第十六章:藤壺、許されざる恋 若紫を取り戻してしばらく経った頃、俺はある噂を耳にした。
「光の君、最近、藤壺様のお姿が見えぬと噂になっております」
左馬頭の言葉に、俺の胸がざわつく。
(……まさか)
藤壺。俺が秘かに想いを寄せる、帝の妃。
彼女は、俺の亡き母に似た美しさを持ち、優雅で気品に満ちた女性だった。
(まさか……俺の子を身ごもっているなんてことは……)
あの夜、俺は禁じられた一線を越えてしまった。
◇◆◇
藤壺のもとを訪れると、彼女は静かに横たわっていた。
「光の君……」
「藤壺……お体の具合が悪いと聞きました」
「……ええ、少し……」
彼女は儚げな微笑みを浮かべる。
だが、その表情の奥には、俺と同じ焦りと不安が見え隠れしていた。
「もし……このことが知られたら」
「俺が、どうにかする」
俺は彼女の手をそっと握った。
(絶対に、誰にも気づかれてはいけない)
◇◆◇
だが、宮中は狭い。
「藤壺様のご懐妊が発表されました」
左馬頭の報告に、俺は思わず息を呑んだ。
(……くそっ! 早すぎる!)
「帝は、大層お喜びのご様子です」
(当たり前だ……帝にとっては、待望の世継ぎだ)
だが、俺にとっては──
(この子は……俺の子なんだ)
それを誰にも知られてはならない。
帝の子として生まれ、帝の子として育てられなければならない。
俺は、決して父親として名乗り出ることはできないのだ。
◇◆◇
「光の君……私、どうすれば……?」
藤壺が俺を頼るように見つめる。
「大丈夫だ、藤壺」
俺は、彼女の肩をそっと抱いた。
「この秘密は、俺が守る」
だが、それは簡単なことではなかった。
俺と藤壺の間に生まれた、この許されざる子──
いずれ宮中を巻き込む、大きな波乱を引き起こすことになるのだった。