第三十六章:紫の上の孤独
明石の姫君が屋敷に馴染もうと努力する一方で、紫の上は少しずつ、静かに距離を取るようになっていた。
彼女は変わらず優しく、穏やかだった。
けれど、その微笑みの奥にある寂しさを、俺は見逃すことができなかった。
◇◆◇
ある夜、紫の上の部屋を訪れると、彼女は静かに縫い物をしていた。
「こんな時間まで起きていたのか」
「……ええ、少し気が向いたので」
俺がそばに座ると、彼女はそっと手を止めた。
「光の君は、最近よくあちら(明石の姫君のもと)へ行かれますね」
その言葉は、決して責めるようなものではなかった。
ただ、寂しげに響いた。
◇◆◇
「お前と過ごす時間が減ってしまったのは、申し訳ないと思っている」
俺がそう言うと、紫の上は静かに微笑んだ。
「いいのです。私は、いつでもここにおりますから」
それは、まるで自分に言い聞かせるような言葉だった。
「紫の上……お前は、本当にそれでいいのか?」
彼女はふっと目を伏せた。
「……私は、光の君のおそばにいることが幸せです」
「でも、それだけでは寂しいんじゃないか?」
「……寂しくなどありません」
彼女はそう言った。
けれど、その手は、かすかに震えていた。
◇◆◇
(紫の上は、何も変わっていないようで、確実に変わり始めている)
それが、俺には怖かった。
紫の上を悲しませたくない。
それでも、明石の姫君のことも放ってはおけない。
(俺は……どうすればいい?)
答えの出ない問いが、胸の奥で重く響いた。




