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自分と竜と仮想世界  作者: 狐白
第2章 銀色少女の紡ぐ唄
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第10話 遁走曲(フーガ)《Ⅱ》


(アイツ)、また迷子になったのではないだろうな・・・。

市場を見てくると言ったまま長い時間帰ってこない。一体何処まで行ってしまったのか。


「ふうむ・・・。これひとつもらうぞ。」

「まいどありっ。」


要も見つけたことだし、さっさとこれを夜に渡してしまいたかったのだが。練習するならば出来るだけ早いほうがいい。だから態々この俺が市場に一緒に買いに来てやったというのに。

先に宿に戻ってみるか?飽きてしまって戻ってきているかもしれない。それとももう少しここで待つか?・・・探しにいくか。これが1番手っ取り早い。

人通りが少ない路地裏へと歩いていく。この人混みの中をいくら歩いていても見つからないだろう。だから屋根上から探すことにする。

この世界に来て俺は竜に転生した。正確に言えば古代竜(エンシェントドラゴン)にだが。人間のときとは比べ物にならないくらい身体が軽い。だからひと跳びで屋根の上に乗ることも造作ない。その分食事を多めに摂らなくてはいけなくなったが、その価値に見合うものをもらった。

それに対して夜は何処も変わった様子がなかった。姿形は勿論、雰囲気も全く生前と同じ。夜から感じる魔力も平均的で、身体能力もさほど上がっていないように思える。“今は”。


「さーて。早く見つけ出してあいつの迷子になっておろおろしている姿でも眺めるとしよう。」


屋根の上からだと市場全体が見渡せる。あいつの魔力は・・・と、うん?

ふと視界に映ったのは、やたらこちらに殺気を飛ばしてきた盗賊の少年だった。少し離れたところに他の盗賊たちも見られる。何処か様子がおかしい。

興味本位でそいつらを観察することにした。何か面白そうなことをやりそうだ。そしてこれを俺が邪魔したらもっと面白くなると思わないか?


「くっくっく。」


自然と笑みが零れる。ただし凶悪な笑みが、だが。

あいつらには荷物と命を奪われそうになった借りもあることだし、少しくらい面白おかしくひっかきまわしても罰は当たらないだろう?

まぁ夜を見つけるまでの余興だ。











                        ♪











「―ッ!!?」

「どうした?ハーク。急にぶるって。」

「え、あ、なんでもない。」


今一瞬すっごい悪寒がした。それはもう凄まじいものを。何か良からぬことでも起ころうとしているのか。今からが本当の意味で大変だというのに。


「なんだ緊張してんのか?いつも通りにやればいいんだよ。」

「分かってるって。」

「餓鬼が粋がって。・・・無理すんじゃねぇぞ?」

「無理してない。それよりそろそろ時間でしょ?」


これから仲間のうちの二人が市場のど真ん中で喧嘩と言う名の“演技”を派手にやらかす。客の目を一箇所に集めるためだ。その間におれたちは出来るだけ露店に出てる魔石を掻っ攫う。因みに属性は問わない。ターゲットは“無属性”の魔石だが、他の属性も売れば十分儲けになるからだ。その儲けでさらに無属性の魔石を購入する。一石二鳥ってわけだ。典型的な作戦だけど、意外とこういったシンプルな作戦ほど巧くいくものだ。


「ハーク、どうだ?」

「ちょっと待って。」


風の精霊に耳を傾ける。囁き程度だがおれは風の精霊の声を聞くことが出来る。こういう特技を持っている奴らはおれを含めて“精霊の愛し子”って呼ばれるらしいけど、正直そんなことはどうでもいい。周りの奴らは“精霊の愛し子”に憧れているけど、おれはなりたくなかった。精霊の声なんて聞こえなくてもいい。風属性の魔術が使えなくてもいい。おれが欲しかったのはこれじゃない。


風属性なんて要らない。


「・・・始まったみたいだよ。移動しよう。」

「おう。」






魔石は確保した。後は足がつかないように退散するだけ。のはずだった。

耳元に緑色に光る手のひら大の魔方陣が出現する。もう一人の仲間と通信魔術が繋がったんだ。もう一人は高いところから見張り兼指示を出す役。今回はデューロがその役なわけだけど。今のタイミングで通信って嫌な予感しかしない。


