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彼女の筆跡

残されたのは、新選組隊士の治療に関する、断片的な医療記録だけだった。


過労。

発熱。

胸部の痛み。

咳嗽がいそう

池田屋事件の前後から、症状は明確に悪化している。

喀血かっけつの記述が現れ、安静の指示が繰り返される。


けれど、その語調は終始フラットだ。

心配や疑念を示す言葉はない。

医師助手による補足も、体温と脈拍の数値に限られている。

浜崎家の記録では、沖田総司は定期的に診療を受けていたことになっている。

過労として処理され、任務との因果関係は書かれていない。

やがて、治療は松本良順に引き継がれる。


以後の記録は、急に簡素になる。

薬剤名と投与量。

診察日。

容態の推移。

そこに、私的な補足は一切ない。


ただ、記録の正確さだけが、異様な密度で続いている。

恋をしていた人の手触りではない。

恋をしていたことを、消そうとした人のそれだった。


元治元年以降、沖田総司の名は、浜崎家の医療記録の中から姿を消す。


彼の没年は、慶応四年。

死因は、結核。


浜崎家の記録によれば、石井秩いしいいちもまた、その数年後に同じ病で亡くなっている。

その事実について、補足はない。

関係を示す言葉も、因果を示す記述も、どこにも残されていない。


私は、スマートフォンの待ち受け画面に目をった。

最後に彼と会った日、駅のホームから見た雪の景色。

撮った瞬間のことは覚えているのに、

その時どんな顔をして彼を見送ったのか、何を言おうとして飲み込んだのか、もう思い出せない。

記録があるからこそ、こぼれ落ちた感情の輪郭が、かえって空白として浮き上がる。

いちの震える筆跡と、私の動かない指先。



元治元年七月十九日。

京都市中は、大火に包まれた。

後に「どんどん焼け」と呼ばれる夜。


医師助手として、いちは負傷者の対応に追われていた。

市中は混乱し、人の流れも、記録も、途切れ途切れになる。

同じ夜、沖田は出動途中で隊列を離れている。


二人が、その夜、会えたという記録はない。

けれど、会えなかったという記録もまた存在しない。

その夜は、最後の可能性であり、最後の「まだ終わっていなかった時間」だったと、わたしは読む。

翌日から、すべては事実として処理されていく。

病。

死。

記録。

感情は、どこにも残らなかった。


史料を読み終えたあと、わたしはしばらくデスクから動けなかった。

帳面は閉じられている。

もう、新しい情報が出てくるわけでもない。

それなのに、胸の奥に、言葉にならない違和感だけが澱のように沈澱していた。


会えなかった、という事実。

あるいは、会おうとしなかった、という選択。

どちらも、記録には書かれない。


どんどん焼けの夜。

京都市中が燃えていた時間。

人が逃げ、運び、叫び、耐えていたその数時間。

そのあいだ、この二人が、互いのことを考えたかどうかも、史料は何も教えてくれない。


わたしは、無意識に、自分の携帯電話を伏せていた。

通知は、来ていない。

来ていないことを、もう何度も確認している。

待つことに、理由はない。

それでも、「まだ終わっていない」という感覚だけが、消えずに残っている。


史料の上に、自分の感情を重ねてはいけない。

それは研究者として、してはいけないことだ。

わかっている。

それでもわたしは、帳面の端に書かれた日付を指でなぞりながら、小さく息を吐いた。

――この夜、せめて、会えたらよかったのに。

声に出したわけじゃないけれど、

ただ、史料の前で、初めて感情が零れた。

それだけのことなのに、わたしはようやく、この物語の中に足を踏み入れてしまったことを自覚した。


史料の束を閉じたあと、わたしはしばらく何も読めなくなってしまった。

だから、時間を進めることにした。


慶応が終わり、元号が変わり、人の名前の書き方が変わり、刀が日常から消えていく。


――明治二十年代。

雪は、もう子どもではない。

彼女がいつ、絵を描き始めたのかは、はっきりしない。

正式な師もいない。

展覧会の記録も、ほとんど残っていない。

それでも、東京の片隅に、洋画を学ぶ場に出入りしていた痕跡こんせきだけはあった。


石油の匂い。

乾ききらない床。

異国の技法を、まだ自分のものにできていない人たち。

雪は、その中にいた。

上手くなりたかったわけではないのだと思う。

描きたいものが、先にあった。

モデルは、もういない。

写真も、ない。

名前すら、母はあまり口にしなかった。

あるのは、断片的な記憶と、沈黙だけ。

幼いころ、家に時々来ていた人。

よく笑っていた。

よく咳をしていた。

そして、いつのまにか来なくなった人。

母は、その理由を言わなかった。


だから雪は、「思い出そう」としたのではなく、「想像するしかなかった」。

油絵という技法は、記憶に向かない。

重ね、塗り直し、乾くまで、待つ。

一度でつかめないからこそ、曖昧あいまいな像に、何度も触れることになる。

似ていなくても、正確でなくてもいい。

ただ、母が生涯、視線を伏せ続けた相手が、どんな顔でそこにいたのか。

それを形にしたかった。

だから、この肖像画は、奇妙な場所に力が入っている。

輪郭りんかくは甘い。

構図も不安定だ。

それなのに、あの目だけが、わたしを捕らえて離さない。


わたしは、そこで気づいた。

雪は、沖田総司を描いたのではない。

母が、最後まで見なかった夜を、あるいは見なかったかもしれない夜を、描いてしまったのだ。

だからこの絵は、時間を越えて、まだ誰かを待っている。


調べれば調べるほど、この絵が「見つからなかった理由」は、特別な事件ではないことがわかってくる。

盗まれたわけでもなく、封印されたわけでもない。

忌避きひされた記録も、検閲けんえつの痕跡もない。

ただ、世に出る必要がなかった。

雪は、この絵を描き終えたあと、どこにも発表していない。

展覧会に出した記録も、

売ろうとした形跡もない。

評価を求めた様子すら、なかった。

履歴書に書ける経歴は、途中で途切れている。


理由は、簡単だ。

この絵は、誰かに見せるために描かれたものではないのだ。

雪は、母の遺品を整理したあと、 この肖像画を箱に納めている。

他の古文書こもんじょや医療記録や、例の手記と一緒に。

まるで、 記録の一部であるかのように。


 ――いや、違う。


記録にしてしまうと、壊れてしまうと知っていたのだと思う。

これは史実ではないし、

証明もできない。

沖田の面影を捉えていないかもしれない。

それでも、母が生涯、言葉にしなかった何かだけは、確かにここにある。

それを、名前のつく場所に置いてしまったら、誰かの解釈に委ねてしまったら、その意味は変わってしまうだろう。

だから雪は、しまったのだ。

燃やしも、飾りもせず、

ただ、失われない場所に置いたのだ。


結果として、この絵は百年以上、誰の人生にも触れずにきた。

英雄譚えいゆうたんにもならず、悲恋物語にもならず、歴史の中に回収されなかった。


わたしは、そこでようやく理解できた気がした。

この絵が今まで世に出なかったのは、忘れられていたからじゃない。

守られていたのだ。

語られなかった夜と同じように。

そして、それを見つけてしまったわたしが、今、試されている。


――これは、どこに置くべきものなのか、と。


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