第二十九章:明石の決意
明石の姫君の言葉が、俺の胸に深く残った。
(寂しい、か……)
それは俺も同じだった。
須磨での孤独な日々を思えば、ここでの時間は確かに温かく、穏やかだった。
だが、それだけで彼女を都へ連れていく決断をしていいのか?
紫の上を思うと、やはり心が揺れる。
◇◆◇
翌日、俺は再び明石入道に呼ばれた。
「光の君、昨夜は娘が無礼をいたしましたな」
入道はそう言いながらも、どこか誇らしげな表情をしていた。
(……まさか、姫君が俺に何を言ったか、すでに知っているのか?)
「光の君。娘はこの地で大切に育ててまいりましたが……そなたの元へ嫁ぐのなら、それもまた天の定めでしょう」
(やはり、そういうことか)
明石入道の狙いは明白だった。
俺と姫君を結びつけ、いずれ都へ送り出し、彼女を帝の母たる存在にする。
つまり、俺の子を天皇にすることで、この明石の家を不動のものとしようという魂胆なのだろう。
◇◆◇
「光の君……どうか、娘をおそばに」
明石入道の言葉に、俺は少し考えた。
(……もう、俺の心は決まっているのかもしれない)
姫君への情がないわけではない。
それに、このまま都に戻って彼女を置いていけば、彼女は一生、寂しさを抱えて生きることになる。
「……俺が都に戻る時、彼女を連れて行く」
俺がそう答えると、入道は深く頷いた。
「感謝いたします、光の君……」
◇◆◇
その夜、俺は明石の姫君のもとを訪れた。
「……光の君?」
「お前を、都へ連れて行く」
彼女の瞳が大きく揺れた。
「……本当に?」
「ああ。俺が約束する」
彼女はしばらく黙っていたが、やがて、そっと目を伏せた。
「ありがとうございます……光の君」
その声は、月夜の風に溶けるように優しかった。




