「誰が育てたと思ってる」だなんて、言ったらオシマイだよ。
私は多くの人からしたら天才と思われている。
それは種族的な特性なので個人的には天才という定義には当て嵌まらないと思うけれど、まあ低い自己評価は大抵は不愉快にさせてしまうので黙ってる。
では何故私が天才などと言われているか。
それは魔導院で主席を取り続けてるからだ。それも次席とは大差をつけ、ほとんどの科目で満点を取っての主席。
この国には幾つかの教育機関があるが、その最難関と名高い魔導院での主席ともなれば他の学院とは比べるべくもないほどに難易度に差がある。満点ともなれば尚更難しい。
筆記以外にも実技があるけれど、これも満点。
四年生からは論文評価もある。こっちは学閥やら派閥の関係で絶対に満点は取れない仕組みなので除外。
私は二度の実技試験で満点を逃した以外は満点続き。
だから天才。
何も前例がないというほどではない。
卒業生を見れば分かるが五〇〇年近い歴史あるこの魔導院には似たような成績を残した者たちはいる。
ただその誰もが何かしらの大きな功績を挙げてるというだけ。
そう、だから。
今私の見に起きてる出来事なんて、実にありふれた悲劇なのだ。
「ご、ご用がございましたらベルを鳴らしてください。それでは」
椅子、机、本棚、照明、カーペット。
素人目にもこの部屋に置いてある全ての物が非常に高いと分かる逸品。
成り上がり特有の無粋さは欠片もなく、拝金主義の金持ちがごとき過度な装飾もない。何かに傾倒している訳ではなく、強いて言うなら本の内容が魔術関連ばかりという事くらい。
そんな部屋にいるのは三人。
私と私の保護者と教授……単なる三者面談ではない事は、さっき出て行ったメイドの怯え切った声音からも分かる。
「……」
「……」
「……」
出された紅茶を私の保護者が一口飲むも、教授は依然として飲まない。
飲まないので? と視線で促すものの無視。
教授はこの部屋に入ってからピクリとも表情を変えず、一言も喋らず、また視線を合わせもしない。
完全な無作法である。
たとえ同格の相手であっても無作法だと咎められても文句は言えないし、下手すれば無礼打ちになってもおかしくない。
まず出された紅茶を冷ましたら失礼だとされてるし、飲まないなんてもっての外。
毒入れてるでしょ、と疑ってるようなものだ。
反応しないのも、視線を合わせないのも、挨拶をしないのも、全てにおいて相手を挑発してるのではと思うほどに無礼三昧。
そもそも服装すら平民が着るようなもので、みすぼらし過ぎて教授の身分に釣り合っていない。
ここまでくれば決闘で終われば良い方だろう。
それでも私の保護者がキレないのは、我慢強いからではなく“勝てないから”だろう。
何において? それはもちろん全てにおいて、だ。
武力も、財力も、知力も、影響力も、そして家格すらも勝ってる部分は無い。せいぜい身長と体重くらいか。
いや、今は一つだけあるかもしれない。
「今回の件について、ご説明願いますかな? ウィンフィル教授」
こうして集まった理由くらいは、教授側が悪いとして責めれる部分ではあるか。
その他全てにおいて明確に上の存在を堂々と非難できるほどに、今回集まって話すに至った経緯は注目を集めている。──魔導院内部に限ってるが。
「……」
「今回は我が娘の起こした派閥争いの種、その発端はあなたに唆されたからと私は認識しております。今では払暁派と幽玄派の交流がほぼ途絶えているとか。このままでは派閥間戦争へと発展しかねませんので、是非にも和解の一歩としてその説明責任を果たしていただきたいのです」
そこには侮蔑すら込められてるように感じ、本来責めることのできない相手に文句を言えて嬉しそうですらある。
上位者を貶める感覚が楽しいと思う分にはいいが、それを感じさせてるのはダメだろう。
飾らず言えば、小物臭い。
だがいくら小物臭い感情が入っていようと非があるのも事実で、その主張には一切の嘘偽りはない。
あらかじめ言うセリフを決めていたのだろう。
この小物は馬鹿ではない。準備できるのなら下調べに尽力するだろうし、きっと方々ウィンフィル教授を貶めたい連中から最大限情報を集めてるはずだ。
そのために少なからず出費があっただろうけど、そこをケチるほど愚かでもない。
