第三章:謎の美女と夜の逢瀬!儚い恋の行方
──世の中には、出会うべきではなかった相手というものがいる。
それは、あとになってから気づくことが多い。けれど、その瞬間はただ心が惹かれてしまう。俺にとって、その相手が「夕顔」という女性だった。
◇◆◇
「最近、妙な噂を聞いたのだが」
酒の席で、友人の頭中将が面白そうに話を始めた。
「どんな噂?」
「どうやら都には、人目を避けてひっそりと暮らす、絶世の美女がいるらしい」
「ほう?」
「しかも、身分が低いわけではなさそうなのだが、なぜか正体を隠しているという」
「……興味深いな」
俺は思わず唇を歪めた。
「光源氏、お前ならどうする?」
「もちろん、確かめに行くさ」
頭中将は「やはりな」という顔で笑った。
◇◆◇
そして、数日後。俺はその女性と出会った。
──静かな屋敷の中、彼女はぽつんと佇んでいた。
薄暗い明かりに照らされた姿は、まるで月の光を宿したかのように儚い。白い肌、長く美しい髪、そしてどこか寂しげな瞳。
俺は、その瞬間に思った。
(この人を、もっと知りたい──)
「お名前を聞いても?」
「……名を語るほどの者ではございません」
小さく微笑む彼女。その控えめな仕草に、ますます心を奪われる。
俺は彼女を「夕顔」と呼ぶことにした。その名前が、彼女の雰囲気にぴったりだったから。
◇◆◇
それから、俺たちは密かに逢瀬を重ねた。
彼女は俺を決して引き止めようとはしなかった。ただ、俺が訪れるたび、嬉しそうに微笑んだ。
「あなたは……まるで夢のような方です」
「それを言うなら、君のほうこそ」
「私なんて、何の取り柄もない女です」
「そんなことはないさ。俺がこうして惹かれている。それが答えだよ」
彼女はほんのりと頬を染め、少し伏し目がちに笑った。その表情が、胸にじんと染みる。
このまま、ずっとこうしていられたら──
そう願ってしまったのが、いけなかったのかもしれない。
◇◆◇
ある晩、俺は彼女を都の喧騒から遠ざけるため、静かな別邸に連れ出した。
しかし──
「……夕顔?」
俺の腕の中で、彼女の体が冷たくなっていく。
「どうした、夕顔!」
どれだけ呼びかけても、彼女はもう答えなかった。
まるで、儚い夢のように。
◇◆◇
「……光る君、これは呪いかもしれません」
夕顔の侍女が震えながら呟いた。
「呪い?」
「……おそらく、身分の高いどなたかが、嫉妬して……」
(そんな馬鹿な……)
いや、この世界ではあり得ることなのかもしれない。
けれど、もうどうしようもなかった。彼女は、俺の腕の中で静かに息を引き取ってしまったのだから。
俺はただ、その冷たい手を握りしめることしかできなかった──。