第七話 決まり切った世界を壊す光
「それは大丈夫ですよ」
「何がです?」
何が大丈夫だと言っています?赤い目は子供に受け継がれないとか適当なことを口にするつもりではないですよね。
「この魔眼は元々呪いだ」
黒髪赤目の陛下の姿に戻ったラディウス様は、自分の目を指しながら呪いだと言います。
魔眼が呪いの産物だったなんて、今まで聞いたことありませんわ。帝国の皇族が何に呪われているというのです。
「英雄王アランカルデが倒した邪竜ヴリトラの呪いだ」
ん? 英雄王とは魔の森のある場所で邪竜を倒したという帝国の前身となるハイフェード国の初代王。その邪竜が皇族に呪いをですか?
話の流れ的にはありそうではありますが……。
「魔の森に邪竜の痕跡などありませんでしたわ。奥地にいるのは赤い目をした蛇です」
「それは邪竜ヴリトラの化身と言われる魔蛇アスラだな」
そしてラディウス様はクツクツと笑い出す。
「死しても呪いを発するヴリトラの朽ちない死骸は俺が消滅させた。まぁ、跡地に窪みができて湖ができてしまったがな」
「……いつの話ですか?」
「ああ、六歳ぐらいのときか。死しても英雄王の血筋を呪い続けるモノなら、何か違うかと思ったが、所詮決まり切った存在だったことに絶望したから、少しやり過ぎてしまった」
……死の森の奥地にある湖は、六歳のクロード殿下がやらかして作ったものでした。あれって、人が作れる湖の大きさには思えなかったですわよ。
「だから、もう呪われる者は生まれることはない」
ん? 呪われていたのであれば、ラディウス様の眼は魔眼ではない?
「そのヴリトラを消滅させたのであれば、ラディウス様の眼は魔眼ではないということですか?」
「あ〜……呪いを受けても生きるように水神ウィネージュの祝福を受ける。そのことで魔眼として呪いが定着していると言えばいいだろうか」
ここで水神が出てくるのですか。水神の祝福。なぜ謎に帝都の中に湧き水があり、帝国で水神を祀っているのか疑問でしたが、恐らくこの水神も英雄王と関係してくるのでしょうね。
そして一度受けた呪いは魔眼として身体の一部となり、生きることができると……それは元々死ぬような呪いだったということですか? 英雄王の話は千年ほど前だったはずですが、その間も呪いを発する死骸というのはなんとも恐ろしい邪竜ですわね。
「だから、メリーエディラの腹の子が魔眼をもっていなくても何も問題はない」
……それは可哀想な身代わりの皇帝は魔眼を持っていないということですか。それはそれで、サイザール公爵の思惑から外れることになるでしょう。
「あの? 宰相セルヴァンは御存知なのですか? 魔眼の皇族はもう生まれないと」
「……そう言えば言っていないが、問題はないだろう」
あると思います。これはメリーエディラ妃に愛人がいる疑いが掛けられて更に立場が悪くなることでしょう。
しかし、これで一つ不安が無くなりましたわ。赤い目の子供が生まれてきてしまえば、帝国に取られる可能性がありましたもの。
私は黒髪の赤い目をしたラディウス様を見上げます。この帝国の皇帝の座にいるべき方。
それが、幼い私が語った未来を共に見たいという理由だけで、姿を偽り身分も偽り、私に求婚してきた、愚かな人。
「ラディウス様。貴方の求婚を受けましょう。私が望む未来をみせて差し上げます」
「アンリローゼ。貴女だけが私の光。決まり切った世界を壊す光。聖王アンリローゼ」
「誰にその名を聞いたのか知りませんが、その名は嫌いですわ。魔眼の皇帝クロード陛下」
私は厭味ったらしく返す。私の『王の天声』のことを知っている者は限られているので、予想はできますが。
「聖王国の教皇だ」
「はぁ。その名は忘れてください。せいぜい、聖女アンリローゼです」
聖女は第一王女に付随している役職なので、大した価値はありません。
そして私は私ではない魔力をわずかながら感じる下腹を撫ぜながら言います。
「それから、私の未来はお腹の子と共にと付け加えておきますわ」
「子供?」
「ええ、どこかの誰かが鍵をかけている私の部屋に侵入してきた所為ですね。皇帝の子なんてグラヴァート伯爵夫人が産むわけにはいきませんから、それは逃げますわ」
私は素直に今回馬車から逃げた理由を言った。赤い魔眼を持つ子供が生まれることへの危機感をです。
「アンリローゼ!」
「ヒャッ!」
いきなりラディウス様に抱きかかえられて、思わず変な声が出てしまいました。恥ずかしいですわ。
「子供ができたのか!」
「ええ」
とても近い赤い目にのけぞりながら答えますが、背中を支えられているので、大して距離がとれません。
「……そんな未来はなかった」
ラディウス様がぽそりと呟きました。そして距離を取っているのに抱き寄せられ……距離感ゼロ!
「アンリローゼ。俺の未来を壊す光。なんて愛おしいのだ」
「ちょっと苦しいのですが?」
力加減を間違っていることを注意し、距離を保ち……あまり変わりませんわね。
「もちろん。愛おしいアンリローゼと子供と共に未来を生きよう。このラディウス・グラヴァートと共にアンリローゼは未来を歩んでくれますか?」
グラヴァート卿の姿になったラディウス様が、にこやかな笑顔を私に向けてきました。
「はい、ラディウス様」
「やっとその言葉を聞けました」
そしてふと私のお腹に視線を向け、その笑顔が固まりました。
え? 何ですか?
「……まぁ、許容範囲でしょうね」
「何が見えたのですか? ラディウス様」
「何もないですよ」
「教えていただけないのでしたら、アスタベーラにはお一人でお戻りください」
「やっとアンリローゼが私の妻として一緒に暮らしてくれると言ってくれましたのに……髪が黒いなと思っただけですよ」
……それは、お腹の子供がという話ですか?
私はラディウス様の腕から飛び降りて、夜の砂浜をサクサクと歩きだします。
「アンリローゼ!」
背後から私を追いかけてくる足音など無視です。
「アンリローゼ様!」
「私は五年ほどバカンスを楽しみますのでアスタベーラのことは、おまかせします」
「それは最初より伸びているではないですか!」