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食の日々  作者: 山田 弘
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全国編・秋田県②-稲庭うどん-

食べるという行為は、生きることとほとんど同じ意味を持つ。

だが「生きるために食べる」だけでは、何かが足りない。

時に、人は食べることで世界を味わい、心を取り戻す。

一皿の料理の中に、季節や土地や人の記憶が詰まっている。


この物語は、そんな“食べること”に人生をかけた男の話である。

名前は——西川内剛。(にしかわうち たけし)


彼にとって料理とは、戦いであり、祈りであり、そして表現だ。

街で香りを嗅げば走り出し、味を想像すれば鍋を振る。

食べたいと思えば、その瞬間からもう料理は始まっている。

彼の休日は、誰よりも熱く、誰よりも美味しい。


その一皿が、彼にとっての人生そのものだから。

晴れた休日の午前。

街は穏やかに輝き、青空の下で人の流れがゆるやかに動いている。


俺、西川内剛は、今週もまた一週間ぶりの自由を手に入れた。


昨日のきりたんぽ鍋の余韻がまだ残っている。

あの湯気の香りを思い出すたび、

秋田の冷たい風がやさしく感じられるようになった。


宿を出て、ゆるやかに歩き出す。

商店街の軒先には、手延べうどんを干す店がいくつも並んでいた。

白く細い麺が、日差しに照らされてゆらゆら揺れている。

風が吹くたび、麺が小さく音を立てた。

「シャラ…」という乾いた音が、なんだか心地いい。


その音と香りに誘われながら、俺はふとつぶやいた。

「さぁ、今日は何を食べようか。」


店の前で立ち止まると、

おばあさんが笑顔で声をかけてくれた。

「稲庭うどんはな、ゆで時間が命だよ。」


その言葉に頷きながら、乾麺の束を一つ買った。

スーパーでねぎと生姜を少し、それから出汁用のかつお節を手に取る。

今日の昼は、静かに、うどんを茹でよう。


宿に戻り、鍋に湯を沸かす。

ふつふつと泡が立ち始めたところに、

細い白い麺を静かに入れる。

ゆらゆらと泳ぐように、うどんが揺れた。


七分ほどして、麺を冷水に取る。

指先に伝わる滑らかさに、思わず息を漏らす。

「……すべすべだな。」


つゆを作る。

鍋に水を張り、かつお節と昆布を入れて火にかける。

香りが立ったところで、醤油とみりん、少しの塩。

味を見て、ほんの少し生姜をすりおろした。


冷たい稲庭うどんを器に盛り、

つゆを注ぎ入れる。

ねぎを散らし、氷を一つ浮かべた。


「ッス……いただきます。」


ひと口すする。

細いのに、弾力がある。

喉を通る瞬間、するりと冷たさが駆け抜ける。

その後から、やわらかな甘みが追いかけてくる。


外の風が少し強くなり、

窓のカーテンが静かに揺れた。

冷たい麺と、あたたかい日差し。

その対比が、なんだかちょうどよかった。


「ッス……ご馳走様でした。」


食後、湯をわかして残りの出汁でお茶を淹れる。

かすかに残るかつおの香りが、昼下がりの静けさに溶けていった。


次の土地へ向かう列車の時刻を、

まだ調べようとは思わなかった。


——さぁ、次は何を食べようか。

閲覧ありがとうございます。

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