私とわたしのパーフェクト研究室
超絶天才パーフェクト美少女。それがナナミだった。パーフェクトな頭脳、パーフェクトなルックス、パーフェクトな感性。ナナミ本人はそう信じて疑わなかったし、実際その通りだったので誰も否定できなかった。
そんなパーフェクトな彼女が、ある朝の研究室でひとつの結論に達した。
「……私がもうひとりいれば、世界はよりパーフェクトになるわ!」
天啓、パーフェクトな理論にナナミは震えた。思いついたら即行動。ナナミの動きに迷いはない。
培養槽のカバーを開け、自分の細胞サンプルをセットし、遺伝子シーケンサーを起動する。指先は慣れた手つきで、まるで料理でもするように各パラメータを設定していく。身体スペック、知能指数、全てが自分と同じ。
「当たり前よね。私はパーフェクトなんだから」
最後の項目、性格傾向の設定はAIが厳選した10,000の質問に回答。非の打ち所がないパーフェクトな分析結果を元にパラメータが決定された。自分のコピーを作るのだから、性格まで自分と同じでなければ意味がない。
スイッチを押す。培養液が淡い青緑色に光り、泡が細かく立ち昇る。
ナナミは満足げに腕を組んだ。
「まさにパーフェクト。三週間後が楽しみだわ」
――
そして三週間後。培養槽のガラスが内側から白く曇り、ロック解除の電子音が鳴った。ナナミは作業用のタブレットから目を離し、立ち上がった。
培養液が排出され、培養槽の蓋が開く。
湯気の向こうに、自分の顔があった。
「ハロー、私!」
第一声がそれだった。
声質は同じはずなのに、その一言はどこか違う響きを持っていた。うっとりとした、熱を帯びた声。培養槽から出てきたばかりとは思えないほど落ち着いた足取りで、彼女は床に降り立った。同じ黒髪、同じ切れ長の目、同じ形の唇。どこをとってもナナミ本人と同一のはずだった。
「なに……?」
「ずっと会いたかった」
「いや、私が作ったんだけど。しかも三週間前に」
「三週間分の恋い焦がれる気持ち、受け取ってもらえる?」
ナナミは一歩引いた。
これはおかしい。設計書にそんな挙動はなかった。全パラメータを「本人値そのまま」にしたはずなのに、この熱量はどこから来ているのか。そこでナナミは、ひとつの可能性に思い当たった。
(待って……「本人値そのまま」って、自己肯定感も……)
私が一歩引いた分、わたしが歩み寄ってくる。
(パーフェクトにコピーした、わね)
さらにもう一歩。完全にシンクロした動きはダンスを踊っているかのよう。
(……私の自己肯定感、そんなにやばかった?)
「今すごく不安そうな顔をしてるわ。大丈夫よ、わたしがついてるから」
「いや、その”わたし”が原因なんですけど」
そんなやり取りをしつつも、わたしは迫ってくる。
そして気づいたときには、研究室の隅に追い詰められ壁ドンされていた。
「ちょっと、顔っ……顔が近すぎるってば……!」
「どうして? 宇宙で一番可愛い女の子の顔、もっと近くで堪能したくない?」
長いまつげが、ゆっくりと伏せられる。透き通るような白い肌に、淡い照明が柔らかく落ちていた。自信に満ち溢れた瞳が、まっすぐこちらを捉えている。
どこからどう見ても非の打ち所がない、パーフェクトそのもの。
当たり前だ。自分の顔なのだから。
「いや、それ『私の顔』だから! 自分で自分にうっとりしないでよ!」
「ふふっ。だって事実でしょ? 私だって、わたしの顔に見とれてドキドキしてるじゃない」
「ど、どこにそんな根拠が——」
「だってわたしもドキドキしているもの。……今、心臓がうるさくない?」
うるさかった。非常にうるさかった。だが認めるわけにはいかない。
「き、気のせいよ!」
「強がらなくていいの、私」
わたしの長い指先が、そっと私の顎に触れた。
「自分の好みは自分が一番よくわかってるんだから。……ねえ、このパーフェクトな唇に触れてみたいって、本当は思ってるでしょ?」
「ひゃっ……!」
顔が近づいてくる。自分の顔が。良い匂いがする。自分の匂いが。
(落ち着け、落ち着くんだ私……! 相手は鏡だ。動く喋る迫ってくる鏡だ)
「……鏡はこんな距離まで来ないわよ?」
「読まないでよ心の声――っ!」
「だって同じ頭脳だもの」
にっこりと微笑みながら、わたしは私の耳元に顔を寄せた。
「観念してわたしを愛しなさいな。絶対、後悔させないから」
(なんで私、わたしに口説かれてこんなにときめいてるのー!?)
この日、ナナミは新しい発見をした。自分は、思っていた以上にナルシストだ。毎日鏡を見る長い時間のたびに薄々気づいていたような気もするが、今は考えないことにした。
「わ、わかったから! とりあえず顔を離しなさい。研究データがまとまらないでしょ!」
「もしかして照れ隠し? いいわよ、パーフェクトなわたしが手伝ってあげる。……わたしの美しい顔を見つめながらで集中できるなら、だけど」
「……っ、やってやろうじゃないの!」
誰も入り込めない、自分への愛とプライドがぶつかり合う密室。それはかつてなく騒がしく、そしてこれ以上ない理想的な環境だ。
わたしと私。今日も研究室はパーフェクトだった。




