ほぇえあっ!!」
思わず後ろに仰け反った。夏、何堂々とこっち見て笑ってんの!?笑う余裕があったら他にもっとすべきことがあるだろう?主に俺を助けるとか間に入るとか誤魔化すとかさ!!
そんなこんなでカオスな状況になりつつある頃、俺が仰け反った衝撃で寝ていたティオが起き出す。周りをうろうろと見回していた彼女と一番最初に目が会ったのは俺だった。
「・・・おにい、ちゃん・・・?」
「えっと・・・おはよう、か?」
何を喋って良いか分からない俺は首を傾げてとりあえずは起き抜けの挨拶。するとティオも首を傾げて小さな声でおはようと返してくれる。
・・・何この可愛い生き物。触っていい?
そろっと手を彼女の頭へと動かし始めた頃、ティオの視線が次に向かったのは兄。そして衝撃の一言。
「おはよう・・・おねえちゃん。」
ぽそっと。最初は耳がスルーしてたから何も違和感なかった。何故かその呼ばれ方がさも当然のように思えたから。
「・・・おはよう、ティオ。」
でも数秒経って苦笑したティオ兄から挨拶が返ってきたのが合図となって、一度は右から左へ抜けたはずの彼女の台詞が脳内で変換される。『おはよう、お姉ちゃん。』たしかにティオはそう言った。そしてそれを訂正しなかったティオ兄。
少年や夏の表情を盗み見てみるも驚いている様子は微塵もない。ノータッチっぽい。もしや夏たちは気がついていた?蚊帳の外は俺だけ・・・?
・・・ドウイウコトデスカネ?
「目覚めはどう?」
と、いうことはだ。
「・・・からだが、かるい。」
俺の本能は間違っていなかったわけで。
「そうか。それは良かった。“お兄ちゃん”は安心だよ。」
銀髪の青年、もといティオの“お兄さん”は実は“お姉さん”だったわけで。
「おぉ、これが姉妹の感動の再会のシーンというやつだな。」
二人は別に離れ離れになってたわけじゃねぇけどな。
「ティオ、良かったな。“兄貴”もこれで安心して仕事に戻れる。」
少年さ、“兄貴”じゃなくて“姉貴”じゃねぇの?
「街の領主の仕事が溜まりすぎて大変なことになっている。ハーク、当分手伝ってもらうから。」
「分かっています。」
―ぽん。
ふと肩に重みが。振り向くと笑いを堪え切れていない馬鹿夏がそこにいた。
「くくっ、“お前だけ”だぞ。」
それは言わない約束だろ!?
ぶっちゃけ、結論から言えばだ。
青年は、女の人だった。そういうオチ。
第15話 終わり
2012/4/3改定