『どうしたんだ、デューロ。もうこっちは終わりそうなんだけど。』

『気をつけろ。お前たちをつけている奴がいる。全身紅い格好をしていた赤い髪の、昨日街の外で遭った凄腕の奴だ。』


ほら来た。

嫌な予感ほど当たるものなんだ、こういうときに限って。だからあいつらを狙うのはやめたほうがいいとあれほど言ったというのに。

血だらけの見た目から判断した危ない奴より、おれが警戒したのは全身紅色の格好をしてた奴の方。おれたちが隠れているときから気づいていたようで、そのとき一瞬だが確実にこちらを向いていた。おれと目が合ったんだ。見つめていたら焼ききられそうなほど紅い目の瞳孔が、獣のように縦に割れていた。本能的にこいつはやばいと察した瞬間だった。身体が動かなくなるほどの殺気を浴びたのはこれが初めてだ。そして予感通り、人間離れした動きでおれたちはぼこぼこにされたわけだけど。


今現在そんな危険な奴がおれたちをつけているとデューロは言った。


「ははっ、おれたちに死ねと?」

「何いきなり不吉なこと言ってんだお前はっ。で、デューロからはなんだって?」


急に笑い出した俺に驚いたのか、先行してるセンネルがぎょっと振り向く。


「昨日おれたちが襲ったけど返り討ちにされた奴、覚えてる?」

「ありゃあ忘れたくてもわすれらんねぇって。そいつらがどうかしたのか?」

「その攻撃的な奴、全身紅色の格好した奴がなんでかは知らないけど、おれたちのことをつけてるらしい。」

「・・・本気か、それ。」

「残念ながら。」


お互いに黙り込むしかなかった。

昨日手も足も出なかった奴にどう足掻いても勝てるはずがない。というか何のためにそいつはおれたちのことをつけているのか。復讐?それとも狙いは魔石?昨日会ったばかりの奴が何を考えているかなんておれにわかるはずがない。考えても時間の無駄。とにかく今は逃げ切ることが先決。地の利からいけば逃げるのならばおれたちのほうが有利なはずだ。


『・・・妙だな。』


ぽそっと通信相手が呟く声が聞こえた。首を傾げる。


『妙って?』

『常につかず離れずの状態を保って後をついて来ている。となると復讐ではないな。・・・ではそいつの狙いは一体なんだ?』

『おれたちが人気の少ないところに逃げ込むのを待ってるだけなんじゃ』

『いや、恐らくそうではない。』


? じゃあどういうことだよ。

デューロは応えない。言いも知れない嫌な感覚が体中を襲う。


「おい、ハーク!ぼっとするな。裏に入るぞ。」

「っ、あ、うん。ごめん。」


前方からの声で意識が戻される。センネルはこれ以上何も言わなかったが、彼の背中からは心配しているような雰囲気が漂ってきている。1番年長者の所為かいっつもこんな風におれたちに気を掛けてくれる。つい苦笑いをしてしまった。

ホント、なんでこんな優しい奴が盗賊なんてやってんだか。

もっと違う方法がいくらでもあっただろうに。まぁかく言うおれも盗賊をやめるつもりなんか毛頭もないけど。やめたくてもやめられないし。


『入るなら今しかないぞ。もうすぐ奴が追いつく。急げ。』

『了解。』


普通に見れば行き止まりの路地。でもここの壁は左にスライドすると開く仕組みになっている。おれたちだけ知っている逃亡経路のうちのひとつだ。押すことや引くことを思いついても横にスライドするなんて常人なら思いつかないだろう、と作った扉だが、思った以上の活躍を見せてくれる。

センネルに続いて壁の向こう側に入って急いで扉を閉める。此処から地下通路が広がっていて“兄貴”のお屋敷にある倉庫まで直通だ。あのお屋敷にはおれたちが知らない仕掛けがまだまだ沢山あるらしいけど、それを全て知っているのは“兄貴”だけ。おれたちが教えてもらえたのはそのほんの一部分。それでも二桁を超える数の仕掛けがあるんだけど、正直覚え切れない。


『撒いた、ようだな。しかし取りあえずは警戒は怠らないでくれ。』

『はぁ・・・分かった。』


片手を魔方陣に翳して通信を切る。そのままにしておくと他の誰かに傍受される危険性もあるからだ。まぁそんな凄腕の奴が存在するかはわからないけど、念のためだ。

センネルに奴を撒いたことを伝える。すると目に見えてほっとしていた。勿論おれもその例外に漏れていない。常に背中に感じていたぴりぴりとしたものがなくなった。息を吐く。


「安心するのはまだ早いぞ。」

「分かってるって。でも少し息をつかせてよ・・・走ってきたから疲れた。」

「そんな細っこい身体をしているからだ。この軟弱ものめ。」

「センネルみたいな全身筋肉で出来ている人種と一緒にしないでくれる?」

「一応人族なんだが。」

「え、筋肉達磨族でしょ?」

「・・・・・行くか。」

「そうだね(勝った!)。」







なんとか屋敷につくことが出来た。倉庫から出る。


「ふむ。これはでかいお屋敷だな。まるで貴族の邸宅のようだ。」

「あったり前だろ?“兄貴”のお屋敷だし。」


何を今更。とセンネルに馬鹿にしたような笑みを浮かべようとしたがそれは叶わなかった。視界に此処に居てはいけないモノを映してしまったから。

ひぅっと喉が引き攣る。


目の前に居たのは全身紅色の格好をした青年。


いち早く気がついたセンネルが懐に仕舞ってあったナイフを投げつけるが、この男は表情ひとつ変えずにナイフを片手で掴み、それを簡単に真っ二つにする。ぺキッとまるで玩具のように折れる音がその場に響いた。芝生にふたつの欠片が落下する。