事実を並べ、自身の考えを述べ、現状を憂いてると言う。
これに反応しなければいくら権力者であろうと皇帝という頂点に座する存在ではない以上はウィンフィル教授が不利になる。
「……」
だがそれでも、イズ・ウィンフィルという存在は揺らがない。
今まで通りの無視とも取れる態度のまま。
動揺した様子はおろか、ピクリとも反応を示さずただ黙ってそこにいる。
これには驚いたのか少し上擦った声音でバットアス伯爵は言葉を続けた。
「派閥間戦争が始まれば皇帝陛下が黙っていません。何かしらの介入があり、その発端となったあなたは必ず罰を受けるでしょう」
流石に皇帝陛下の話題ともなれば無視はできないのか、ついにウィンフィル教授が口を開いた。
「確かに、皇帝が動くでしょう。ですが僕個人には罰は及ばず、せいぜいが厳重注意か派閥の管理を怠ったという名目での予算削減くらいで終わると見てますよ」
「……随分と楽観視していらっしゃるようで」
「過去の事例を見れば妥当ですよ」
その言葉にバットアス伯爵は苛立った雰囲気になった。
これでは暗に“過去の出来事を勉強してないんですね”と言われたようなものだからだ。
礼儀作法を無視した行動の数々に、言葉での挑発。それでも伯爵というだけあって苛立ちを見せたのは数秒だけ、直ぐに冷静になって言葉を続ける。
「罰則については後々に判明するでしょう。ですがその前に説明責任は果たさなければならないと思いますが?」
「……ふむ、それもそうだ。では録音機まで用意してるようなので時系列順に一から説明しましょう。ええ、それはもう講義のように分かりやすく」
コンコンと机を叩き、パチンと指を鳴らした。
すると小型の魔道具が三つ、どこからともなく出現した。私ではパッと見ただけでは分からないけど、話の流れから察するに録音機なのだろう。
突然物が現れたのはウィンフィル教授の空間魔術だ。
この魔術が今回の件に深く関わっていて、私が派閥を乗り換えるという暴挙に出た理由の一つ。
ことの始まりは一週間前……だけど、問題が起きた理由まで話すとなれば私が魔導院に入学する前の五年前にまで遡る必要がある。
◇◆◇
まず私は孤児だった。
一〇歳の時に別の孤児院からバットアス伯爵が運営する孤児院に移動したのだ。その理由はひとまず置いておく。
貴族が運営する孤児院というのは珍しくはない。というのも頭の良い、才能ある子供を見つける場所として最適だと言えるからだ。
子供の頃から「◯◯様に感謝してご飯を食べましょうね」とか「◯◯様のおかげでここは安全なのよ」と言われて育つから誰もかれもが忠誠心みたいのを持つ。言ってしまえば洗脳に近いが、全て事実だから問題はない。
そうして才能ある子供を見つけ、雇い入れるのだ。
孤児院は経営難からは無縁でいられて、貴族は人材発掘の場所を得られる。そういう相互利益をもたらす仕組み。
更には見つけた人材は裏切りの可能性まで低いとくれば、やらない方が馬鹿だ。
そんな中私はバットアス伯爵の運営する孤児院で、非常に恵まれた才能があるとして選ばれた。
魔導院入学まで様々なことを教えてもらった。
孤児院でも勉強用の個室を与えてもらってたし、魔術の実技のために先生――現役の魔導院生だった――まで付けてくれた。入学費はもちろん制服なども買ってくれた。
それが投資なのだと知っていたけど強く感謝していたし、恩返ししようとも思っていた。
だから睡眠時間を削ってでも奨学金が受けられるように成績を上げた。その結果主席になったのは想定外だったけど、確かに純粋な気持ちで役立とうとして努力した。
ただこの時点で悪いことが幾つか出てきてた。
わかりやすいのは虐めだ。
平民が貴族よりも成績が良いことに腹を立てた、まあ嫉妬によるものだろう。
貴重な文房具類の紛失や依頼の横取りなどの処罰を望めないほど小さな嫌がらせ、魔術によって服が汚されたりお金を盗まれたりなどの軽犯罪は第三者への依頼までして証拠隠滅された。
一番酷かったのは魔術による呪いをかけられた事か。軽い呪いをいくつも何日もかけられ続けるのだ。
他にも教師からの無視、行事への参加届の不受理、サロンからの出禁など。
