第四十一章:紫の上の覚悟
明石の姫君との話を終えたあと、俺は紫の上のもとを訪れた。
この件を彼女にどう伝えるべきか——それを考えるだけで、足取りは重くなる。
◇◆◇
紫の上の部屋を訪れると、彼女は静かに縫い物をしていた。
「光の君、お戻りになられたのですね」
彼女の穏やかな笑顔に、俺の胸が締めつけられる。
「少し、話したいことがある」
紫の上は手を止め、俺の方を見つめた。
◇◆◇
「明石の姫君の娘が……皇太子の后候補になった」
俺の言葉に、紫の上の瞳がわずかに揺れた。
「……帝のお考えなのですね」
「そうだ。俺も、この件について真剣に考えている」
紫の上はふっと視線を落とした。
「光の君がその道を選ばれるなら、きっとそれが娘君にとって最善なのでしょう」
◇◆◇
「お前は……それでいいのか?」
俺が問うと、紫の上は少しだけ微笑んだ。
「いいえ」
彼女の言葉は、驚くほどはっきりしていた。
「……紫の上」
「娘君が后になるということは、明石の姫君の立場が高まり、私の役割はますます曖昧になるでしょう」
紫の上は、ゆっくりと俺を見つめる。
「私は……光の君のおそばにいるだけで幸せでした。でも、それが許される日々も、そう長くはないのかもしれません」
◇◆◇
俺は思わず、紫の上の手を握った。
「そんなことを言うな。お前を手放すつもりはない」
「ええ……わかっています」
紫の上はそっと俺の手を握り返した。
「だからこそ、私は覚悟を決めなければならないのです」
◇◆◇
彼女の覚悟が何を意味するのか——その時の俺は、まだ深く考えようとはしなかった。
だが、この瞬間から、紫の上の心には、俺が知らない決意が芽生えていたのかもしれない。




