第二十三章:明石の誘い
須磨での生活が始まってから、どれほどの時が過ぎただろうか。
朝に目を覚ますと、聞こえてくるのは波の音ばかり。
(……退屈だ)
宮中での華やかな日々が、まるで夢だったかのように遠い。
書物を読んだり、詩を詠んだりして時間を潰してはいるが、虚しさは募るばかりだった。
(紫の上はどうしているだろうか)
紫の上だけでなく、左大臣家の人々や藤式部丞、中将たちも──
彼らと交わした何気ない会話すら、今では恋しい。
そんなある日、俺の元に一通の手紙が届いた。
◇◆◇
「光の君、須磨でのご生活はいかがでしょうか?」
手紙の差出人は、明石入道──この地の有力者であり、明石の地を治める男だった。
「もしよろしければ、明石へお越しくださいませ。閑寂な須磨より、いくぶん賑やかにお迎えできるかと存じます」
(明石、か……)
ここ須磨の生活に、すでに限界を感じ始めていた俺は、少し考えた末に決めた。
(行ってみるか)
◇◆◇
明石に着くと、須磨とは違い、少し活気のある雰囲気があった。
「光の君、ようこそお越しくださいました」
俺を迎えたのは、白髪混じりの厳格な老人──明石入道だった。
「粗末な地ではございますが、どうぞごゆるりと」
「お心遣い、痛み入ります」
そうして俺の新たな生活が始まる──
だが、この地で俺を待っていたのは、またしても運命を大きく揺るがす出会いだった。