流石に成績を不正に変えられるなどは無かったし、答案用紙の書き換えなどは厳しいのでできなかったようだけど、本当に辛かった。
友達が出来ても虐めで離れて行ったし、頼れる先輩なんていなかった。
それらが加速したのは派閥に入ってから。
魔導院は初等部・中等部・高等部・学院部と別れていて、私が入ったのは中等部で今は高等部。
中等部には派閥の影響は貴族を除いてほとんど無いけれど高等部は違う。今度はいずれかの派閥に入らないと授業すらまともに受けられないのだ。
私は当然バットアス伯爵の所属する払暁派に。
高等部では魔術サロンという一部貴族や教師陣が主催する集まりに行く事があるのだが、成績優秀者は招かれるのが通常なのに一度も払暁派のサロンに呼ばれた事はなかった。
というのも私が平民、それも孤児院出身だからというのが大きい。
バットアス伯爵にもご子息とご令嬢がいる。いくら主席でも孤児である私を重視してしまえば後継者を軽んじてる事になりかねない。
だから敢えて、そう『敢えて』主席にも関わらず冷遇した事実でもって後継者を蔑ろにしていないとパフォーマンスした。貴族、それも伯爵なのだから当然だ。
その辺の事情は説明があったし、自分も理解できた。
ただ私は悲しかった。
睡眠時間を削って、虐めにも屈せず、友人なんて出来ずとも、伯爵は結果を示せば喜んでくれると思っていた。
だが現実は違う。
主席で高等部に進学した時、伯爵は態度を変えた。
「こちらの苦労も知らずに」
「君のためにいくら出費が増えたと思ってる」
「主席がどうしたというのだ。過去に何人の主席卒業者がいると思っている」
「下水道整備の術式を開発した? それを導入して維持するのにいくらかかる。今雇ってる人員はどうするんだ」
「魔術だけ出来ても有能の証にはならん」
「南の蛮族相手に戦いでも挑むのなら手助けしてやるぞ?」
出費が増えたというから給付型奨学金が得られるほど成績を上げた。
上下水道の整備には大量の出費がかかると聞いて新しい術式を開発した。
経済学は学べないので戦術を学んだ。
全て成し遂げた。
全て、喜ばれなかった。
何一つ認めらなかった。
「███てたと███る」
そうして私は、私が必要とされていないと知った。
ならば好きにしようとした。
以前から目をかけてくれてたウィンフィル教授に教えを請い、自分なりに研鑽を重ねた。
ウィンフィル教授は幽玄派なので違う派閥だ。基本的に派閥が違えば参加なんて出来ないはずの魔術サロンに、偽装の魔術を使ってまで参加させてくれた。
虐めについては解決してくれなかったが、呪い返しの魔術を教えてはくれた。
申請書だって教授に直接渡せば正当に受理された。
魔導院での友人は出来なかったが、魔導師ギルドに所属している人とは仲良くなれた。
伯爵は見捨てた。
立場があったとはいえ、擁護できる事が多いとはいえ、キッカケを作ってくれた恩人とはいえ、私を切り捨てた。
教授は助けてくれた。
元から立場なんて気にしない人物だとしても、助ける労力が少ないにしても、平等に接してるだけだとしても、私は救われた。
「君ほどの演算能力があるなら僕の研究を手伝ってくれないかい? それで恩返ししたって事で良いよ。全部チャラ」
たとえ私の能力を見抜いて恩を売りつけ、自身の研究を進める助けにしたのだとしても。
頼られた私は嬉しかったのだ。
それに教授ほどの人物であれば問題無く研究を進められたのは、少し一緒に術式を精査していれば分かった。
私が関わったのはせいぜい一年かかる時間を半年に短縮させた程度でしかない。
手伝いをした時点でほぼ完成していた。
それでも教授は律儀にも、そして畏れ多くも、自身の研究発表の時に私の名前を研究補助者の枠を使った。
それが今回の事件。
イズ・ウィンフィルという人物が発表した研究成果が、そこまで影響のある内容でなかったら話は違った。
だが空間転移の術式確立という研究は影響が強かった。
物流、軍事、法規制など、国が揺れ動くほどの研究。
その論文の中に一学生が、それも高等部所属で派閥まで違う人物名が書かれていたら注目されるのは必然だ。
今回の研究発表によってイズ・ウィンフィル率いる幽玄派は勢いが増すことが確定した。
研究関係者に幽玄派の幹部が複数いたからだ。
