第14話 奏鳴曲(ソナタ)
幸い公園から屋敷まで距離はないようで走っていること数分、目の前に大きな門が姿を現す。ここまで立派な屋敷だとは思わなかった。私有地に公園あるくらいだし、これくらいは当然なのかもしれない。
因みに俺の背中にはティオが乗っかっている。公園に一人だけ置いていくことも出来なかったので、危険承知で連れてきたのだ。
「早く!急いで!!」
門は半開きになっていたので拒まれずにすんなり中に入ることが出来た。建物の中に入る。
「・・・っ。」
鼻を突く臭い。
建物の中は凄まじかった。思わず目を逸らしてしまいたくなる光景がそこには広がっていたのだから。天上から窓から何まで血が掠ったように付着している。何かが暴れた跡のようだ。窓についた血は差し込む月の光を遮断する。そこら中に散らばっている硝子の欠片が妙に目に付く。
そして視界に転がりこむ悲惨な死体。
・・・二人はこんなところから逃げてきたのか。
立ち止まっていてもしょうがないので走る少年の後に続く。途中にある扉には見向きもしないでただ一直線に走っているのを見るに、恐らく彼が向かっているのは1番奥の部屋。それにしても廊下が長い。無限回廊を髣髴とさせる。
数十秒走り続けてやっと奥の部屋にたどり着いた。本来あったのだろう扉が粉々にぶっ飛んでいた。少年は“兄貴”と叫びながら中に入っていく。
強烈な血の臭いが鼻を麻痺させる。鳴り響く戦闘の音。
念のため入り口でティオを下ろして俺だけ中へ入った。
中に居たのは、満身創痍の銀髪の美青年と、何かで抉られたような傷がある左腕を庇いながら片手で武器を振るっている大男。そして彼らが相対している魔物だった。何処かで見たことあると思ったら、RPGでよく出てくるキメラとそっくりだ。ごちゃ混ぜにあらゆる動物を融合させて創られた禁断の生命体。
「“兄貴”!!センネル!!」
少年が叫びながら二人のもとへ駆け寄る。
「馬鹿野郎!!なんで戻ってきやがった!!お嬢はどうしたんだ!?」
「そこにいる奴に預けた。それよりその怪我・・・。」
左手を指差す。二の腕付近がごっそり持っていかれたようで、繋がっているのが奇跡みたいな状態だ。よく見ると彼の額に玉のような汗が浮かんでいる。
「大したことねぇ。それより“兄貴”が魔力不足でぶっ倒れそうなんだ。看ててくれねぇか?」
「いや・・・私のことは気にするな。ハーク、センネルのサポートを頼む。」
銀髪の青年はそう言うや否や倒れてしまった。相当無理をしていたのだろう。
「“兄貴”!!」
「俺が見ておくから少年はそっちのおじさんに助太刀しろ!」
「うん!」
見ていられずに口走ってしまったが、魔力不足の人間なんて初めてで手当ての方法なんて知らない。とりあえず青年の近くに寄って顔色を見てみる。荒く息を繰り返してとても苦しそうだ。
気がつくとティオもこちらに来て俺の隣に座り込んでいた。ぽたぽたと膝に涙を落とす。どうやら今まで我慢していたものがここにきて弾けてしまったようだ。
「うっく・・・ひっく、うぅ」
ティオの頭を撫でつつ考える。
どうにかしなくてはいけない。ティオとその兄を安全なところへ運ぶのが第一か。おじさんと少年もこちらに気を使って魔物が近づかないように牽制している。このままではやられるのも時間の問題だ。
青年の背中に片手を当てて上半身を起き上がらせる。そして空いてるもう片方の手を膝の後ろへ。所謂お姫様抱っこだ。本来なら野郎をこんな形で持ち上げたくなかったが、気絶している人間を背中に背負える体制にするのは一人では難しい。それに非常事態だ。やむを得ない。
成人男性の身体を持ち上げられるか心配だったが、思っていたよりこの身体は軽かった。というか少し軽すぎやしないだろうか。身体の線も細いし、こんなときに不謹慎だがなんだかちょっと柔らかい。・・・男だよな?こいつ。
ごほん。邪な妄想を振り払うように頭を振る。
後ろにティオが着いてきてるのを確認しながら部屋の外へ出た。
ゆっくり青年を下ろす。
