第三十八章:すれ違う心
秋が深まり、冷たい風が吹くようになった頃、屋敷の中にはどこか重たい空気が漂い始めていた。
明石の姫君は新しい環境に少しずつ慣れ、慎ましくも気品ある振る舞いで周囲に溶け込んでいた。
一方で、紫の上の様子は以前とは変わりつつあった。
◇◆◇
「光の君、今夜はどちらでお過ごしになられますか?」
ある夜、そう尋ねられたとき、俺は言葉に詰まった。
「……少し、明石の姫君の様子も見に行こうと思う」
紫の上は静かに微笑んだ。
「そうですか。それなら、どうぞごゆっくり」
その言葉に棘はなかった。
それが、かえって苦しかった。
◇◆◇
「紫の上、怒っているのか?」
俺がそう聞くと、彼女は小さく首を振った。
「怒ってなどおりません。ただ……」
そこで、一瞬言葉を飲み込む。
「私は光の君のおそばにいるだけで、幸せなはずなのに……心がざわつくことがあるのです」
「ざわつく?」
「明石の姫君が悪いのではありません。ただ……私は、何かを失ってしまうのではないかと、不安になるのです」
◇◆◇
俺は、紫の上の手を取った。
「お前が不安に思うことは何もない。俺の気持ちは変わらない」
「……そうですね。きっと、そうなのでしょう」
紫の上は微笑んだ。
だが、その微笑みはどこか遠く、触れようとしても掴めないもののように感じられた。
◇◆◇
俺たちは、確かに同じ場所にいる。
けれど、心の距離は少しずつ開いていく──
それが、どうしようもなく切なかった。




