第十五章:若紫、俺のもとへ──決着の時 「光の君、右大臣家からの使者が参りました」
俺は静かに頷いた。
(ようやく、ここまで来たか)
右大臣家が若紫を手放す決断をするのは時間の問題だった。宮中の噂は彼らにとって大きな痛手となったはずだ。
「光る君、どうやら右大臣家はこのままでは分が悪いと判断したようです」
左馬頭が小声で耳打ちしてくる。
「つまり、交渉次第では若紫を取り戻せる……そういうことか」
「ええ。ただし、相手もただでは渡さないでしょうな」
(……まあ、そうだろうな)
◇◆◇
右大臣家の使者として現れたのは、中納言だった。
「光の君、お久しぶりですな」
「久しぶりですね。さて、本題に入りましょうか」
「お急ぎのようですな」
中納言は含み笑いを浮かべながら席に着いた。
「さて……若紫様の件ですが、我々としても宮中の評判を考え、貴方のお気持ちを尊重したいとは思っております」
「つまり、返す気があると?」
「ええ。ただし……」
やはり、条件をつけてきたか。
「我々もただで手放すわけにはいきません。宮中での立場もありますし、光の君にも何らかの譲歩をお願いしたい」
「……言ってみろ」
中納言は俺の顔をじっと見つめたあと、ゆっくりと言った。
「右大臣家との関係を改善していただきたい。つまり……我々と協力関係を築く、ということでございます」
「……なるほど」
右大臣家と俺は元々敵対関係にある。俺の母親は桐壺の更衣、帝の寵愛を受けた女性だった。一方で、右大臣家は彼らの娘を皇后にしようとしていた。それが叶わなかったことで、俺とは常に微妙な関係にある。
(そんな俺と手を組むって……要するに、敵を味方にしたいってことか)
俺はしばらく考えた後、静かに頷いた。
「いいだろう。ただし……俺は俺の信念に従って動く。都合のいい駒にはならないぞ」
「ふふ、それは承知しております」
こうして、俺と右大臣家は表面上の協力関係を築くことになった。そして──
◇◆◇
「光の君……!」
若紫が、俺のもとへと戻ってきた。
「……待たせたな」
彼女は安心したように微笑み、俺の袖をぎゅっと掴んだ。
「もう、いなくならない?」
「……ああ。今度こそ、絶対に離さない」
この手は、もう二度と離さない。
こうして、俺と若紫の関係はさらに深まっていく。だが、これが新たな波乱の始まりになることを、俺はまだ知らなかった。