「さて、こっからどうするか・・・。」
俺にも少なからず魔力はあるのだろうが、どうすれば相手に魔力を分けることが出来るのかわからない。先程少年がティオに魔石を握らせていた場面が一瞬頭を過ぎるが、魔石なんて高価なものが手元にあるわけ・・・ちょっと待て。
内ポケットに手を突っ込んで丸く固いものに当たる。それを掴んで引き抜くと青色に輝く魔石があった。市場で夏に買ってもらったものだ。たしかこれは水属性の魔石だったはず。
「兄ちゃんの属性分かるか?」
「・・・みず。」
「よし。」
しゃがみ込んで青年の手に魔石を握らせる。
小さいものだからどこまで効果があるか分からないがないよりはマシだろう。魔石の光が失われていくのと比例して、青年の表情が穏やかなものに変わっていく。
どうやら魔力供給は成功したようだ。荒かった息は正常に戻り、今はすやすやと寝息を立てている。
「っはぁ・・・。なんとか大丈夫、か?」
「ありがとう・・・おにいちゃん。」
「ははっ、どういたしまして。」
ティオの素直なお礼を聞いて元気が出た。ティオ兄も一先ずは大丈夫だろうし、今度はあっちだな。ティオにティオ兄を見ているように言って、立ち上がって部屋のほうへ走っていく。
俺が部屋に入っていったとき、ちょうど目の前を何かがすごいスピードで通過していった。そして遅れてドゴォッと叩きつけられる音がする。
そちらに目を向けると、少年が壁にクレーターを作っていた。壁の塗装と一緒に下に崩れ落ちる。慌てて大男を探すが彼はもう既に地に伏せていた。左腕はなくなっていて、最早生きているのかどうかすら分からない。
「ッ!!」
次の獲物を見つけたかのように、魔物が大きく裂けた口を開いてこちらを振り向いた。
拙い、と思った瞬間、魔物の前足が頭上を通過する。慌てて短剣を構えるが、構えた直後に後悔した。はっきり言ってこれの出番はない。
今現在俺は魔物からの攻撃を逃げ切ることで精一杯だからだ。攻撃をする余裕なんてこれっぽっちもない。
―グルルゥゥウウウウウウウ
べちゃっと口端から涎を垂れ流しにして品定めをする魔物。どうやら餌認定されたようだ。しかし魔物の方も無傷ではない。所々凍っている部分や、剣で切り裂かれた傷がある。こんな魔物を相手にして傷をつけられた三人には本当に驚く。それでも魔物はちっともダメージを食らっていないようで、ぴんぴんと元気に動き回っているのを見るに相当やばい。
俺一人だったなら即逃げるのに、今回はそういうわけにもいかない。部屋の外には動けないティオ兄とティオがいるのだから。
魔物が飛び掛ってくるのを見て右に走って避ける。まだここが屋内でよかったのかもしれない。羽根があるということは飛びまわれる可能性がある。空中に行かれたらなす術がなかった。
でもどうしよう。
このままじゃジリ貧だ。多分先に疲れ始めるのは俺のほう。そうなったらおしまいだ。そうなる前にどうにかしなくてはいけないのは分かっている。しかし世の中どうしようもないことだってある。今が正にそれだ。
「つっ。」
羽根が腕を掠ったらパックリと綺麗に切れた。マジ洒落にならない。羽根まで凶器って一体どういうこと!?
―グルァアアッ
毒々しい紫色の蛇の尾が突如目の前に現れる。
「っ、巨体の後ろに隠れていたのか!!」
反応が遅れた所為で足に掠る。ちょっと当たっただけなのに3mほどぶっ飛ばされた。飛ばされたところがぬいぐるみの山だったのでダメージは少なかったが、衝撃で短剣を何処かに落としてしまった。それに掠ったところが熱をもったように熱い。
「つぅ・・・。」
立ち上がるまでにロスしすぎた。気がついたときにはもう遅く、視界に血と涎に塗れた分厚い牙が映りこむ。ぴちゃっと誰のとも似つかない血が頬に垂れる。何気なくそれを指で拭ってみる。
また俺死ぬのか。
牙が迫ってくるその瞬間、呟いたのはこの言葉。なんて情けない。何も成し遂げないまま二度目の生が終わりを告げるときをただ待つだけなんて。
ほんとうに・・・ほんとうにそれでいいの?
