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ガラガラガラと乗り心地の良い馬車は進んでいく。
すずらんの刺繍に夢中になっていたら、後ろにハンサムな男性が立っていて、本当にびっくりしたわ。
なんでも、私がミモザ商会に行きたいと言ったらしい……。
本当にすぐ忘れちゃうし、そう言われて『あっ、そうだったわ』って思い出すこともないなんて……。私の脳は本当に壊れてしまったのね。
目の前にはハンサムな大人の紳士のアスラーさんが座っていて、隣にはアリスがいてくれている。
チラリとアスラーさんを覗き見ると、その綺麗な黒い瞳で、窓の外を眺めていた。なんていうか、大人の色気っていうのがすごいわ!
私の視線に気づいたのか、アスラーさんの瞳が動き目線が重なった。そして、彼はまるで愛しいひとを見るかのように優しく微笑んでくれた。
私は急に顔が熱くなり、頬をパタパタと手であおいだ。
「へレナ様、どうしましたか?暑いですか?」
アリス、そこは構わなくていいのに!
「大丈夫よ、アリス。気にしないで」
私はなんとか平常心を保って、馬車の外を見た。
外はうっすら暗くなり始め、街灯が灯り始めていた。
私の住むタウンハウスは王都の外れにあり、アスラーさんのミモザ商会は王都の中心部にある。
馬車で30分ほど行ったところだ。学園に入る前も何度かタウンハウスには行っていたし、王都にも遊びに行っていた。
でも、私の知らない年月が王都をさらに煌びやかにさせていた。
ガタン。
「着いたようだ」アスラーさんがそう言うと、彼は先に降りて私に手を差し出した。
これは、エスコートというものね!
あまり、経験がないから緊張するが、動揺を隠しつつアスラーさんの手を借りて馬車を降りた。
ミモザ商会は5階建てのタウンハウスのような建物で、外壁は白く塗られており、綺麗な装飾が施されていた。
一階部分は綺麗な洋服やバッグに帽子、生地などが見える位置に配置されていた。
入口は階段を3段ほど登ったところにあり、綺麗なガラスがはめ込まれた木製の扉だった。アスラーさんがドアを開けてくれて、私に手振りでどうぞと促してくれた。ドアにはベルが付いていて、カランカランと良い音がした。
私は恐る恐るアリスと店内に足を踏み入れた。
少し毛足の長い絨毯なのだろうか、足が靴越しでもフカフカとしていて心地好かった。
「いらっしゃいませ」と女性の声がして、スラリとした美人店員さんが出迎えてくれた。
ニコニコした女性が私に目を止めると、表情が止まり、固まってしまった。もしや、すでに何かやらかしてしまったのだろうか……!?
「へレナ……?」
女性が震える声でそう呟いた。
「はい、へレナと申します」私はそう言ってお辞儀をしようとした時、フワリと花の香りがした。
「へレナ会いたかった!」
私は美人店員さんに抱きしめられていたのだ。これはいったい……。私と彼女は面識があったのかな?
「家で刺繍ばかりして、ちっとも顔出してくれないんだから! 私がどれだか心配したか……」
彼女はようやく体を離してくれて、自身の目に溜まった涙を指でぬぐった。
彼女は私よりも背が高く、とても細かった。黒くまっすぐな長い髪に黒い瞳、体のラインに沿った赤いワンピースが良く似合っていた。口元にほくろがなんとも色気があり、大人の女性という感じだった。私のような頭の中が15歳で止まっている者とは何か違うものを感じた。
微笑んでいる表情も美しく、私はしばらく見とれてしまった。
「ヘレナ?」
彼女が首をかしげて、私の顔を覗いてきた。
アリスが私の耳元で、そっと囁いた。「学園時代、仲の良かったご友人のベルナテッド様です」
そうだったのね。私やっぱり何もわからない……。沈む気持ちを押し殺して、声を絞り出した。
「ごめんなさいね。私、全然覚えてなくて……」なんとか笑顔を作って話すことができた。
ベルナテッドさんは眉を下げて、顔を左右に振った。「こっちこそ、ごめんね。あなたに会えてすごくうれしかったから、つい……。事故のことはアスラーさんから聞いているし、きっとそのうち思い出せるわ!」と、弾けるような笑顔でベルナテッドさんは言ってくれた。
こんな素敵な学友がいたなんて……。どうして何も思い出せないのかしら……。
「そうだわ!ヘレナ! 今度、学園の友人たちと簡単なお茶会をすることになってるのよ!良かったらあなたも来ない? もしかしたら、刺激になって思い出すきっかけになるかもしれないわ!」
ベルナテッドさんが私の両手を包んで、「ね? そうしましょ?」と長いまつげをパチパチさせながら、上目遣いでお願いしてきた。これでは世の男性方は、みんな彼女のことを好きになってしまうだろう……。
ふと、アスラーさんのことが気になった。ここでお二人は働いているわけだから……、もしかして……。
「わかりました……。行ってみます……」気づいたら、そう答えていた。
「よかった~!じゃあ、改めてよろしくね! また昔みたいに仲良くしましょうね!」そう言って、ベルナテッドさんはまた私に抱きついた。花の香りをまとって……。
「ヘレナさん、大丈夫ですか? 無理に行かなくてもいいのですよ?」
アスラーさんが心配して話しかけてくれた。眉を思いっきり寄せて、焦っているのがわかった。
「もう、アスはそうやってすぐに過保護にするんだから! それじゃあ、親みたいじゃない!」
ベルナテッドさんがアスラーさんの腕に手をかけて、笑いながらそう言った。
アス……って、愛称呼びしてる……。やっぱり二人は、付き合って……。いや、もう結婚しているのかもしれない。
アスラーさんにとって、私は過保護対象ってことなのね。
アスラーさんのことは、思い出せない人なのに、どうしてこんなに気になって、目で追ってしまうんだろう。なんでだか心が石のように重く、私はその場に立ち尽くした。
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