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自分と竜と仮想世界  作者: 狐白
第2章 銀色少女の紡ぐ唄
13/31

第13話 編曲(アレンジメント)


「ハーク、屋敷がちと静かすぎないか?」


センネルの声がやけに響く。悪夢はここから始まった。


無事責任を取り終えて、途中思わぬハプニング(不可抗力)があったものの、なんとか屋敷の倉庫に着いたおれたちは、“兄貴”に報告するために本邸へ入った。

盗ってきたものは既に倉庫に保管し終えている。そのことを“兄貴”に伝える。そうすればおれはまたティオと会うことが出来るんだ。たった一日会っていないだけでも彼女が心配で仕方がなかった。目は覚めたのだろうか。顔色はよくないのだろうか。風邪をひいていやしないだろうか。ご飯はきちんと食べているだろうか。

自然と足早になる。これから会えるんだと思うと心が軽くなる気がした。



屋敷の惨状を目にするまでは。



鼻につく鉄の臭い。

赤黒く染められた絨毯。

落ちて粉々に砕けたシャンデリア。

見るも無残な姿になって転がっている仲間。


「―ッ!!」

「血の跡が“兄貴”の部屋に続いてる!行くぞっ、ハーク!!」

「う、うん。」


何が起きたのか。違う、何が起きているのか。

突如視界に舞い込んできた、所々に付着する血。慣れ親しんだ長い廊下が煩わしい。一刻も早く“兄貴”とティオの元へ行かなくてはならないのに。あの“兄貴”のことだから流石に避難経路を使って二人とも逃げているとは思うけれど、なんだか嫌な予感がする。もしかしたら、と考えてはいけないのに最悪の事態が頭を過ぎる。

べっとりと血が廊下の窓についている光景は何処か別の場所のように感じた。一体おれは今何処にいるんだろう。何処を走っているんだろう。ここはほんとにあのお屋敷?

先行して走っているセンネルの背中を見つめてもその問いに対しての答えを返してくれなかった。


ようやく“兄貴”の部屋に到着。といっても体感時間で遅く感じていただけであって、実際数十秒しか経っていない。

“兄貴”の部屋にあったはずの扉は何処かにぶっ飛んでいる。背筋がひやっとする。

急いで中に飛び込むと、デューロと“兄貴”がティオを庇いながら何かと戦っている最中であった。


「・・・なんだありゃ」


センネルが呆然として呟く。おれも全く同じ気持ちだ。

二人が相対している何かは、体長3m以上ある大きな魔物。でも今まで一度も見たことのない魔物だった。全体的に見るとライオンのような姿をしているが、背に鷲の羽根、耳の後ろに羊の雄の角が生えて、前足は鳥、後ろ足は馬というグロテスクな姿の魔物であったのだから。


「ハークはお嬢のことを見ていろ!“兄貴”、助太刀する!」

「私のことはいいからそれよりティオを!!何処か安全な場所に連れて行ってくれ!!!」


センネルの怒鳴り声と、懇願するような“兄貴”の叫び声に促されるままティオの手を取る。そしておれは屋敷の外に向けて走り出した。






「・・・・・。」

「・・・・・。」


無言で廊下を駆け抜ける。

ティオはされるがままに手を引かれ、抵抗も何もしなかった。でも自分の意思で着いてきているわけではない。おれが引っ張らないとティオは歩かないし、その場から動こうともしないのだから。

何か違和感を感じると思っていたら、普段から彼女の腕の中にあるうさぎのぬいぐるみがない。さっき見たときは抱いていたはずなのに。どうやらおれが手を引いたときに落としてきてしまったようだ。どんなことがあってもあのぬいぐるみは離さなかったのに・・・。

でもそれを取りに戻る猶予はない。こうしている間にも“兄貴”たちがあのわけの分からない魔物と戦っているのだ。


「・・・ひっぅ、う、ひっく」


後ろから聞こえる。我慢して堪えている彼女の小さな泣き声が。

でも止まるわけにはいかない。

“兄貴”に任せられている以上きちんとティオを守らなくては。たとえおれが“兄貴”たちに加わることで状況が好転するかもしれないのだとしても、加勢にいくことはしない。出来ない。“兄貴”にティオを任せられたのだ。彼女を一人にするわけにはいかない。最後までおれが彼女を守り抜く。


“兄貴”は魔術の使い手だし、センネルは昔冒険者だったから戦闘慣れしてる。デューロは相手の弱点を見極めるのが得意だ。嫌味な性格はきっとここからきてる。

・・・大丈夫。この三人が揃っていれば敵なしだ。あんなわけの分からない魔物に、“兄貴”たちが負けるわけない。そうだよな?


ふと無残な姿の仲間の姿が脳裏に浮かぶ。

腹が引き裂かれて腸が見えていた。首はあらぬ方向に曲がっていて口から白い泡を吹いていた。腕も足も折れ曲がっていて、多分あの巨体に踏まれたんだ。

そんな仲間の姿が“兄貴”たちの姿に重なる。


「っ。」


首を振って暗い思考を頭から追い出す。

なんでおれはこうも嫌な想像ばかりしてしまうのだろう。そうなって欲しくないことばかり脳裏に浮かんでは消えていく。考えたくないのに、最悪の出来事ばかり頭に浮かぶ。

おれは“兄貴”たちを信頼している。信じている。だからこんなこと、考えちゃ駄目だ。ティオだって泣きたいのを堪えて我慢している。それぐらい出来なくてどうする。


大丈夫、大丈夫だいじょうぶダイジョウブ大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫。


今は逃げるんだ。

今のおれに出来ることは、それしかない。











                        ♪











無事街までたどり着いた。よくここまで一人で来れたと思う。というか基本まっすぐにしか進んでいなかったのが救いだった。もしこれが曲がりくねった道ばかりだったら先ずたどり着けなかっただろう。

