第六章:正妻VS愛人!? 呪いと政略結婚の行方
葵の上が倒れてから、宮中ではさまざまな憶測が飛び交っていた。
「ご病状はいかがですか?」
俺は義母である大宮(葵の上の母)に問うたが、彼女の顔はどこか険しい。
「相変わらず、原因不明のままです。まるで、何か……見えぬ力に取り憑かれているかのように」
(やっぱり、これって……)
俺の脳裏に浮かぶのは、六条御息所の存在だった。
◇◆◇
六条御息所は、俺と深い仲になった女性の一人。けれど、彼女は帝の后にすらなれる身分の高い女性だったため、俺との関係を周囲に知られることを恥と感じていた。
俺はそんな彼女の気持ちを思い、距離を置こうとしていた。
しかし、その態度が彼女を傷つけ、やがて愛情は嫉妬と怨念に変わっていったのだ。
そして──その怨念が生霊となり、葵の上を襲っているのではないか、という噂が広まっていた。
◇◆◇
「光る君……」
ある夜、俺は夢の中で六条御息所に呼びかけられた。
「あなたは、私を捨てたのですか?」
「いや、そんなつもりは──」
「ならば、なぜ私を遠ざけるのです?」
彼女は悲しげに微笑んだ。
「私……気づいたのです。私の心が、知らぬ間にあなたを傷つけているのだと」
その表情は、まるで後悔しているかのようだった。
俺が何かを言おうとした瞬間、夢はふっと途切れた。
◇◆◇
翌日、葵の上はさらに衰弱していた。
宮中の陰陽師が呼ばれ、ついに祈祷が行われることになった。
──そして、その場にいた者は皆、恐ろしい光景を目の当たりにする。
「……やめて……許して……」
葵の上がうわごとのように呟いたかと思うと、突然、別の声が彼女の口から発せられたのだ。
「……私を、捨てたくせに……!!」
ぞっとするような、低く響く声。
それは、まるで六条御息所の怨念が、葵の上に乗り移ったかのようだった。
(やはり、生霊だったのか……!?)
祈祷の力で怨念は静まり、やがて葵の上は落ち着きを取り戻した。
だが、彼女の体はすでに限界だった。
◇◆◇
その後まもなく、葵の上は出産の際に命を落とした。
産まれたのは、俺の息子──夕霧。
けれど、彼の誕生を心から喜ぶことはできなかった。
「葵の上……」
初めて結ばれたとき、俺は彼女のことをそれほど愛していなかった。
それでも、彼女は俺の正妻だったのだ。
(……俺のせいなのか?)
今さら後悔しても、もう彼女は戻ってこない。
◇◆◇
葵の上を失い、俺は初めて「結婚とは何なのか」を考えた。
そして、それが単なる愛だけでは成り立たないものだと知る。
──この先、俺はどう生きるべきなのか。
答えの見えないまま、俺はただ、産まれたばかりの息子を見つめていた。