「ッ!!!」


足が震えて言うことを聞かない。今動いたら間違いなく崩れ落ちる。


「そこまで怯えられたら流石のこの俺でも傷つくぞ?」


口は笑っているけど、目は笑ってない。威圧的な笑みがおれたちを圧倒する。

撒いたと思ったのに、どうしてこいつは此処にたどり着けたんだ?あの地下通路にはおれたち以外に知ってる奴はいないし、もし万一仮にこいつが道を知っていたとしてもあの地下通路に他の気配はなかった。おれは風の精霊を操ることが出来るから、人一倍気配には敏感なはずなのに。それなのに気づけなかったとでも?


「ちょっと聞きたいことがあるのだが。」

「・・・それに答えたら此処から出て行くと誓うか?」


センネルは睨みをきかせながら、怯えているのを悟らせまいと必死で震える声を抑えて言う。それに対して首を傾げて考え込むふりをする男。それから首を縦に振った。


「ふむ。まぁいいだろう。」


安堵のため息が隣から聞こえてくる。おれも息を吐きたいが、今は警戒するに越したことはない。隙を見せたら一瞬で殺される。そんな気がしてとてもじゃないが気なんて抜けない。

しかし次の男の言葉で不覚にも身体の力を抜いてしまった。あまりにも予想範囲外の質問だったのだ。


「夜・・・俺と一緒にいた血だらけを見なかったか?」

「「・・・はぁ!?」」



一気に重かった場の雰囲気がぶっ飛んだ。



「え、何、またあいつ迷子になってんの・・・ですか?」

「うむ。まったく懲りない奴だ。市場で散策していたらいつの間にかいなくなっていてな。何をしていたかは知らんが、市場の中でばらばらの場所に散っていたお前らなら何処かで見たのではないかと思ったのだ。」


ふぅ、と疲れたようなため息を吐く青年。

それを聞いてもまだ警戒が解けないセンネルが質問する。


「・・・じゃあ俺たちをつけていたのはその為だけなのか?」

「まぁそれもあるが、ただ単に面白がっていただけだ。お前らの邪魔をしたら退屈が凌げるのではないかとな。夜がいないと弄る相手がいなくて詰まらんのだ。」


あっけからんと真相を答えてくれた。

え、じゃあなにか?おれたちは相当必死になって逃げてたっていうのに、こいつはただのお遊び感覚で追い回していたと?適度に追い立てるように殺気を飛ばしてまでして?しかもその理由が連れが迷子になったからだって?


「ふっ・・・むぐぅッ!!」


ふざけるなぁぁあああああああああああああああああああッ!!!


怒鳴ろうとおもったらセンネルに口を押さえられた。こいつっ、おれの邪魔をする気かっ!!駄目だ、一回こいつに怒鳴ってやらないからには気が済まない。手を離せこの野郎!!


「むーぐぐぐぎっ!!うーむーっ!!」

「どうどう。抑えろハーク。せっかく丸く収まったのにまた騒ぎにするつもりか!」


センネルの言葉にはっとする。こいつを怒らせてはいけない。目の前にいる奴はおれたちじゃあ敵わない危険人物だった。じゃあ怒りの矛先は何処に向けるべきか。あいつだ。迷子になりやがった張本人。とにかく何もかもあいつが悪い!あいつが迷子にさえならなければこんなことは起きなかったんだ。今度会ったら一発殴ってやる・・・覚悟してろよ。


「やっぱり知らんか。・・・となると・・・・・・・。ふむ、なかなか怯えて逃げまとっているお前らの姿は見ていて面白かったぞ。ではな。」


獰猛な笑みを浮かべるとこの男は一瞬にしておれたちの目の前から消えていた。

今やっと息を出来た。思わず地に膝をつける。もうやってられない。


「・・・助かった、のか?」

「だろうね。つーかもう一生会いたくない。いや遭いたくない。」

「同意見だ。ハーク、このことは“兄貴”に報告する。いいな?」

「うん。」


何はともあれ作戦は成功した。過程がどうであれ責任は取った。これでティオに会うことが許される。また彼女に触れることが出来る。

彼女は大丈夫だろうか。どうか目が覚めていますように。







                           第10話 終わり


2012/2/14改訂

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