第十七章:運命の子──密やかなる誕生 藤壺の懐妊の知らせが宮中を駆け巡り、帝は大いに喜んだ。
「ついに、我が世継ぎが生まれるのだな……!」
帝の表情には、心の底からの喜びが浮かんでいた。
(……そんな顔、見せられたら、俺は何も言えないじゃないか)
藤壺のお腹に宿る子は、帝のものではない。
それでも、この事実を知るのは俺と藤壺だけ。
(この子は、俺の子であって、帝の子として生きる)
それが決して破られてはならない掟だった。
◇◆◇
季節が移ろい、やがてその時が訪れた。
「お生まれになりましたぞ! 健康な男児でございます!」
宮中が歓喜に包まれる。
生まれたのは、端正な顔立ちの美しい男の子だった。
「まあ……なんと……」
「まるで光る君のようにお美しい……」
女房たちが囁き合う。
(やめろ……そんなことを言うな)
それだけで、全身の血が凍るような気がした。
◇◆◇
帝は、赤子を腕に抱くと、目を細めた。
「この子は、まことに愛らしいな……藤壺に似て、実に美しい」
そして、帝は静かに言った。
「名を、‘冷泉’としよう」
冷泉。
その名が、やがて俺の運命を大きく揺るがすことになる。
◇◆◇
藤壺のもとを訪れた俺は、そっと赤子を見下ろした。
「……俺の子だ」
藤壺は何も言わなかった。ただ、静かに涙を流した。
俺はそっと彼女の手を握り、低く囁く。
「絶対に、このことが知られてはならない」
「……ええ」
俺の子が、帝の世継ぎとして生きる。
俺は父でありながら、父ではない。
(この気持ちを、どうすればいい……?)
俺はただ、小さく息を吐いた。
そして、この運命に、身を委ねることにした。