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食の日々  作者: 山田 弘
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太陽の情熱-パエリア-

食べるという行為は、生きることとほとんど同じ意味を持つ。

だが「生きるために食べる」だけでは、何かが足りない。

時に、人は食べることで世界を味わい、心を取り戻す。

一皿の料理の中に、季節や土地や人の記憶が詰まっている。


この物語は、そんな“食べること”に人生をかけた男の話である。

名前は——西川内剛。(にしかわうち たけし)


彼にとって料理とは、戦いであり、祈りであり、そして表現だ。

街で香りを嗅げば走り出し、味を想像すれば鍋を振る。

食べたいと思えば、その瞬間からもう料理は始まっている。

彼の休日は、誰よりも熱く、誰よりも美味しい。


その一皿が、彼にとっての人生そのものだから。

晴れた休日の午前。 街は穏やかに輝き、青空の下で人の流れがゆるやかに動いている。

俺、西川内剛は、今週もまた一週間ぶりの自由を手に入れた。


休日の食事は、旅だ。

五感を刺激し、日常から遠く離れた場所へと連れて行ってくれる。

今週の旅先は、情熱の国スペイン、バレンシアだ。


「さぁ、今日は何を食べようか。」


つぶやきながら街をぶらりと歩いていると、不意に風が吹いた。

その瞬間——鼻腔の奥を強烈に刺激する、魚介の香ばしさと、サフラン特有の土のような甘い香りが混ざり合った、複雑な香りが襲ってきた。


「この匂い……!」


エビやアサリから溶け出した、濃厚な海の旨味。

トマトとパプリカが持つ、南欧の太陽の恵み。

そして、そのすべてを黄金色に染め上げる、サフランという名の女王の香り。

それは単なる香りではない、もはや「異文化への招待状」だ。

食の神が、地中海の熱い魂へと導く、華やかで力強い誘い。


「これは……スパニッシュ!」


胸が高鳴る。 アヒージョのオイル、タパスの多様性、ガスパチョの清涼感。 無数のスペイン料理が脳裏を駆け抜ける。


だが、今の俺の心を支配しているのは、ただ一つの絶対的な課題だった。


「パエリア!海の旨味を米に閉じ込める——!!」


叫ぶより早く、体が動いていた。

足が自然と鮮魚コーナーへ。今日の戦いの武器は、「新鮮な魚介」と「ブイヨン(出汁)の完璧な濃度」だ。


スーパーで、殻付きのエビ、アサリ、鶏肉(隠し味)、パプリカ、トマト、そしてパエリアには欠かせない米とサフランを買い込む。 レジを通り過ぎた時点で、すでに俺の脳内には完成図が描かれている。


——米一粒一粒に染み込んだ、黄金色の魚介出汁。 ——鍋底にパリッと焦げ付いた、ソカッラ(お焦げ)の香ばしさ。 ——一口目の、「海の爆発」。


家に着くなり、エプロンを締め、まずは「出汁の創造」から。 エビの殻や野菜の切れ端を使って、魚介の旨味を凝縮したブイヨンを作る。これにサフランを加え、美しい黄金色に染め上げる。


次に、「パエジェーラの熱狂」。 パエリア鍋にオリーブオイルを熱し、鶏肉、エビ、アサリといった魚介を順に炒め、旨味を引き出したら一旦取り出す。 残った旨味たっぷりの油で、刻んだ玉ねぎとパプリカを炒める。これがパエリアの「魂の土台」となる。


米を投入。油と野菜の旨味を吸わせるように、米を透き通るまで炒める。 そして、いよいよ黄金色のブイヨンを、一度に注ぎ込む! 強火で一気に沸騰させ、米が表面に出たら火力を落とす。


ここからは「火加減の持続戦」だ。


煮立たせすぎず、蒸しすぎず。米の水分を飛ばしながら、旨味だけを吸わせる。 鍋の中央に、さきほど取り出した魚介を彩りよく並べ、再び蓋をする。 音に耳を澄ませる。水分が減り、「パチパチ」という音が聞こえ始めたら、それはオコゲが作られ始めた合図だ。


これはもはや料理ではない、地中海の生命の讃歌だ。


「よし、できた……!」


鍋蓋を開けると、湯気と共にサフランと海の香りが爆発する。黄金色に輝く米の上に、艶やかな魚介が宝石のように鎮座している。 鍋のままテーブルへ運び、スプーンを手に取り、両手を合わせる。


「ッス……いただきます。」


ひと口。


スプーンで鍋底のオコゲを削り取り、エビの身と共に掬い取る。 口に入れた瞬間、サフランの優雅な香りが広がり、米の完璧なアルデンテ(芯の残り)が歯に心地よい抵抗を与える。 噛みしめると、米の中から凝縮された魚介の旨味が溢れ出す。そして、最後にオコゲの香ばしさが鼻腔を抜ける。


「んん~~~~~~~っ……これだ……これだよ……!」


全身が南欧の太陽のような情熱と満足感に包まれ、世界が黄金色の海の味に染まっていく。 鍋に残ったオコゲの一粒まで大切に味わい、飲み込んだ瞬間、身体の芯からため息が漏れた。


「ッス……ご馳走様でした。」


鍋を洗いながら、静かな充足感に包まれる。 窓の外では、夕日が橙色に街を染めていた。


サフランと魚介の余韻がまだ舌の奥に残っている。 それが消える前に、次の「戦い」のことを考え始めていた。


——さぁ、次は何を食べようか。

閲覧ありがとうございます。

魚介好きには持って来いな料理!大好きです。

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