表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食の日々  作者: 山田 弘
93/97

暴力を包む野菜の優しさ-ロールキャベツ-

食べるという行為は、生きることとほとんど同じ意味を持つ。

だが「生きるために食べる」だけでは、何かが足りない。

時に、人は食べることで世界を味わい、心を取り戻す。

一皿の料理の中に、季節や土地や人の記憶が詰まっている。


この物語は、そんな“食べること”に人生をかけた男の話である。

名前は——西川内剛。(にしかわうち たけし)


彼にとって料理とは、戦いであり、祈りであり、そして表現だ。

街で香りを嗅げば走り出し、味を想像すれば鍋を振る。

食べたいと思えば、その瞬間からもう料理は始まっている。

彼の休日は、誰よりも熱く、誰よりも美味しい。


その一皿が、彼にとっての人生そのものだから。

晴れた休日の午前。

街は穏やかに輝き、青空の下で人の流れがゆるやかに動いている。


俺、西川内剛は、今週もまた一週間ぶりの自由を手に入れた。


洗いたての空気が部屋に流れ込む。

仕事の疲れがまだ身体に残っているのに、心は軽い。

湯を沸かす音が、まるで一日のリズムを作ってくれているようだった。


「さぁ、今日は何を食べようか。」


歩き出した街の匂いは、パン屋のバター、喫茶店のコーヒー、

どれも幸福の香りだ。

その中に、ひときわやさしい香りが混ざっていた。


——トマトとブイヨン、野菜の甘い煮込みの香り。


鼻の奥が、じんわりと温かくなる。

懐かしい匂いだ。

「……ロールキャベツ、か。」

その言葉が口をついた瞬間、心が決まった。


スーパーの野菜売り場で、瑞々しいキャベツを選ぶ。

外葉の緑が濃く、芯のあたりがしっかりしている。

挽き肉、玉ねぎ、卵、パン粉、牛乳。

トマト缶とブイヨンも忘れずにかごへ。


帰り道、風が冷たかったが、

胸の奥ではすでに、煮込みの湯気が立ち上っていた。


家に戻ると、まずキャベツを一枚ずつ丁寧に剥がす。

大きな鍋で湯を沸かし、葉をくぐらせる。

湯気の向こうで、キャベツがやわらかく色を変えていく。

——料理の“始まり”の音だ。


挽き肉にみじん切りの玉ねぎ、卵、パン粉、牛乳を加えてこねる。

指に伝わる冷たさが、次第に温かみに変わる。

柔らかくなった葉に肉を包み込み、くるくると巻いていく。

手の中で形が整っていく瞬間、

まるで心のしわまで伸びていくようだった。


鍋に並べ、トマトとブイヨンを注ぐ。

ローリエを一枚落とし、火をつける。

静かにコトコトと音が響く。

それはまるで、遠くから届く子守唄のようだ。


時間がゆっくり流れる。

煮込む香りが部屋を包み込み、

外の世界がどこか遠くに感じられた。


頃合いを見て火を止め、皿に盛る。

スープの中に浮かぶロールキャベツは、

柔らかく、丸く、穏やかに呼吸しているようだった。


「ッス……いただきます。」


ナイフを入れると、肉汁がじんわりと染み出す。

トマトの酸味、キャベツの甘み、肉の旨味。

三つが静かに混じり合い、喉を温めていく。

外の寒さも、心のざらつきも、

すべてこのスープが溶かしていくようだ。


「……うまいな。」


派手さも刺激もない。

けれど、この一皿には“生き返る力”があった。

ゆっくりと時間をかけて作ったものだけが持つ、

静かな満足感が身体の奥に沈んでいく。


最後の一滴までスープを飲み干し、

深く息を吐いた。


「ッス……ご馳走様でした。」


窓の外では、夕日がオレンジ色に街を染めている。

鍋の余熱がまだ残っていて、

その温もりが部屋全体を包み込んでいた。


そして、俺はまた次の「戦い」のことを考え始めていた。


——さぁ、次は何を食べようか。

閲覧ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