第二十六章:明石入道の野望
翌朝、俺は明石入道に呼ばれた。
「光の君、昨夜は娘が無礼をいたしました」
「いや、そんなことはない。琴の音に心を打たれたよ」
そう言うと、入道は満足そうに頷いた。
「……それは何より。しかし、光の君、そろそろお考えではありませんか?」
「何を?」
入道は俺の目をじっと見据え、言った。
「娘を、そなたの妻に迎えてはいただけませぬか」
◇◆◇
(……なるほど)
俺は内心で納得した。
明石入道は元々、朝廷に仕える官人だった。だが、世の中の権力争いを嫌い、出家してこの地に隠棲したという。
しかし、ただ静かに暮らしているわけではなかったのだ。
(娘を俺の妻にすれば、いずれ都に戻る時、強力な後ろ盾になる……そう考えたのか)
俺が朝廷に復帰し、再び権力の座についた時、明石の家も一緒に栄える。
それが彼の狙いなのだろう。
◇◆◇
「娘は才色兼備、きっと光の君のお心にも適いましょう」
入道は熱心に語る。
確かに、明石の姫君は美しい。琴の腕前も見事だった。
だが──
(紫の上がいる以上、軽々しく頷くわけにはいかないな)
「考えさせてくれ」
そう答えると、入道は「お時間はございます」と笑った。
◇◆◇
俺はその夜、月を見上げながらため息をついた。
明石の姫君──彼女に惹かれているのは事実だった。
だが、この手を取れば、紫の上を裏切ることになるのではないか。
「……俺は、どうすべきなんだろうな」
答えは、まだ出そうになかった。




