第9話 目覚め。
重力がねじれるような空気の中、ユウマとユキは同時に飛び出した。
ボスの周囲を覆う黒い波動は、まるで空間そのものを飲み込むように広がっていく。床がきしみ、壁がひび割れ、天井の照明が1つ、また1つと弾け飛ぶ。
ユウマは拳を握り、右手に宿る力を凝縮させた。白い稲妻のような光が走る。
(この力……もう、逃げるためじゃない)
一歩、また一歩と前へ。脳裏にはこれまでの記憶がフラッシュバックする。
人間になった瞬間の混乱。息ができないほどの孤独。けれど、その中で唯一差し伸べてくれたのがユキだった。彼女の声が、笑顔が、何度も自分を救ってくれた。
そのユキが、今、隣にいる。
「ユウマ、右!」
ユキの声と同時に、ボスが掌を突き出す。重力が歪む。
だがユウマはその一瞬の圧力をかわし、地を滑るようにして間合いを詰める。そして放った拳が、黒い波動を切り裂いた。
「ふむ……なるほど、適応が早い」
ボスが無表情に呟き、瞬間、周囲の空気が極端に冷たくなった。
ユキの髪がふわりと舞い、瞳が光る。
「ユウマ、今だよ!」
彼女の声とともに、背中から広がる純白の光。ユキの力が、彼の体に流れ込む。
彼らはかつて、同じコードに繋がれていた。命令を共有し、動作を共有するためのリンク。
今、それが新しい意味を持つ。
"心"で繋がれた回路。
「ユキ、行くぞ!」
「うん……!」
2人の力が重なる。
ユウマの拳が光り、ユキの掌から放たれる光弾が直線上に走る。ボスは咄嗟に影のような防壁を立てたが、その内側をユウマが貫いた。
肉体と肉体の衝突ではない。意思と意思のぶつかり合い。
「理解できないな。なぜお前たちは、命令なき世界で動ける?」
ボスの仮面が、初めて僅かに揺れた。
ユウマはそれを見逃さない。
「命令なんかじゃ、俺たちはもう動かない」
「……ばかばかしい」
黒いエネルギーが渦を巻く。
ボスが地を蹴ると、空間そのものが折りたたまれたように見えた。一瞬で距離がゼロになり、ユウマの腹部に鋭い衝撃が走る。
吹き飛ばされるユウマ。
「ユウマ!!」
ユキが叫び、飛び出す。だがその行動すら読まれていた。ボスの手が彼女の喉元を掴む。
「ユ……キ……っ」
「これが、お前たちの限界だ」
その瞬間だった。
ユキの体から再び光があふれた。
(違う、私は……こんなところで終われない)
涙が零れる。けれど、それは恐怖ではない。
彼女の中で何かがはっきりと目覚めた。
人間になった意味。 ユウマと一緒にいる意味。 自分が誰で、何のために存在するのか。
「放して……ッ!」
閃光が走る。ボスの手が焼けるように赤く染まり、ユキが解放される。
地面に落ちる前に、ユウマが彼女を抱きとめた。
「……ごめん」
ユウマが呟くと、ユキは小さく首を振った。
「謝るの、私の方だよ……私、ずっと怖かった……。でも、ユウマと一緒なら……」
その言葉に、ユウマは強くうなずいた。
立ち上がる2人。その足取りに、もはや迷いはない。
「これが、“人間”ってやつなんだよ」
2人の声が重なり、光と雷が同時に炸裂した。
再び始まる攻防。
だが、その刹那——。
ボスの背後に、もう一人の影が現れた。
「……解析完了。割り込み開始」
機械のような女性の声。現れたのは、銀髪の少女。どこかユキに似た、けれど冷たい印象。
ボスがその存在に反応する。
「……お前は」
少女は淡々と告げた。
「私は、この世界の誤差。貴様を、消去する」
物語は、次の局面へと進む。
第9話 目覚め。 完。




