第三話 Bクラスの裏切り者
トーナメント戦が終わった当日の夜。僕ことティーノは、学園の近くにある湖に来ていた。ちょうど今日は満月が出ていて、この湖の見栄えもよくなりそうだ。と、近くにあったベンチに腰掛けながら思った。
この湖は広大さゆえにおおくの来訪者が来るそうで、今となっては観光スポットなんだと聞いたことがある。そしてその知名度あってか、選ばれた者がここで願いを捧げた暁には、その願いが叶うんだという噂までできたらしい。とはいえ、それはあくまで噂であり、現実で願いがかなったといった人物はいない。それでも、僕はここの場所がたまらなく好きだった。
月の月光が湖の表面を照らし、波打つ表面によって空に浮かんでいる月とは、また別の姿が見えるあの感じが、僕の貧困なボキャブラリーでは表現しきれないほど美しいのだ。そんな景色は、僕の疲れ切った心と体を癒してくれる。
「本当に、きれいだなぁ」
心の本音を漏らした時だった。ガサッ。と、湖とは間反対に位置する草むらのほうから、物音が聞こえた。僕を監視しているのか?と、そう疑問に思った僕は、あえて草むらには向かわず、草むらに背を預けて湖を眺め始めた。
しばらくたったが、あれ以降、草むらのほうから音がすることはなかった。僕は重かった腰を持ち上げて、草むらへ向かってみる。面白半分、恐怖半分で草むらの前まで来ると、勢いに任せて覗き込んでみた。
だけど、そこには誰もいなかった。
安心していると、月が雲に隠れた。なんだ?と疑問に思っていたが、そんなことを思う暇はなかった。気づけば僕の体はかがんでいた。本能だった。自分の死を回避するために、僕の生存本能がそうさせたのである。実際その生存本能は正しく、かがんだ僕の頭上には、刃物が何枚か突き立てられていた。それが爪状の武器だと理解したのは、一瞬のことだった。即座にサイドステップを踏んで、距離をとる。
「何者だ」
戦闘態勢に入りながら、俺は目を細めていた。なにせ正体を確認したいのだが、あいにく月が隠れているせいでまったく見えないのだ。
相手は答えるつもりは毛頭ないようで、スッと武器を構えた。
先に飛び出したのは俺だった。相手の呼吸音が乱れたのと同時に武器を破壊し、腹に蹴りを入れた。存外痛かったらしく、吹っ飛ばされた後も腹を抱えてうずくまっていた。
「さっさと答えろ。アンタは誰だ?」
質問しても、やはり答えは返ってこない。あきれた俺は、相手の背後に回って首にナイフの柄をあてがった。それでも、答えようとはしない。しかしなぜか、そいつの首者には冷汗が流れていた。
何か、特別な事情があるのだろうか。
「何も言わなければ、このまま殺す。死にたくなければ、さっさと吐け」
返事がまったく帰ってこないことに、いい加減腹が立った俺は、ナイフを心臓めがけて刺そうとした。
「ま...待ってくれ!!全部話す!!全部話すから!!」
低い声がこの湖に響き渡った時、雲に隠れていた月が、ひょっこり顔を出した。おかげで、手元や相手の顔がはっきりと見えた。
俺のナイフの先端は、あと1mmほどで男の肌に届ていた。男が声を上げる直前、俺はすでに手を止めていたのだ。少し強引ではあったが...こうでもしないときっと吐かないだろうから。
ナイフをしまって、俺は男の目の前に行って顔を覗き込んだ。その顔は鼻水と涙でいっぱいで、青色の目とは反対に、目じりは赤くなっていた。
しかしその顔には、なぜか見覚えがあった。
「わかったわかった。別に殺す気もないから。それで君さ、僕の学園の生徒だったりする?」
「...!?」
僕の質問に、彼は目を見開き紛らわすように金髪の髪をいじり始めた。
どうやら図星だったらしい。
「...俺はキィロー。Bクラス12位のキィローだ」
キィロー。その言葉を聞いて思い出した。彼は毎日熱心に努力をし講義に望んでいた、いわゆる真面目な人であった。ストイックで誰よりも優しい。ゆえにみんなからは何かと信頼を寄せられていた。
そんな人物が、僕に何か用なのだろうか?いや、きっと何かあるはずだ。
そう踏んだ僕は、キィローに動機を尋ねることにした。
「なんでこんなことをしたの?」
「......。俺、俺にはばあちゃんがいるんだ。けど体が弱くて...。そしたらあの人が言ったんだ。ティーノを殺せば祖母は助かる。って」
キィローは、こちらを見ながら話していた。まるで訴えているかのように。嘘かとも疑ったが、魂がこもったその訴えと、なによりも話しているときのつらそうな顔が、それを本当だと僕に信じさせた。そして同時に、僕は拳を強く握った。
「あの人って?」
「.............。あれ?.............!!」
僕の質問に必死に答えようとしてくれたのだが、肝心な答えが聞き取れない。いや、違う。
そこで僕は気が付いた。しゃべれないのだ。しゃべりたくても、情報が漏洩しないように制約付きの魔法をかけたのだ。
ただの道具としか見ていないのか...。
静かな怒りが。僕の中から噴き出していく。そしてそれはどんどん体内を駆け巡っていき、やがて僕の体を覆いつくした。
「大丈夫だ。あとは、俺が全部解決してやるから」
静かに手を出し、握手の構えをとる。それに気が付いたのか、キィローは嬉しそうに俺の手を取り、よろしく!といった。
「よろしく」
俺と間反対の境遇にいた人物が、初めての友達になってくれた瞬間だった。
最後まで読んでくださりありがとうございます!執筆速度は遅いですが、これからもこのシリーズを続けていこうともいますので、ブックマークをして待っていただけると嬉しいです。
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