そして、問題はここからだ。

さて、宿は何処だろうか。

とりあえずもっと街の内側に位置していたと思うので先に進んでみる。突っ立っているだけじゃ何も解決しないしな。

運よく宿に着いたとして、夏にどう説明するか。迷子策は言わずもがな却下だ。これ以上あいつに馬鹿にされてたまるか。それに今回は迷子になったわけじゃないし。・・・そうだよな。違う。これは迷子じゃない。迷子じゃないんだ。


「・・・ん?なんかここ見覚えある。」


歩いていると寂れた公園が目に付いた。

たしか昨日迷子になったときにたどり着いた、ある意味思い出深い場所だ。進入禁止区域。入ったら主に殺されると噂の恐怖の私有地。ここであの少年とティオっていう少女に会ったんだったな。また運よく少年がいないだろうか・・・なんて。


居た。


公園のど真ん中で少年と少女は突っ立っていた。

俺ってついてる。早速二人の下へ向かうことにした。ちょっとくらい入ってもばれやしないよな。

そっと、なんとなく足音を立てずに公園に入る。しかしそこで二人の様子がおかしいことに気がつく。

・・・俺が来たことに気がついていない?

通常ならば足音や気配で人が目の前にいたら気付くはずだ。それに少年だったら俺を見てなんの反応もしないはずがない。絶対何かぐちを言うに違いない。首を傾げてもう少し近づく。


「・・・・・。」


ティオは泣いていた。


一生懸命声を殺して、でも我慢できずに泣き声が零れ落ちてる。涙をぼろぼろと流しているのに拭おうともしないで、ただそこに立っているだけ。

そして視界に赤がちらつく。何かと思って目を向けると彼女の服に血がべっとりと染み込んでいる。ティオの血ではないようだが、一体誰のモノ?彼女たちに一体なにがあったというのだろうか。

ティオの目線に合わせるようにしゃがみこんで、落ち着くように彼女の頭を撫でる。するとその途端にティオは前のめりになってそのまま俺に抱きついてきた。慌てて彼女の軽い身体を両手で支える。


「・・・っ、はぁ、はぁ、はぁ・・・。」

「息が荒い?」


浅い息を繰り返している。


「魔力が足りてないんだ。ティオ、これ握って。」


ハークが何処からか取り出したのは透明に輝く石だ。魔石・・・だろうか。

それをティオが握るとほんわりと石が光る。するとだんだんティオの呼吸が落ち着いてきたではないか。背中を撫でていたがもう苦しくなさそうだったので、立てた膝の上にティオを座らせる。


「・・・病気か?」

「うん。魔力を体内に留めておけない体質。だから人為的に魔力を補給していかないといけないんだ。」


魔力は人の生気みたいなものであって、それがなくなってしまえば生きていられない。

そして魔力は人によって色が違う。例えば夏だったら赤。ティオは無属性しか持っていないので、魔力の色は透明。魔石で魔力を補給する場合注意がある。持っていない他の属性のものだと吸収が悪かったり、あまり効果がなかったりと効率が悪いことこの上ない。だから自分の魔力にあったものを使う必要がある・・・らしい。これ全部少年が教えてくれた。


「ってこんなこと話してる場合じゃないんだ!」


ふるふると頭を振って仕切りなおす少年。その表情には焦りが浮かんでいた。頷いて続きを促す。


「屋敷が魔物に襲われてるんだ。“兄貴”たちが相手してるけど、あんな魔物見たことないし勝てるかどうか正直分からない。いつまで持つかも・・・。」


魔物が屋敷を襲っている?

街中に魔物なんて出るのか?今まで通ってきた街道で魔物なんて一切見なかった。

でも少年が嘘を言っているようには聞こえない。

少年は俺に助けを求めている。

「じゃあその屋敷に案内してくれ。」そのたった一言で少年は救われるはずなのに、喉に何かが詰まって出てこない。その場所を教えてもらわないと助けに行くことすら出来ない。それなのに、何を躊躇っているんだ、俺は。簡単だ。「助ける。」ただそれだけ言えば良い。



だけど、俺が行って役に立つのか?



ふいに湧き上がってきたのは負の感情。引っ掛かっていたのは多分これだ。

魔物との戦い方を覚えたのだってついさっきだ。況してや初めて会う人と連携が取れるわけがない。俺が行っても、きっと邪魔になるだけ。役に立つどころか足手まといになる確率のほうが高い。武器の扱いだって素人丸出しで、動きも常人より少し良い程度。いや、こっちの世界からしてみれば常人より下かもしれない。

助けに行って邪魔になるくらいならいかないほうが――――


「・・・よし!!行くぞ、その屋敷に。」

「え?」


少年は心底驚いたようで、これでもかというほど目を見開いていた。瞳から涙が一滴つーっと頬を伝うの袖で拭いながらこちらを見据えた。そして勢いよく頭を下げる。


「ありがとうございます!!」


自然と笑みが零れる。

勝算なんてあるはずない。でもうじうじと考えている暇があるなら行動に移したほうがまだマシだ。考えてるだけでは駄目だ。行動しなければ何もなさない。やらなければ何も出来ない。変わらない。


「・・・また夏に言い訳考えとかないと。」

「なんか言った?」

「いや・・・そんじゃ、行きますか。」







                            第13話 終わり


2012/2/28改訂

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