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食の日々  作者: 山田 弘
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優しさを包み込む-オムライス-

食べるという行為は、生きることとほとんど同じ意味を持つ。

だが「生きるために食べる」だけでは、何かが足りない。

時に、人は食べることで世界を味わい、心を取り戻す。

一皿の料理の中に、季節や土地や人の記憶が詰まっている。


この物語は、そんな“食べること”に人生をかけた男の話である。

名前は——西川内剛。(にしかわうち たけし)


彼にとって料理とは、戦いであり、祈りであり、そして表現だ。

街で香りを嗅げば走り出し、味を想像すれば鍋を振る。

食べたいと思えば、その瞬間からもう料理は始まっている。

彼の休日は、誰よりも熱く、誰よりも美味しい。


その一皿が、彼にとっての人生そのものだから。

晴れた休日の午前。

街は穏やかに輝き、青空の下で人の流れがゆるやかに動いている。


俺、西川内剛は、今週もまた一週間ぶりの自由を手に入れた。


少し肌寒い風。

窓を開けた瞬間、遠くからパンを焼く匂いが流れてきた。

あの香ばしさに、ふと昔の記憶がよみがえる。

小さい頃、休日の昼に母が作ってくれた“あの味”。


「……オムライス、だな。」


口に出した瞬間、なんだか胸が温かくなった。

「さぁ、今日は何を食べようか。」

自然と笑みがこぼれる。


街を歩く。

子どもの笑い声、ベビーカーを押す家族、カフェのテラスでくつろぐ人たち。

穏やかな昼下がりの光の中を抜けていくと、ふと洋食屋の前を通りかかった。

中から漂う、トマトソースとバターの香り。

それはまるで、「ようこそ」と呼びかけるように俺の鼻をくすぐった。


——この香りを、家で再現したい。


そう思った瞬間、もう体が動いていた。

スーパーの冷気の中へ足を踏み入れる。


鶏もも肉、玉ねぎ、ケチャップ、卵、そしてバター。

冷蔵棚の前で、卵を慎重に選ぶ。

少し高いが、黄身が濃い色のやつを。

——今日だけは、ちょっと贅沢してもいい。


買い物袋を片手に帰る道すがら、風が少しだけ甘い。

トマトの香りが脳内で膨らみ、心がもう料理の準備を始めている。


家に戻ると、手を洗い、すぐにまな板の前に立った。

玉ねぎを刻む音が、部屋の静寂を心地よく刻む。

鶏肉を一口大に切り、フライパンを熱する。


油をひいて、肉を入れる。

「ジュッ」と音が立ち、香ばしい匂いが広がる。

玉ねぎを加え、透き通るまで炒め、そこへケチャップをどばっと投入。

すぐに広がる、あの懐かしい酸味。


ケチャップライスを仕上げて皿に移す。

次は卵だ。

ボウルに卵を割り、牛乳を少し入れてよく混ぜる。

フライパンにバターを落とすと、甘い香りが立ち上った。


溶けた瞬間に卵液を流し込み、手早く混ぜる。

半熟になったところで火を止め、ケチャップライスの上へ——すべらせるように乗せる。

黄色の海がふわりと広がり、トマトの赤を優しく包み込む。


「よし……」

息を整え、上からケチャップで小さく波線を描く。

完成。


「ッス……いただきます。」


スプーンを入れる。

卵がとろりと崩れ、中から湯気をまとったケチャップライスが顔を出す。

一口食べると、酸味と甘み、そしてバターのコクが一気に広がった。


懐かしい。

でも、今の俺が作った味だ。


鶏肉の旨味、玉ねぎの優しさ、卵のまろやかさ。

すべてが口の中でやわらかく溶け合う。

子どもの頃とは違う——

けれど、あの頃の温かさを、確かに思い出させてくれる味だった。


スプーンを止めて、少し笑う。

「……悪くないな。」


一気に食べ終わり、手を合わせる。


「ッス……ご馳走様でした。」


キッチンには、まだバターとケチャップの香りが残っている。

窓の外では、午後の光がだんだんと柔らかくなってきた。

皿を洗いながら、ふと考える。


今日のオムライスは、心を満たす料理だった。

だが、まだ俺の中には“次の腹”がある。


スプーンを置き、静かに呟く。


——さぁ、次は何を食べようか。

閲覧ありがとうございます。

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