そして注目を集めた高等部の学生もまた事情説明をする事になり、同時にこれまでの待遇などがおかしかったという点も洗い出された。
つまりは虐めや理不尽な対応、
そしてバットアス伯爵の冷遇である。
これによって払暁派は成績優秀者を無視していたとして、見る目のない連中というレッテルが貼られた。
もし仮に厚遇していれば払暁派と幽玄派の仲は良くなっていただろうに、それを怠った結果むしろ仲は険悪になったのだから。
確実に利益が出るはずの事業に参加するのは難しくなり、それを機に他の派閥がこぞって足を引っ張るだろう。
その研究発表をしたのがつい一週間前。
魔導院内部でのアレコレがひと段落し、魔導師ではないため完全に寝耳に水であっただろうバットアス伯爵が連絡を受けて急いで事情説明を請う事になったのだ。
◇◆◇
「──という事です。虐めの証拠は以前から匿名で送っていたはずですし、冷遇の件については後日調査部の方から送られて来るでしょう。もっとも、自分のした事を忘れたとは思っていませんが。……さて質問はありますか?」
「…………先ほどこの録音機を集めたのが、空間魔術、という事で間違いないでしょうか」
「ええ、その通りです」
事情説明を終えた後、絞り出すようにして言葉にしたのは空間魔術について。
あまりにも脈絡のない質問。
その意図を考える間も無く教授が続けた。
「この屋敷中に仕掛けられた術式解析機の位置を知るのにも使える便利な魔術ですよ」
「……その、破片は…………」
教授が机に置いたのは魔道具の一部。
少しでも空間魔術について情報を得ようと努力した結果、術式解析機などという無意味な物を集めたのだろう。
先の質問も空間魔術だと本人の口から聞きたかっただけの事。
この情報を渡して少しでも払暁派の上層部から受ける処分を減らそうという魂胆だったのだろう。実に魔導師を排出できていない貴族の考えそうな事だ。
「説明責任は果たしました。そして彼女の派閥変更届も既に受理されてますし、またこれまで彼女にかけた養育費等は立て替える準備は終えてます」
「……」
「という訳で、責任を果たしたので帰らせてもらいます。それとこれ、ソニア嬢を正式に僕の弟子として認める書状です。彼女との対等な会話は今日までです。どうぞご堪能してください、では失礼」
教授は、イズ先生は一方的に言いたい事を口早に終えると部屋から出て行ってしまった。
これは私の望みであり、イズ先生と話し合った結果だ。
イズ先生は空間魔術を使った事業をするにあたっての法整備の根回しや他の教授陣への説明などがあって非常に忙しい。
私としては最後くらいは私の保護者と一対一で話したかったから。
この先バットアス伯爵がどうなるのかは想像に難くない。
そのキッカケを作った私をどう思ってるのか、どう思っていたのか。それを知りたい。
「……」
「……」
再び沈黙の時間がやってきた。
実は私はこうして一対一で椅子に座って話し合うという事を、この人とした事がない。
それは当然のことで、相手は貴族で自分は孤児だ。
面と向かって話せる程度には関係はあったが、座りあって話すという事をするにはあまりにも身分が違いすぎた。
今だってイズ先生のお膳立てが無ければ不敬罪になる。
「バットアス伯爵、私は目障りだったでしょうか」
「……」
「私が努力しても、伯爵に恩返し出来ていなかったのでしょうか」
「……」
「私はただの一度たりとも、利益を出すことが出来ていなかったでしょうか」
「それは……」
と言葉を出しかけて黙る。
バットアス伯爵は机に乗せられた録音機を手に取り、一つ一つ回収して紅茶を飲んだ。
そして震える手を合わせ、大きく息を吐いた。
「それは違う。確かに助けられた。確かに利益は出た。そしてきっと、恩返しも出来ていた」
「では、私の努力は無意味ではなかったのですね」
「少なからず影響を受けて、魔術というのを勉強した。私はとうにその道は諦めたというのに、君を見て子どもの頃に思ったことを思い出したんだ」
そう言って本棚から幾つかの本を取り出す。
そのどれもが古く、タイトルから基礎的な内容なのだと分かる。きっと幼い時に読んだのだろう。
魔術の才能というのは残酷で、適性がなければスタートラインにすら立てない。