いいわけない。でも俺にはもうどうしようもない。今の俺には何も出来ない。
武器だって満足に使えやしない。魔術だって練習しようとした途端に荒事に巻き込まれて使えない。魔物に対する戦い方を学んだといっても所詮は付け焼刃。全ての基礎となる体力もないも同然。
こんな俺に一体何が出来る?
貴方だから、できることもある。貴方だから使えるものもある。だからお願い。私を呼んで―――――マスター・・・
鈴が鳴るような優しい声。
聞いたとこがある。感じたことのある気配。
彼女は―――世界を滅ぼす剣杖【レーヴァテイン】
誰かが俺の手をふわりと掴んだ気がした。
《気がついてくれたっ。・・・わたしのマスター・・・。》
―パリンッ
目の前に迫ってきていたはずの牙が硝子が割れたような音とともに霧散する。
―グルルルゥゥゥゥァァアアア
魔物の叫び声と同時に目が覚めて、痛む足を引き摺りながら距離を取った。魔物も何かに怯えるように警戒して俺から距離を取る。何が魔物を怖がらせているのか。
ふわりと肩に何かが触れた。目を向けると純白の布が目に入る。そしていつの間にか左手には剣が。
《ふふっ・・・マスターをこんな目に遭わせてただで済むと思わないで。》
何処からか物騒な台詞が。
《マスター、あの魔物を私でぶった切ってくださいっ。》
そしてまたもや物騒な台詞②が。
俺にはこの物騒な台詞が突然何処からともなく現れた剣から聞こえてくるのだが、気のせいだよな。剣から声が聞こえてくるなんて非科学的なことあるはずない。ないったらない。ないのだ。
この剣はあの白い空間であった歪んだ少年にもらったものだ。それは覚えている。でも喋る動く生きているなんて聞いてない。
「・・・・・。」
布が勝手に動いて俺の腕に巻き付いてるなんて、そんな非現実的なことあるわけないって。
あははは。
《マスター?早くあの雑魚を片付けてしまいましょうよ。マスターに危害を加えるものは私が素敵無敵にマナに分解してしまいますからっ。》
ぎゅうぎゅうと腕に巻きついた布が腕を圧迫する。まるで自分の存在を主張したいかの如く。
《はっ、まさかこれが巷で噂の放置プレイ!?・・・あ、でもこれも一種のマスターの愛情・・・/////歪んだ、愛・・・》
「ちょっと待てぃ!!暴走するのも大概しろ!!」
《あんっ、もっと強くなじって貶して罵ってくださいっ。》
・・・・・・・・・駄目だこいつ。
黒猫と同じ空気を感じる。この手の奴は無視をしただけでも相手にされてると勘違いするからやりづらい。こういう場合適当に相手をして適当に放っておけばいい。
今はこんな奴を相手にしている暇はないのだ。目の前の魔物をどうにかしなければ。
「お前を使っていいんだよな?」
《はいっ、勿論ですマスター!私はマスターのモノなんですから。》
剣を構える。
正直こんな長い剣であの魔物を捉えたらこちらが折れてしまうのではないかと不安になる。しかしこれでどうにかするしかない。魔物も何故かこの剣に怯えているみたいだし、その状況を有効活用する。
怯えから来たのか、痺れを切らした魔物が飛び掛ってくる。剣の切っ先を向けた途端、魔物は一瞬隙を作った。
《今です!!》
「てぇえやぁああッ!!!」
一閃。
銀色の軌跡が魔物を真っ二つに分ける。硝子の割れる音が聞こえる。そしてそこから黄緑色に輝く光が侵食していき、魔物は跡形もなく消え去った。
あまりに呆気なさ過ぎてしばらくぼうっと突っ立っていたが、足から力が抜けて立っていられなくなる。先程より痛みが増してる。骨でも折ったか?
―どさっ
「・・・終わった・・・のか?」
《終わりましたよ、マスター。》
優しい声音が聞こえる。
・・・もう駄目だ。立てない。疲れた。眠い。
もう何も考えられない。とにかく今は休みたい。意識を保つのももう限界だ。視界がぼやける。
《ゆっくり休んでください。お疲れ様でした、マスター。》
白い布が俺を覆い隠すようにふわりと舞い上がる。視界を真っ白に染め上げた。
第14話 終わり
2012/2/28改訂