魔力を巡らせて身体能力を上げる程度なら誰でも出来るし、正しく勉強と訓練を行えば十分くらいかけてマッチ棒程度の火やコップの底を満たす程度の水を出したり出来る。
だがそこまでだ。それ以上はどうあがいても、魔力の過多にかかわらず使う事は出来ない。
バットアス伯爵には才能が無かった。
それでもと足掻いた時に読んだ本なのだろう。
「私の娘は才能があった。君ほどじゃないけれど、魔導院で問題無く過ごせる程度ではあるけど。それでも嬉しかった」
「……」
「君のことは本当の娘のよう、とまでは言えないけど、大切には思っていた。虐めなんかの事実も初めて知った。君からは聞かなかったからね」
事実なのだろう。
虐めがあったから助けてください、だなんて言えない。目にかけてもらっていた実感はゼロでは無かったけれど、保護者に泣きつくのは違うと思ったからだ。
イズ先生が匿名で送っていたという虐めの証拠も、読んでいないから知らなかったと言われればそれまでだ。
「君を払暁派のサロンに紹介出来なかったのは申し訳なく思っている。事情も説明したから、すべき事はしたと思い込んでいた。魔導師にとってそこまで重要視されてるとは夢にも思わなかったが……これは言い訳だね」
「バットアス伯爵は魔術師でもありませんし、無理もないでしょう」
「そう言ってた君に、甘えていたのだろう。もう遅いとは思うが、すまなかった」
そう言って頭を下げて謝った。
貴族が平民に頭を下げるなんてまずない。
ただもし許すのならば、この謝罪を受け取ってから頭を上げるように言わないといけない……らしい。
そうでないと許してませんとなるのだそうだ。
「すまなかったって何に対してですか」
だから私は頭を上げさせる事も、謝罪を受け取ったとも言わない。
「ソニア、数々の不幸を君に背負わせてしまった事についてだ」
「そう、ですか。分かりました」
ピクリと伯爵が反応する。
「あなたは私の名前すら知らなかったんですね」
「……は?」
思わずと言った風に顔を上げた伯爵に、私はガッカリする。
そこには強い困惑の感情と、怒りが感じられたからだ。
「私はイズ先生が研究発表する一週間前に改名したんです。イズ先生が名前を研究発表に使うのなら、必ずそれは注目されて、結果私にも目が向くと思ったから」
もし仮にずっと目にかけていたなら、私を前の名前で言うはずだ。
だって被害を被ったのは前の名前の時なのだから。
叙爵された者の叙爵以前の話題をする時は、その時の名前を使うのが常識だ。それは叙爵に限らず陞爵の時もそう。
だから私は最後の試金石として名前を変えた。
そして結果はご覧の通り。
私のことを名前変更後のソニアと呼んだ。被害を受けてた当時の名前ではなく。
「私はまだどこかで期待していたのです、伯爵。あなたの役に立っていたのだと褒めて欲しかった。認めて欲しかった」
「ち、ちがっ」
「ですがあなたの中に過去の私はいない。それが分かった事で、もうあの言葉は事実となった。ですので、あなたとの関係はこれでオシマイです」
言い訳を重ねようとした伯爵に小さく、さようならを言って私は屋敷を出て行った。
どうにも、あの時の言葉が頭から離れない。
親失格だとか、親にもなっていないので言うことは出来ない。
そもそも親代わりと思っていた考えは一方通行だったので当て嵌まらないと思うけど。
それでも。
これだけは言える。
あの言葉は一生私の心に刺さったまま、抜けることはないのだろう。
ええと、作者が実際に親に言われたので書きました。
言われたのはもう十年近く前ですが、今もずっと突き刺さったままです。
他にも色々言われたけど、やっぱ辛い言葉は断然コレですね。
作者の個人的な意見だとか載せるとキリがないので、状況説明に文字数を費やしました。
いかに作者に心情を書かないかが、今回一番の難所でしたね。文字打ってる時はもう、すっごく色々書きたい衝動に襲われて大変でした。
もし心情を書かない方が我慢して冷静を装ってる感じがある気がするのでね。
伝わっていれば幸いです。
あと冗談でもそういう言葉は言わない方が良いですよ。言われた側はずっと覚えています。
あ、次回作はのんびり設定から練り直してます。
ご期待しないでくださいね!
それではまた。